34 離婚報告Ⅱ
父に報告したその足で美桜さんの両親に挨拶をしに俺と美桜さんはタクシーに乗った。
美桜さんが父の前でフォローしてくれなかったら、きっと話は打ち切られていただろうと思う。
俺は隣に座っている美桜さんに「美桜さん」と声をかけた。
「海斗さん、どうされました?」
美桜さんは何事もなかったかのように、きょとんとした表情で俺を見て言った。
「…美桜さんからのフォローがなかったら父にうまく伝えられなかったと思って…ありがとう」
俺は感謝の気持ちを述べた。
美桜さんは目を逸らして目線を下げた。
「…」
「美桜さん?」
俺は黙りこむ美桜さんに声をかけた。
「出過ぎてしまってすみません…、どうしても海斗さんの意見を大事にしてほしくて…つい…」
美桜さんはどうも先ほどの言動を後悔しているようだ。
「美桜さんは何も悪くないよ。…俺こそ、頼りなくてごめん」
そう俺が言ったら、美桜さんは少し微笑んで、首を横に小さく振った。
「頼りないなんて、全然思いません…結婚した時より…今の海斗さんのほうが何だか…ずっと…らしいです」
「え?」
俺は美桜さんの言葉につい声を出してしまった。
今の方が、らしい?
それを聞いて美桜さんは聞き取れなかったと思ったのか、もう一度言った。
「…海斗さんらしいですよ」
俺、らしいか。
美桜さんの知ってる過去の俺はどんな俺だったんだろう。
その俺と比べて、結婚した時の俺をらしくないと思ったんだろうか。
そして今は……俺は…その当時の俺に戻ったんだろうか…。
自分のことが一番見えない。
俺も美桜さんの微笑みが移ったようにフッと笑ってしまった。
「そっか」
その時、タクシーの運転手が「ここでよろしかったでしょうか」と言って外を見ると美桜さんの家の目の前だった。
****
俺と美桜さんは美桜さんの実家のリビングの椅子に座った。テーブルを間に挟み、美桜さんの両親が並んで座っていた。
「ただいま、お父さん、お母さん」
美桜さんは両親を目の前に挨拶した。
俺も頭を下げて、「こんにちは、ご無沙汰しております」と挨拶した。
美桜さんの父親はテーブルの上の両手を握って、「おかえり、美桜、そして海斗さん、こんにちは」と挨拶を返した。
「美桜、聞いていた通りに先ほど西園寺さんから電話があったよ」
美桜さんに向かって父親は言った。
"聞いていた通りに"?美桜さんはどうも事前に両親に連絡していたようだ。
「美桜の言うとおりに、『今後も宜しくお願いします』と答えておいたけれど、よかったかな」
美桜さんは頷いて「お父さん、ありがとう」と言った。
そして美桜さんは俺の方を見た。どうやら話を切り出すタイミングのようだ。
「この度、私と美桜さんは婚姻関係を解消することとしました。本日はそのご報告となります」
美桜さんの両親は俺をじっと見ている。
俺は続けて、頭を下げた。
「今回、このような結果となりまして、大変申し訳ありません。美桜さんは…俺にはもったいないほどの妻でした。娘さんを幸せにできなかったことをお詫び申し上げます」
俺は言い切っても頭を下げ続けた。
そこに美桜さんの父親はこう言った。
「海斗さん、どうぞ頭を上げてください。美桜から聞いたときには大変驚きましたが、…これは夫婦で話し合った結論だから尊重してほしいと言われました」
俺は少しずつ頭を上げて美桜さんを見た。美桜さんは少しうつむいていた。
「何かご事情があるのでしょう。…その理由をここで聞いたとしても、夫婦の本当の事情というものはわからないものだと思いますので、あえてお聞きはしません。ただ…先ほどの海斗さんのお話を聞いて、海斗さんと美桜が仲たがいして別れに至ったわけではないということを感じましたので…私から言うことは何もありません」
美桜さんの父親は俺と美桜さんに聞かせるように言った。
俺はもう一度、軽く会釈をした。
父親は美桜さんに聞いた。
「美桜、これでいいんだろう?…帰ってくることは何も問題はないけれども…美桜の本当の気持ちは…」
そこまで父親が口にしたところで美桜さんが「お父さん」と声をかけた。
「…何も問題ありません。もう決めたこと…です」
美桜さんは相変わらず、下を向いたままでそう言った。
父親は「そうか…そうであれば…わかった」と言った。
そして父親と美桜さんを隣の母親はずっと心配そうに様子を伺っていた。
そして両親に離婚届の保証人欄に名前を記載してもらった。
****
俺と美桜さんはそのまま役所に向かい、記入した離婚届を提出し、正式に離婚した。
最後、役所の出口で美桜さんが「ここで挨拶して、別れましょう」と言った。
俺は頷いて同意した。
「海斗さん、約2年間、ありがとうございました。また手続でご連絡することがあるかもしれませんが…感謝を伝えさせてください」
美桜さんが深々とお辞儀をした。
「俺の方こそ…本当にありがとうございました。あの…」
俺はここで美桜さんに俺をいつから知っていたのか、聞こうかと思ったが…それは今となってはもう不要なことかと思って口を閉じた。
美桜さんは不思議な顔して「あの?とは」と聞いた。
「…あの、今更だけども…俺のこれはよくなかった…ということを教えてもらってもいいかな」
俺は何の話をしていいのか悩んで、頭に浮かんだ先ほどの父の前での自分の頼りない姿を浮かべて言った。
美桜さんは不思議な顔をして聞いた。
「それは…何か意味があるのでしょうか…」
俺は焦ってそのまま伝えた。
「いや…俺、何か話したかったけど話が…浮かばなくて…うん…」
美桜さんはぷっと笑った。
「ありがとう、だけだと何だか寂しいですものね」
どうも美桜さんは俺が気遣って何か話題を出そうとしていると思ってくれたようだった。
そして考えこんでゆっくりと話し始めた
「…そう、ですね。…弱音を言わない、所だと思います。何か…抱えているように見えましたけど…それがあの検査結果だったのかもしれないですけど…もし伝えてくれたら…一緒に考えられたかもしれない…この結果になる前に…」
そして続けた。
「でも…それは海斗さんだけじゃないんだと思います。私も海斗さんに話していないこと、たくさんありました。だからおあいこです」
そういって笑顔で俺に言った。その笑顔に俺自身が励まされた。
「そう…かもしれない。心配かけたくなくて、自分をさらけ出すのが怖くて…隠していたかもしれない、ありがとう」
「そう、ですよね、さらけ出すのは怖いですよ、私も同じでした、ありがとうございます、さようなら、海斗さん」
美桜さんは俺の目を見て、最後の挨拶して、手をその場で小さく振った。
俺も「さようなら、美桜さん」と言って、同じように手を振った。
そしてそれぞれの家路に分かれて帰った。




