51 見た目と内実
次の日、森下から10時に応接室にきてほしいという話を受けて、俺は普段着で向かった。
玄関に見慣れない20代ぐらいの女性が立っていた。
女性はダウンジャケットに、ジーンズでスニーカーというラフな格好でお手伝いの人に言われて中に入ろうとしていた。
俺は吹き抜けからちょうど2階から1階に階段から下りて、玄関に向かう森下とすれ違った。
森下はそっとお辞儀をして、その女性の近くに寄って行った。
「絵梨、応接室はこっちだ」
その呼び方から森下の家族のような印象を受けた。
そのまま応接室に向かうようで、俺は二人の後ろから応接室までついていった。
二人は一切話さず、女性は応接室に入った。
森下はそのまま、応接室の入口で俺に向かって「海斗さん、先に5分時間をください」と言った。
応接室には入らず、そのまま森下はいつものように淡々に俺に告げた。
「これから紹介するのは私の娘です。蒼真様から秘書の声をかけていただいたのですが、やる気がありません」
そういうことか、と俺はやっと理解した。
森下は俺を気にせずに説明する。
「ゆくゆくは私の代わりを思っているのですがね、なかなかうまくいかないもので、年齢が近い海斗さんから声をかけていただきたいのです」
俺は「もし秘書にならないと言えばどうなるんですか」と聞いた。
「そのようなことは、想定していません」
森下はきっぱりと俺に言う。
その姿を見て、森下が父と重なった。
家族を駒のように使う姿に、俺は少しだけ娘を気の毒に思った。
…でも俺はどうしても議員会館に行く必要がある。
森下の娘には秘書を引き受けてもらわなければならない。
「そうですか、わかりました」
森下のように俺も淡々と返した。
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応接室で娘の絵梨は座って待っていた。
俺は入ってすぐに一礼し、挨拶した。
「お待たせしました、西園寺家の次男の海斗です」
娘は座ったまま、少しだけ頭を下げた。
俺は娘が座っているソファーに向かい、手を差し伸べた。
「絵梨さん…ですよね?お父さんの森下から話は伺っております。こんな所で話すのもなんですから、ドライブでもどうでしょう?」
娘は俺の態度に少し引いていた。
ほぼ初対面の男性にいきなりドライブと言われても、という空気を感じた。
応接室のテーブルに俺は少し腰を下ろして、娘に顔を近づけて「君が気が乗らない話であることは知ってる。ただ話もせずにここからどうやって出ていくつもりなのかな?」と聞いた。
娘は俺の顔を見て、「私は秘書はやりません。帰らせてください」と森下の娘らしく、全く顔色一つ変えずに言った。
「それが希望なら、そうしましょう」
娘の話に同意し、もう一度手を伸ばした。
俺の提案に娘はやっと手を伸ばし、一緒に立ち上がった。
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車の中で絵梨は一言も発しなかった。
俺に懐柔されることを恐れているのだろう。
途中に観覧車のある遊園地が見えた。
俺は「話はしなくてもいいけど、時間は少し潰させてもらっていいかな」と言い、遊園地近くの駐車場に車を止めた。
絵梨は何も言わずに、俺から少し離れて歩く。
12月に入ったので、だいぶ寒くなってきた。
俺は「寒いから、飲み物、飲みません?」と声をかけてコーヒーショップに入った。
お互い飲み物を購入し、椅子に向かい合わせで座った。
俺はコーヒーを飲みながら、こうやって女性と喫茶店に入るのがルカを除いて、美桜さん以来だなぁと灌漑深く感じていた。
絵梨は頼んだカフェラテを飲みながら、口を開いた。
「海斗さんと私、初対面、じゃない、です」
残念ながら、全く覚えていない。
