4 暗闇
食事が終わって飛行機が安定した状態になり始めたら、就寝の合図か、機内の照明が暗くなった。
俺は窓側のシャッターを下げた。
その光の失った機内で、自分の考えを訂正した。失ったんじゃなくて、直接、手にかけた訳ではないが、俺が殺したんだ。
俺は上を向いた。目から一筋の涙が流れた。
俺は読書灯をつけて携帯のアルバムを開く。
普段、開けることのないフォルダを開いて、写真を見る。そこには友人との写真が入っている。
恒星、しげ、狭山、梁さん、同じサークル仲間で友人の大野風花さん、古川佳奈さんが写っている。
携帯を持つ手は震えた。
しげの事件からほどなく父親は急に友人の一人、古川さんについて執拗に聞いてきた。
そして父親は狭山は大事な実験の成果物だと言った。
そこで初めてどうして父親が狭山に執着するのか、どうして躍起になって対応していたのか、理解した。
だから、その実験について父親に聞いた。
父親は渋っていたが、最終的に狭山は国家機密のクローンであると教えてくれた。
クローン?
俺は耳を疑った。
狭山がクローン人間?
成果としてあげられたクローンは現在までで1つだけで、成果物は一生研究対象であり、クローンの生活(恋人や友人・結婚・出産)を管理するという話だった。
成果物に近づき、研究が知られてしまう恐れのある人物は排除したいというのが真の狙いだった。
今までは梁さんが集めたグループの一人だったからよかったものの、梁さんが亡くなってからしげと古川さんは狭山の実家に行き、そして古川さんはどうも光の両親に関する情報やら、遺伝子学の研究を調べているらしい父親の持つ手元の資料に含まれているのを見て、次に狙うのは古川さんなんだと確信した。
クローンであるが、表面上は人として生活し、それが本人にも知らされずに生きた成果物として研究され続ける。
俺はそこで狭山に自分との共通点をみつけた。
狭山と俺の状況は似ていた。
どうやっても逃れられない運命。
俺はひどく狭山に同情的感情を持った。
そして狭山が俺に与えてくれた感情『安心』を狭山に返したくなった。
この計画を知っている俺ならば、何かできるんじゃないかと思った。
そして俺は自分から手を挙げて古川さんを消すことにした。
このままでは父親からから使命を受けた誰かが排除する。
そうであれば、なんとかして俺が古川さんを逃してあげたかった。
古川さんは頭がいい。
きっと俺が作った計画に気がついて、古川さんなら逃げるだろうと思った。
うまくいったかわからないが、彼女の扱いは今も行方不明のままだ。
そして狭山本人の体調維持が最後の仕事。
狭山は初めて会った時から理性的で落ち着いていた。
何かあっても慌てる姿を見ることはない。
だいたいグループの中では聞き役となって皆の話を聞いて、相槌を打った。
それは会社に入ってからも同じだった。
物事一つに一喜一憂しない。
言うならば、皆の精神安定剤。
そのぐらい安定した精神状態を常に保っていた。
俺もその精神的安定を受け取っていた一人だ。
人の話を否定をしないから安心して会話ができる。
俺の言動にいちいち反応せずに様子を見ながら会話してくれるから、狭山と二人で直接、会話する機会は少なかったけれども狭山に対して全幅の信頼を置いていた。
だから父親から打ち明けられたクローンという話をされた時、あれはクローンだからの反応だったんだろうか?と一瞬、思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
それまで特に変わりなかった狭山もしげと古川さんがいなくなって、それまでの姿では見ることのなかった憔悴した様子を見せるようになった。
俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。
それまでの狭山とのやりとりから狭山の心の壁を取り払うほどの関係はないと感じていた。
それは俺だけじゃない、狭山はグループのどのメンバーともほどよく距離を持って接していたように思えた。
そもそも正直、狭山には感情がないのか見せないようにしているのか、俺には判断できなかった。
だから、俺はこの時から恒星を巻き込んだ。
恒星に俺が家からの命令で二人を排除したことを伝えた。
恒星からはもちろん罵られた。
そして許さないと言われた。
それでいい。
俺は許されないことをした。
俺は狭山にとって大事な人間を奪ったんだ。
償いとしてでも、狭山に俺ができることをしてやりたい。
狭山にとって安全な心地の良い居場所があればいいと思った。
恒星は人との間に一切の壁を作らない。
狭山に壁はあるが、恒星はきっと狭山の壁をそっと消してくれると思って、俺に作れないその場所を作って欲しいと恒星にお願いした。
恒星は渋々、了解してくれた。
そして計画はうまくいっていたはずだった。
恒星と狭山と最後に三人で飲んだ時、狭山から居場所を作ってくれてありがとうとお礼を言われた。
あんなに狭山と距離が近くなった日はあの日が最初で最後。
それなのに。
それからまもなく大野さんと大学友人数名で行った旅行先で狭山は崖から落ちた。
自殺だったのか、事故だったのかわからない。
恒星がその前日に狭山から電話があって最後に「恒星くんは、橋本家のためにも幸せになってほしい。」と言っていたという話もあって、自殺だったのではないかと恒星は言った。そしてその一ヶ月後、恒星は前触れもなく、遺書を残して命を絶った。
…あれから何度自殺しようと思ったか、わからない。
父親はそんな俺の監視を始め、病院に入院させようとした。
自殺の予兆があればまた昔のように俺を病院に縛り付けるんだろうと思った。
俺はもう無駄な抵抗はやめた。
そして失意の中、美桜さんと結婚した。
そしてきっと美桜さんは父親から監視も指示されているだろう。
この2年、俺はずっと仮面を被って結婚生活を送っている。
もうさ、いいだろ?
自分がやったことの罪の大きさと、失ったものの大きさが俺を押しつぶそうとしていた。
なぁ、恒星。
俺はあれからずっと今も変わらず、お前を愛してる。
俺は何を間違えたんだろう。
自分の運命を受け入れて、大事な人を守ろうとただただ必死に、選択をし続けたはずだった。
どこの選択肢もバッドエンドなんて、そんな真っ暗な終わり方を知っていたなら、俺はお前に出会わなければよかったと、そう、思ってしまうよ。