33 離婚報告Ⅰ
次の日曜日
俺と美桜さんのそれぞれの家に離婚の報告をしにいく予定になっていた。
…俺は美桜さんとどんな顔して会えばいいんだろう。
そして、初めて会った日の美桜さんの両親の姿が浮かぶ。笑顔が絶えなかった父親と母親。
-美桜ちゃんはね、しっかりしていて芯が強い自慢の娘なの
母親が継母だとは全く気が付かなかった。
今になって『しっかりしていて芯が強い』と言った継母の美桜さんに対する感想が頭の中を巡る。
病院での俺の噂と美桜さんの噂…
-政治家の父親に反抗して暴力を振るい、帰る場所のない子供
-家に帰りたくないから祖母の病室に入り浸る小学生
俺たちは家に居場所がなかった似たもの同士だったのか?
だから…?そこまで考えた所で時間切れだった。
待ち合わせ場所として指定した俺の実家近くの喫茶店に美桜さんが到着した。
美桜さんは長かった髪型を切っており、肩上あたりのボブになっていた。服装は上下セットのツイードジャケット、スカートで少し畏まっていた。
「お待たせしました、時間ギリギリになってしまってすみません」
俺は時計を見て立った。
「大丈夫です、では、そのまま行きましょうか」と声をかけて喫茶店を後にした。
家に着くまでの間、俺と美桜さんは一言も話さなかった。
髪型が変わったことを話そうかと迷ったが、まだ金曜日の一件が尾を引いていて、結局、声をかけられなかった。
家の門までやってきた。
インターホンを押して、俺と美桜さんは家の中に入った。
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いつも通り、声、そして顔色一つ変えずに森下が応接室に案内する。
「こちらに座ってお待ちください」
俺と美桜さんは並んで座り、父を待った。
そこにトントンという音と共に部屋に父が入ってきた。
「久しぶりだな、海斗」
父が挨拶したので、俺は立って会釈した。
そして今度は美桜さんに向かって「いつもお世話になってます、美桜さん」と声をかけた。
父は美桜さんの弁護士事務所に顧問弁護士を依頼しているため、クライアントとして美桜さんに挨拶をした。
美桜さんも立って頭を下げた。
「こちらこそ、いつもお世話になっております」
そして目の前のソファに腰かけた。
「今日はどんな御用できたのかね」
俺は単刀直入に伝えた。
「この度、私、海斗と妻、美桜は離婚することを決めまして、報告に伺いました」
父親は拳を振り上げて、テーブルを叩いた。
「なんだと!」
そして俺を睨んで「海斗…お前はそれがどういうことなのか、理解しているのか?」
父親からの反発は予想通りだった。
相手の家も自身の権力の一部としてネットワークとして繋がっている。
勝手にその繋がりを切ることを父親は許せないのだろう。
「その点については今後も引き続き、関係を保って進めていく所存です」
俺は淡々と今後の流れを説明したが、父の怒りは収まらず、父はまた両手でテーブルを叩いた。
「海斗、私はそんなことを聞いているんじゃない」
父は俺を見て「私に断りもなく、勝手に決めたことを問いているのだ」
この家にいるものは全て父のチェスの駒。
父が動けと言わない限り、動いてはいけないのだ。
俺は父から目を横に移して考えた。
何を言えば、この父を納得させられるのか…その時だった。
「お義父様、報告が遅れましたことはお詫び申し上げます。これは二人で私たちの決めた意見です。そしてこの意見に…お義父様と言えど、口を挟むことは謹んでいただきたいのです。もし守っていただけないのであれば、私にも考えがございます」
美桜さんが父に物申したのだ。
「その考えとはどんなこと…でしょう?」
父は美桜さんに目を向けて聞いた。
俺は美桜さんの横で凛として説明する美桜さんの圧倒的な姿を目にした。
「民法第651条で受任契約が成立した後も、依頼者、弁護士ともに契約を解除する権利があります。今、ご契約いただいている全案件に影響し、事務所から、そして私、個人から本件に関する裁判を起案する可能性がございますが…そちらはご認識されておりますでしょうか」
美桜さんは自身の務める弁護士事務所の契約を盾に父に刃を向けた。
「…つまり、信頼関係を結ぶことに影響するということですか」
父は右手の拳を左で握り、俺と美桜さんをじろりと見て言った。
美桜さんはそんな父の様子も気にせずに父に提案した。
「信頼関係は十分、存在していると感じておりますので、可能性について申し上げたまで、です。…海斗さんの意見を尊重することで得られるメリットのほうがデメリットより大きいかと存じますが…いかがでしょうか」
父は”あぁ、面白い”と言いながら、少し笑った。そして美桜さんに言った。
「デメリットを上回るメリットです…か…おっしゃる通り、今、ここでそちらの事務所と関係を拗らせるのは私としても分が悪いですし、海斗にはちょうど話したいことがあることも思い出しましたよ」
俺は昨日の兄との話を聞いて、それは政治家の世襲を指していると察した。
そこで俺はここぞとばかりに、話を挙げた。
「そうですよね…私もそろそろ学ばせて頂かないと間に合うものも間に合わなくなってしまうかもしれませんね」
父は俺の様子を受けて、持ち直した機嫌をさらに上向きにさせた。
「…海斗、やっと西園寺家のことを考えてくれるようになったのか」
そう話をした所で、トントンと扉を叩く音がした。
「何だ?」
父は扉に聞こえるように大きな声を出した。
扉を少し開けて、珍しく森下が慌てている。
「創真様、少々込み入った案件がございまして…よろしいでしょうか」
父はソファを立って、森下に近寄り、話を聞いていた。
厳しい顔に戻り、「そうか、やはり進めるしかなかろう」と言った後で俺をちらりと見た後で「私も決めたよ」と森下に向かって言った。森下はその言葉を聞いて「承知いたしました、手配を進めさせていただきます」と言って、扉を閉めた。
父は戻ったが、そのままソファ横に立ち、「海斗、お前の意見もたまには役にたつものだな…これからは事前に連絡してくれたまえ」と言い、「以上であれば、本日は終了でよかろうか」と父は俺に聞いた。
俺は安心し、「はい」と言った。
そして父は美桜さんの方を向いた。
「美桜さん、また忙しくなりそうです。これからも先生とご実家ともども宜しくお願いしますよ」と言ったので、美桜さんは笑顔で「はい、もちろんです」と答えた。