俺は正直に絵梨に伝えた。
「…そうだったかな?覚えていないのだけど…いつ会いました?」
絵梨はカップを置いて、一言、呟いた。
「覚えていないんですね」
俺はその言葉にどう返していいのかわからず、聞いた。
「覚えていてほしかったの?」
「いいえ。西園寺家のパーティで海斗さんは女性に囲まれていたから思い出せなくて当然なんじゃないんですか」
どこか棘のある言い方で絵梨は俺に言った。
パーティか、残念ながら、女性というかほぼほぼ人を覚えていない。
俺は俺が外からどう見えているのか気になって聞いた。
「絵梨さんは覚えているんでしょ?俺はどんな風に見えたの?」
「綺麗な女性を選び放題の、ボンボンの王子様」
久々にパンチの効いた感想をもらって、俺はその発言に笑ってしまった。
「いいね、そのボンボンの王子様」
「あなたもあなたの家も、そしてそれを支える父も大嫌いです。全く周りの人を気にせず、人に興味を持たず、人を人として捉えていない所」
絵梨は真正面から俺にはっきりと意見を述べた。
そうか、絵梨は父親を軽蔑しているのか、俺はそう思った。
だから絵梨の言葉に俺は同意した。
「俺も同感だ」
「そういう、あなたの発言やふるまいをみていると馬鹿にされているように感じるの」
そう言って絵梨は外に出た。
俺は慌ててついていった。
「そうだ、思いついた」
急に絵梨は俺の手を引っ張って、観覧車に連れて行く。
二人きりの車内で絵梨は俺に近づいて言う。
「そうよ、あなたの愛人になればいいんだわ」
俺は「愛人ね、じゃあ、そうする?」と言い、絵梨の顔を上げて、そっと片手を添えた。
さらに自分の顔と近づけて絵梨に迫る。
絵梨はぎゅっと目をつぶった。
俺は目をずらして、絵梨の全身を見まわして、手が震えていることをみつけた。
そんな絵梨から少し離れて頭をポンポンと撫でた。
絵梨は目を開けて、どうして?というそぶりを見せた。
俺は絵梨の横に座って観覧車の外を見た。
「思ってるほど、この生活は楽しいわけじゃないよ?」
1周15分、意外と長いな。
俺は呟くように絵梨に言う。
「森下には子供の頃から世話になってる。そういう人が西園寺家にはこれからも必要なんだ」
絵梨は俺をみて、黙っていた。
「絵梨さん、全員、嫌いなままでいいから、この家を支えてくれないかな。それでみていてよ、そこから。楽しいかどうか、人を人として捉えてないのか、そして…馬鹿にしているのかどうか」
絵梨は俺に問う。
「楽しくなかったら?馬鹿にしていたら?」
俺は絵梨の目をみて、言う。
「…少なくとも表面上は楽しそうに見せるさ、君の手腕でね。…そして人を馬鹿にしていたら、君が指摘すればいい、君は森下の娘なのだから」
絵梨は黙って聞いているので、俺は付け加えた。
「俺は、森下は自分の分身である娘だからこそ、秘書にしたいんだろうと思う。信頼していなければ彼は絶対に推薦しないよ」
「…そんなこと、ありえない」
絵梨は俺の言葉を拒否した。
褒めても無理か。
俺は視点を変えて、絵梨が俺の愛人になろうとする心理を考えた。
きっと父親やそんな父親にした環境に対して抵抗があるのだろう。
「君は自分の父を嫌いなのだろう?俺の愛人になって復讐する、それもいい。でもそんなことをしなくても、秘書になれば君は自分の父を…そして俺もこの生活を壊すことも、作り変えることも可能な内部の全てにアクセスできるんだ」
気に入らなければぶっ壊せばいい、俺は絵梨にそう言った。
絵梨は少し驚いた顔をしたので、俺はさらに「別に、何も同じ種類の人間で構成されている組織じゃなくていい、時には批判する人間も必要なんだ」と言った。
絵梨は「壊して…いいの?」と俺に聞く。
俺は頷いた。
壊していいよ、俺はこの生活を、父を君と同じく憎んでいるのだから。




