36 優しさ
家にいると考え込んでしまうので、平日に仕事を詰め込んでやっと週末がやってきた。
俺は午前中から午後にかけて荷物をまとめて、午後15時ぐらいに古川さんと落ち合う予定のアパートメントに向かった。
送られてきたカギを使って、その部屋を扉を開けた。
既に玄関に靴が1足おいてあった。
古川さんが既にいるんだろうか?
俺は靴を脱いで、玄関に置いてあるスリッパを履いてリビングに向かう。
「海斗、遅かったね」
扉を開けた先には髪型をショートカットにした古川さんがリビングの椅子に座っていた。
「あー…古川さん、もう来ていたんだ?」
俺は古川さんに声をかけた。
アメリカで古川さんと話したのはそこまで多くないから、俺は少し戸惑っていた。
古川さんは椅子から降りて、俺の前に立った。
「はい、もう朝一に!……元気ない感じ?あ!仕事が忙しかった?」
そして俺の顔色をじろじろと見た。
古川さんは変わらずに、自由な人だなぁと思っていたら…いきなり、言った。
「なんか海斗…年取ったね」
その一言にぷっと噴き出してしまった。
年取ったねってなんて、日々の生活で言われることがなかったから、つい笑ってしまった。
「まぁ、ね」
俺の言葉に古川さんはため息をついて、言った。
「…はぁ、やっぱりナリじゃないと、笑わせられないのか…ほんと…」
『年取ったね』は、どうもナリの言葉だったらしい。
「まぁ、ナリとは付き合いが長いし…ナリはけっこう俺のこと見てるからなぁ」
俺は呟いた。
多分、ナリは俺に合わせて会話していたんだろうなと…。
古川さんは下を向いていた顔を上げて、感慨深く言った。
「そうだよ…ね。ナリは皆のこと、よくみてるもんね」
確かに…ナリは大学友人メンバーの中心にいて、皆をよく見て話しかけていたな。
そうして、俺は二年前の最後にアメリカに行く前に会った古川さんを思い出した。
-しげと仲間たちのやり取り見たり、聞いたり、突っ込んだり、に関われなくなると思うと……。
そういえば、古川さんも俺と同じくナリ(しげ)と仲がよかったことを思い出す。
俺は真正面で立っている古川さんに言った。
「まぁ、お互い椅子に座ろう…その前に、荷物を部屋に置いてきてもいいかな?」
そしてスーツケースを押してリビングの中心に移動した。
古川さんは両手を軽く叩いた。
「そうだ。事情が変わって、私もこの家で寝るから」
ここは3LDKだから部屋はあるけど…確か、隣の部屋も借りていたけと思うけど、どういうことなんだろう。俺は古川さんに尋ねた。
「…隣にも部屋借りてたよね?」
「うん、でも、こっちにしていいかな、ちょうどリビング挟んで2部屋あるし、ちょうどよくない?」
古川さんはよくわからない理論でこちらにと主張した。
ふっと日本にくる直前にナリから聞いた話を思い出した。
-しばらく夜眠れなかったりして、俺と光がアメリカに到着するまでは俺が日本から…合流してから光と一緒に落ち着かせてたりしてた。
俺はその話に触れずに、言った。
「…これだけ広かったら家は1つで十分だよね。話すのに、わざわざ隣の家に行くのも大変だしね」
古川さんは両手を組んで俺にポーズを取って感謝した。
「ありがとう、海斗サマサマ。あの、私がリビング入ってそこの左の引き戸の部屋を使うので、海斗は右の部屋を利用してください」
そう言われて、俺はとりあえずスーツケースを部屋に置いてクローゼットにかかっていたハンガーに上着をかけて、リビングに戻った。
古川さんは椅子に座っていたので、向かい合って俺も座った。
「そういえば、古川さん、髪の毛バッサリ切ったね」
俺は古川さんの髪型について言った。
「誰かが私を知っているのかもしれないから、いちおうカモフラージュで変えてみたの」
ああ、そういうことか。
作戦用に髪を切ったということか。
「雰囲気変わって大人っぽくなったと思う、似合ってるよ」
俺は髪型を褒めた。
「ありがとう!うん、海斗からの言葉は全然、違和感ない」
どういうこと?だろう??
古川さんは目の前のテーブルに腕を組んでそこに顔を下げて言う。
「ナリにも同じこと言われた…私、いつまで気を遣われるんだろう」
あぁ、そういうことか。
確かにアメリカで過ごしている時、ナリは古川さんに対して気を遣っていた。
古川さんの情緒不安定を心配して…ということもあったんだと思うから、そんなに違和感ないけど…
「嫌じゃないけど…不自然な気がして…」
古川さんはそう言った。大分、気にしているようだ。
「…まぁ、俺から見るとあれもナリの一部だと思うよ。あいつ、基本的に優しいし、必要じゃなくなったら止めるんじゃない?」
古川さんが俺の言葉に顔を上げて、俺を見た。
「…海斗が羨ましい、再会して…そんなに時間がかからずに戻って…」
そういえば、俺とナリとのやりとりみて、古川さんは泣いていたな。
俺は古川さんの頭をポンポンと軽く触れた。
「思うに、そんなに心配しなくても、ナリはちゃんと古川さんを見てるよ」
俺がそういったら、古川さんはまた下を向いて小さな声で「それが一番困る…人の気も知らないで…」とボソッと言った。
今度は俺に聞こえるように、「そうだね、わかってる。優しさが人を傷つけることもあるんだよ」と言った。
少し沈黙が流れた。
そしてすぐに古川さんはパッと顔をあげて、両手を顔の前で合わせた。
「そうだ、すっかり忘れていたけど、コードネーム考えないと!」
「コードネーム?」
俺は聞いた。
「うん、しげが何でナリと呼ばれているかっていうと、しげの殺害の後、しげはしばらく日本にいて光と連絡を取っていたわけだけども、それが他の人にわからないようにするために、呼び名を変えたの」
そういうことだったのか。
俺は古川さんの話を聞いて、納得した。
「私もそのまま呼ばれたらせっかくの髪型のカモフラージュの意味もなくなってしまうから、名前を変える」
古川さんはメモ帳とペンを取り出して、自分の名前をペンでメモ帳に書いた。
古川さんは一度、ひらがなに変えて、そして文字の順序を何度か入れ替えて、名前を書いた。
"古川佳奈" → "わかふなるか"
「わかふなるかってどうかな?」
そうか、成田廣重だから、しげは"ナリ"としたのか。
「いいんじゃない」
俺は同意した。
そして古川さんはこの日、一番の笑顔で言った。
「海斗、明日から私のことは"ルカ"って呼んでね」




