32 研究再開
俺は足を組み、その上に両手を組んで乗せた。
自信を持って言う。
「兄さん、以前、クローンの研究をこの病院で実施していましたよね」
兄は目を大きく開けて俺を見た。
俺は言葉をつづけた
「その研究を少ししたら再開したいと父から聞いています」
もちろんこれは嘘だ。
何らかの理由で再開した研究。また研究を続けたいという話があってもおかしくない。
さらに兄と父はほとんど会っていないから、父の意見などわからないだろうと俺は踏んでホラを吹いた。
兄は下を向いて、頭を押さえて呟いた。
「…またか…また…手伝えば…いいのか…」
兄はソファから立ち上がり、窓際に向かい、外を一度見て、俺に振り返った。
「…それを再開するということは…海斗、お前は覚悟を決めたってことだな」
「覚悟…ですか?」
俺は聞いた。
兄は「そうだ、父の跡を継ぐという覚悟」と言った。
父の政治家の地盤を誰が継ぐ、その覚悟はあるのかと兄は俺に言ったのだ。
研究の再開と何でそれがつながっているのか、俺は全くわからなかったが、素知らぬ顔して言った。
「…それで兄さんはいいのですか」
父の地盤は強力だ。地盤を継いで立候補すれば、必ず当選するだろう。
父の言うことに反発せず、ずっとついていった…兄が政治家になると俺は思っていた。
それでなぜここでいきなり、俺が地盤を継ぐ話になるのか…俺は注意深く兄を見た。
兄はふっと笑って言った。
「…もう、今更だから…言ってもいいか。そのクローン研究と引換えに俺はその役目から外してもらったんだ」
俺の中に衝撃が走った。
まさか兄がそんなことを父と話していたとは…。
それで俺が継ぐと…兄は勘違いしたわけか。
兄は院長の椅子に座り、肘をテーブルにつけて両手を組んだ。
「だからな…私の荷はだいぶ軽い。…あの研究さえなければ、父に会う機会もほぼない」
そうか…だから研究の再開と言った時、兄は驚いたのだ。
俺は父親がなぜ自分に執着するのか、なぜこの件に介入させなかったのか、合点が行った。
「そういうわけなので、まず前の研究成果を確認したいので、資料を見せてもらっていいですか」
そう言って、俺は研究室のカギを兄から手に入れた。
****
俺は家に帰って、まず簡易椅子に座り、膝上にパソコンを開いて暗号サイトで光たちにカギを手に入れたことを報告した。
そして一度、パソコンを閉じて…頭を抱えた。
父の地盤を継ぐ件はそのうち話が否が応でも来るのだろう。
それは置いておいたとしても…美桜さん。
なぜ美桜さんは祖母の話を…俺に昔、会った話をしなかったのだろう。
俺はふと思い出して、パソコンから婚約時に森下から送られてきた戸籍謄本と家系図を取り出した。
全く興味なくて、一切、目を通していなかった資料だった。
まず家系図の資料を開いて確認した。
祖母の横に死亡日が書いてあった。俺は横に表計算ソフトを立ち上げて素早く計算した。
美桜さんが14歳で亡くなった。
次に戸籍謄本を見た。
美桜さんの父親の欄に離婚日、配偶者氏名に名前があった。どうも美桜さんが7歳の頃のようだ。
そして…父親は11歳で再婚していた。
-……お子さんにとっては、お母さんとお父さんがどんな人であっても大事な親なのです
-ご自身の気持ちと同じくらいお子さんの気持ちも大事にしてほしい、ということです。
…だから田辺さんの話に意見したのだろうか…。
そしてそれは美桜さん自身の話だったんだろうか。
兄の言葉を思い出す。
-美桜さんの祖母がこの病院に入院していて見舞いで祖母の病室に入り浸っていたんだよ。
-家に帰りたくないから祖母の病室に入り浸る小学生ってな。
ちょうど俺があの病院に入院していた当時、美桜さんは8歳ぐらい…美桜さんも…家に居場所がなくて…病院に?
それから亡くなるまでずっとあの病院に通っていたのか…。
俺は目に手を当てた。
-あの時…病院に美桜さんが来て、入院させないように懇願したのにな…あの様子だと…父の所にも行ったはずだよ
そうか…俺の過去を知っているから…彼女は…入院させないように兄と父にお願いしに行ってくれたのか。
そして俺をしばらく一人にさせてくれたのか…。
美桜さんの気遣いに、俺は…
目の端から一筋の涙が流れた。




