28 相談内容
金曜日が訪れた。
今日は情報システム部門の田辺さんと美桜さんを引き合わせる日。
時計を見るとちょうど20時。
俺は田辺さんに指定された個室の居酒屋に入った。
予約者名を言って、席に通される。
まだ人が揃っていないためか、扉は開いていて、中には美桜さんの姿があった。
美桜さんはぴんと背を伸ばして椅子に座り、テーブルに腕を乗せて両腕を組んでいた。
考えごとをしているようだ。
「…美桜さん…お待たせしました」
俺がかけた言葉で美桜さんは一瞬、びくっとして入り口にいる俺のほうに目を向けた。
「海斗さん、いらっしゃったんですね」
「今、来ました。まだ本人は来ていないみたいですね。…美桜さん、今日はありがとう」
俺は田辺さんが来る前にお礼を言った。
美桜さんは微笑んで言った。
「全然。気にしないでください。…こういうお店に海斗さんと来るのは初めてですね」
「…そう、でしたっけ?…ここはこれから紹介する田辺さんが選んだお店で、私も初めてですよ」
俺は正直に思ったことを言った。
美桜さんは笑って言った。
「そうだったんですね、少し納得しました」
このお店を俺が選択していないことに納得?
俺はよくわからず、繰り返してしまった。
「納得、ですか?」
「はい。海斗さんなら……私に、というかきっと女性がいたら、居酒屋じゃなくて、イタリアンや創作料理のお店を選んでいると思いますよ」
…そうかもしれない。自分で気が付かなかった。
確かにメンバーに合わせてお店は選んでいたかもしれない。
俺は思った。こういう選択をしているのは、きっと恒星の家族のおかげ、なんだろうな。
恒星の家で暮らしている時、外食することがあり、恒星の母親と妹の美幸が気に入らないお店に連れていくと『こういうお店に女性連れてくるのはやめてほしい』と抗議を上げられて、男性陣、皆、お店選びに苦労したからだ。
「…あまり自分で意識してなかったです。美桜さんはよく気が付きましたね」
俺は懐かしい記憶を辿りながら、美桜さんの視点にコメントした。
「いえいえ…自分のことが見えないことってありますからね」
美桜さんは謙遜した。
「仲良く話している所に入ってすみません…。遅れました」
田辺さんが扉を開けて、部屋に入ってきた。
田辺さんは美桜さんの真正面に座りながら「西園寺さん、お疲れ様です」と挨拶した。
俺は「お疲れ様です」と言い、美桜さんは「初めまして」と言ったら、田辺さんが「?」という顔をした。
美桜さんが誰であるかを説明するのを忘れていたことに俺は気が付いて、田辺さんに言った。
「田辺さん、妻の美桜です。彼女はおおひら弁護士事務所に勤めているパラリーガルで、一旦、彼女と話してもらって紹介するかどうか確認してほしくてここに呼びました」
田辺さんは会釈した。
「あぁ、だから二人とも反応されたんですね。…すみません、わざわざ奥さんをお呼びしまして」
美桜さんは田辺さんの言葉に笑顔で返した。
「いえいえ、海斗さんの頼みだったので、こちらこそ、ぜひと思ってました。いつもお世話になっています」
俺と言えば、まだ結婚しているとはいえ、少し申し訳なく感じた。
美桜さんから離婚するような空気は一切出ていないのをみて、俺も合わせようと思った。
「仲良しですね…あぁ、羨ましい」
田辺さんはしゅんとして言った。
そしてとりあえず、田辺さんはしらふで依頼内容を言えないというので、飲み物と食べ物を注文して、三人で雑談を始めた。
「へぇ…じゃあ、西園寺さんとの結婚は美桜さんが16歳の時に決まっていたんですか?」
田辺さんが俺と美桜さんの馴れ初めを聞いていた。
「その頃は、親同士の口約束でしたが…そうなりますかね」
美桜さんはきちんと相手をして話してくれた。
俺はその横で相槌を打って聞いていた。
「やっぱり家柄同志でそういう約束ってあるんですねー、私には想像もできない世界です」
田辺さんはすごいなーと言いながら、感想を述べた。
「……そう、でもないですよ」
美桜さんがポツリと呟いた。
俺の脳裏に「?」が浮かんだ。
俺たち、ほぼお見合いみたいなものだったと俺は思っていたけれども。
「…あ、いや、全部が全部そういうケースなわけではないので…と言いたかっただけです」
美桜さんは自分がというより、そういう家もあるけど、そうじゃない家もあると言いたかったらしい。
「そうなんですねー!いや、それでこんなにうまくいっているなら、まぁ、どっちでもいいと思いますよ。恋愛結婚だったからってうまくいくわけじゃない、ですし」
田辺さんは俺と美桜さんを見て、うまくいっている夫婦とみているらしい。
次の瞬間、田辺さんは何を思ったのか、ビールを一気飲みした。
「はぁ、すみません。…今日、ご相談したかったのは…俺の…離婚裁判のことなんです」
俺と美桜さんはお互いを見合って、驚いた。
「妻に不倫されてるんです…そして離婚を迫られています。正直、離婚はどうでもいいですけどね…子供が…娘を妻に連れていかれたくなくて…」
そう言って、その場で田辺さんは泣き出した。
「きっと親権が妻に渡ったら、絶対にもう娘に合わせてもらえない…だから、どうしても勝たないと…娘の親権を得ないと困るんです」
田辺さんは涙を流しながら、下を向いてはっきりと告げた。




