2 後悔の始まり
空港に到着した。
飛行機の時間までラウンジで過ごす。
俺は関西からの移動疲れを感じたが、移動中、寝ていたため、今のところ、眠気はなかった。
時差を考えると夜中、起きていないと辛いと思い、とりあえずコーヒーを飲むことにした。
コーヒーは、デカフェと普通のものが置いてあった。コーヒーの銘柄をみて、恒星の言葉が浮かんだ。
『この前、化eduのコーヒー飲みました。デカフェの概念を覆す、コーヒーでした』
まさにそのお店のコーヒーが置いてあった。
俺は飲もうか悩んだ末、結局、普通のコーヒーを選んだ。
もう、飲んだ所で感想を言う相手はいない。
自分で振り返って、自分で傷つく。
これは思い出しすぎ、なのかもしれない。
恒星について考え始めると止まらない。
だから、始まってしまったら、何も考えないように寝るようにしていた。
今回、時差ボケ対策でそれができないことが辛い。
悩むなんて、二週間後に死のうとしている俺にとって不要な行為なのかもしれない。
それでも俺は悔いてしまう。
俺が巻き込んでしまったために、彼は死を選んだわけだから。
二年前の出来事は未だに鮮明に残っている。
いや正確には、もっと昔から俺はある人物の監視を命令されて実行していた。
ある人物とは、俺が大学1年で出会った3歳年下の狭山光のことだ。
偶然、塾に依頼にされて対応した大学紹介のイベントで友人とともに彼女と知り合った。
おとなしくて、控えめな女性。
第1印象はそんなところだった。
無事に大学に合格し、サークル活動からグループで一緒に行動するようになった。
特に彼女の友人の梁真理恵さんからしょちゅう誘いの連絡がきたこともあって、週末はサークル活動からそのまま仲間で食事も一緒にするようになった。
ちょうど彼女が20歳になったあたりに、俺は父親に命令された。
狭山光を監視して、友人・恋人等の交友関係をチェックするように、という内容だった。その時の俺は軽い気持ちでレポートにまとめて提出していた。
俺は母親が亡くなる時の遺言で、母親が俺への遺産を残し、それを受け取る代わりに自宅に帰ることを提案したため、帰らざるを得ない状況に陥った。
母親は俺に願っていた。
海斗がこの家を変えてほしい。
どこかでこの不幸を止めてほしいと。
しかし実際、家に帰っても俺の居場所はどこにもなかった。
兄貴は父親の思った通りの道を歩み、後妻の子供は父親にうやうやしくゴマをすり、家の中枢に既に入り込んでいた。
俺は早くこの家を出ると決めて、最終的に手に職をつけるべく、そして母親と俺を苦しめた薬の問題、効果的な使い方を学び、よりよい薬を創りたい、そんな気持ちで薬学部に進むことにしたのだ。
父親は当初、俺の決めた学部について反対していたが、狭山が入学した年から急に態度は変わり、容認された上で時々、状況を確認した。
そうして俺が大学卒業し、大学院に入る際に父親専用の応接室に、初めて呼ばれた。
友人の狭山の娘の状況を教えてほしいというお願いされたのだ。
狭山には当時、俺と同じ年の成田廣重という恋人がいた。
俺がなんの気なしに報告した内容にも、もちろん恋人の存在を書いた。
俺が報告したその内容を見て、父親は彼女は決められた相手と結婚する必要があると俺に向かって言った。俺はだからなんだと思っていたが、父親は別れさせろと強く俺に迫ってきた。
女を一人手配するから、その男を紹介しろと父親言った。
俺はもちろん断った。
しげも狭山も大事な友人だった。
しげは口は悪いし、ぐいぐい来るタイプではあるがノリは良くて明るい。人を区別しない、誰にでもフランクな貴重な友人だった。
狭山との付き合いの詳細は知らないが、二人はグループの中でもお似合いのカップルだった。
元気なしげと静かな狭山。
俺の隣に恒星がいるように、狭山の隣にはいつもしげがいた。
その二人を別れさせろとは、例え狭山の両親からのお願いだとしても、それは当人が判断することで人が口を出す範囲じゃない。
そして俺が断っても、父親は特に嫌がる素振りも見せずに、そうかと言って話を終わらせた。
これで終わりかと思っていたのに、それから数カ月後、しげと狭山はしげの浮気で別れたのだ。
これは父親の差し金だとピンときた。
でも父親はしらを切り、認めようとしなかった。
それでもまだこの件で俺が気持ちを保てたのは、狭山がその出来事にほとんど動じなかったからだ。
別れたと聞いて、しげが何度も懇願したが狭山は首を縦に振らず、結局、元には戻らなかった。
梁さんからの相変わらずの誘いも付き合いも一緒にいるメンバーにもほとんど影響がなかった。
強いて言えば、浮気をしたしげだけが、別れてからずっと狭山にアプローチをかけ続けたということのみ。それも梁さんの狭山を困らせたらイベント呼ばないという対応によって、ほぼ消えた。
狭山はアプローチがあろうとなかろうと付き合っている様子とあわせてもそこまで変わりなかった。変わったのは基本的には隣に座らない。個別で連絡を取らなくなったということぐらいだった。
俺には狭山の気持ちはわからなかった。
浮気したから?
ちょっとした心変わりすら許されないんだろうか。そしてそれが許せないとして、あのしげのアプローチにのらりくらりと交わす必要があるんだろうかと思ったものだ。
はっきり嫌だと言えば、しげだって諦めるはずだ。
俺なんか、何回も他を探して、結局みつからなかった。そしてやっぱり恒星に戻ってきてしまう。狭山から見たら最悪な男だ。
ちょうど俺にとって恒星は必要な存在だと思ったタイミングと狭山が別れたタイミングが一緒だったからよく覚えてる。
あの時から始まっていたんだ。
そこまで思い出して、息を吐いて、時間を見た。
時計の針は飛行機の時間に近づいたので、俺はラウンジから移動し、ちょうど始まった搭乗手続を経て、飛行機に乗った。
窓際の席だった。
窓を見ながら、俺は自分のやったことを今日はとことん思い出そうと誓った。
死して償う前に嫌というほど、苦痛を与えて、精神をぼろぼろにさせるんだ。
そうして地獄に向かえばいい。