3 月の微かな光と長い夜
乗ってすぐの食事をパスした。
座席はビジネスクラスなので、隣との座席には余裕があり、俺はそのまま椅子のリクライニングを少し動かして肘を椅子の肘当てに置いて窓の外を見た。
雲があまりなく、遠くに月が顔を出していた。飛行機から見える月は黒い中にぽっかりといちおう、ここにいますと示すように小さな光を放ち、光っていた。
俺はその月を見ながら、起こしてしまった自分の業について考え始めた。
父親からの二回目の命令は、ちょうど5年前ぐらいに遡り、依頼された。
そうだ、ちょうど梁さんが教授に殺されたタイミングだった。
それは「しげを排除しろ」という命令だった。排除とは文字通り、除くということだ。
その発言に凍りついた。
今、俺が断ってもしげと狭山を別れさせたときと同じように、俺ではない誰かが手を下すことが明白だったからだ。
俺は視線を下に落として、考えた。
父親は「やるのか、やらないのか。はっきりしないか」と言ってきた。
この男は何を言っているんだ。
俺に、排除なんてできるわけがない。
しげは、俺にとって数少ない、大事な、本当に大事な友人だった。
しげとの出会いは大学1年だった。
大学に入り、サークルに入るか悩んで、結局、ずるずると連れて行かれた飲み屋で隣通しになったのがしげだった。
自己紹介で名前を言ったら、誰かが「噂知ってる。御曹司でしょ?」と言ったのを始まりとして、周りがざわざわと話し始めた。
それで一瞬で俺は冷めた。
もう帰ろうと荷物を手に持って立ち上がろうとした時、隣にいたしげが「ふーん?なんすか、御曹司って?お酒の名前ですか?美味しいんですか?」と軽く、ほんとに少しだけ笑って言ったのだ。
それで場の空気が変わって、「美味しいかな…と言われれば、美味しいよ。」「お酒で美少年なかった?」と話が逸れて、次のメンバーの紹介に移ったのだ。
俺はしげを見た。
しげは全然、俺を気にせず、周りの人と談笑していた。
それがしげとの出会い。
あいつは、無意識に俺を一瞬で普通の人にしたんだ。
結局、夏はテニス・冬はスキーをやるサークルにそのまま入った。
飲み会があれば、俺はしげの近くに座るようにした。
よく見ると、しげは人といることが上手な人間だった。
誰かに話題が集まらないように、時には自分をネタにして、誰かが話し出すと相槌をし、飲んだくれる。その繰り返し。
俺はあいつから人付き合いを盗んで周りと接するようになった。
そうして子供の頃を思い出した。
母親がどんな状況であっても声を荒らげず、軽快に話題の変更とユーモアで場を乗り切っていたことを、あの家の空気のように、俺は周りの人とうまく溶け込んで目立たないように、目立っても気にせずに話を交わすようになっていった。
そのうち、しげは俺に俺の名字である「西園寺」をネタにからかうようになったが、それも自分から話を出さない、全く面白くない俺に対する何か言えよ、のアピールだったように思う。俺はしげからの会話のキャッチボールを進んで拾い、投げ返すようになった。
だから、俺は父親への回答を躊躇した。
息を大きく吸い込み、俺は言った。
「できるかどうか、わかりませんが、やってみます」
父親は「わかった。状況的に今、すぐにというわけでもないから、試しにやってみればいい。おい、森下、海斗を手伝ってやれ」と俺と長い間、この家の執事のような役割で今や父親の秘書である森下に言った。
森下は基本的に俺が決めたシナリオに対しての人を当てることと、それらを実行時の物的証拠を消す対応を担当してもらった。
そうすることにより、俺は意図的に致命的にならないシナリオを作成することができた。
最初は自転車のブレーキがかからないように部品を抜く。俺はしげの運動神経を知っているから、こんなことでやつが車に引かれるなんて、絶対にないという確信があった。
2回めは空き巣。
空き巣には殺害の依頼ではなく、気絶させて手足を縛り、口を塞ぐようにお願いした。その後に俺が行ってあいつを殺す(森下にはそのように伝えたが、実際は助ける)予定だった。必ず、家にいる日を狙ったはずなのに、あいつはその日に家にいなかった。
3回目は睡眠導入剤をあいつの家のペットボトルに紛れ込ませた。これは苦肉の策でなんとかするためにやった対応だった。
これによって、森下も、父親もさすがに俺が考えたシナリオを怪しいと言いだした。
それで、最後は森下が考えたシナリオ、しげが仕事で行く予定になっている廃棄工場での殺害となった。
そこでしげは実験的に作られた液体の中に落ちて命を落とした。
俺はその予定の前になんとかして防ぎたかった。
そのシナリオ実行前に、恒星としげと三人で飲む機会があり、予定を聞いてその予定を変更する可能性、その中で何を見学するのか、危ない場所を聞いて注意を促したのだが、全く本人は気にしてないようだった。俺はその場で言ってやりたかったが、そんなことをしたら、何もかも失ってしまうと躊躇していえなかった。俺にとって今の場所はなくてはならない居場所だったからだ。
…そんな邪なことを考えていたから、結果的に俺は大事な友人たち、愛する人、居場所を失ってしまったんだろうか。
今、俺の世界には色がない。