26 絶好の機会
定時なるまでに、俺はほとんどの仕事を片付けて打ち合わせの場所に向かった。
「西園寺さん、お疲れ様です」
会議室に入ったら、丸山は既に来ていて、挨拶された。
「お疲れ様。あとは水戸か」
普段、周りに話しかけてくるタイプの丸山が珍しく何も言わずに座っている。
緊張しているんだろうか。
話しかけたいのはやまやまだが、話しかけている途中で水戸が入ってきたら、きっと丸山の肩を持っていると思われるだろうと俺も丸山と同じく黙って椅子に座った。
時計を見て、数分経った。
もう水戸は来ないんだろうかと思ったその時、ガタっと扉が開いた。
「すみません、遅くなりました」
水戸は謝って入ってきた。
広い会議室でそれぞれ対角線上あたりに俺と丸山は座っていた。
水戸はどうしたらいいのかわからず、おろおろしていたので、俺は声をかけた。
「お疲れ様。俺も丸山も仕事が終わってぼんやりしてただけだから大丈夫だよ。さて、そんなに大声で話すことでもないから、もう少し近づいて話そうか」
会議室の一画に椅子をそれぞれ持ってきて座った。
「今日、二人に集まってもらったのは…実は、忘年会の幹事について相談したかったんだ」
丸山は固まっていた身体から力が急に抜けて、「はぁ」と声が出た。
水戸はびっくりした表情のまま、逆に固まった。
「幹事は丸山にお願いしようと思っているんだけどね、水戸に企画をサポートしてもらえないかなと思って呼びました」
俺はここに来るまでに考えた対応を二人に伝えた。
「サポート、ですか?」
水戸は声を上げた。
「そう。ほら、あの薬事部とのいろいろで噂もあるから、それを払拭したくて。部長は今回の件で意気揚々としてて、開発部の雰囲気を盛り上げたいと思っているんだよね」
俺は部長の様子を2割増しで話した。
今日の様子では…間違ってはいないはずだ。
「忘年会への参加はチームとしては今年も任意の予定だから、水戸の参加は要求しない。ただ丸山は飲み会好きだし、企画で羽目を外す可能性もあるから、アウトかどうか、そしてどういう企画であれば皆で楽しめるのか、水戸の意見を、一緒に検討してもらいたい」
水戸はお酒を飲まないから、基本的に酒席の場にはこない、それも踏まえて俺は先に水戸に出席は任意と言った。
水戸は考えこみ、丸山はまた「はぁ」と声が出た。
「丸山は企画力あるし、いつも楽しませてもらってるよ。ただやっぱりコンプラギリギリの部分を通ってると思う。前にも言ったけど、水戸の意見は対極にあるんだよな。だからこそ、今回の噂の元にもなったわけだと思うけど…。俺の個人の意見としては、それぞれ意見は違うからこそ、良いものが生まれるんだと思ってる。だからね、この噂はチャンスなんだ。忘年会を通して開発部にイジメはないし、活発にそれぞれの意見を言い合える場所で製薬開発をしていると、見せたいわけだ」
途中まで元気のなかった丸山と水戸は、"チャンス"という俺の言葉に反応した。
そこから真剣な表情で考えこんでいた。
「水戸、大変だと思うけど、丸山をサポートして開発部を支えてほしい」
「丸山ならできるよ。昔、俺にさ、研究発表会に何でいつも参加するのか聞いてきたことがあっただろ?」
俺は水戸と丸山にお願いした。
「はい」
丸山は頷いて、返事をした。
「その疑問はさ、水戸の意見がきっかけ、だったんじゃないか?」
水戸は俺の発言にびっくりして、丸山を見た。
丸山は水戸の視線をみつつ、俺に言った。
「…そうです。水戸さんに”営業をするためにこの会社に入ったわけじゃない”と言われて、西園寺さんだって同じ条件なはずなのに、開発部の暗黙の了解でいつも参加しているんじゃないかと思ったもので」
丸山は渋々、理由を言った。
「水戸から聞かなかったら考えなかったことだと思うんだけど…それは治験と同じで人それぞれ…化学反応は違うと思うんだ。自分と正反対の人の考えは、相手に否定されそうで怖いと思うけど、これを機に思い切ってぶつかってみたらどうかなって思う。もちろん俺もサポートするよ」
水戸は俺を見て、何か言いたそうだ。
きっとほんとは謝罪したいんだろうなと思ったが、俺は水戸に向けて、口に人差し指で示して『言わなくていい』と合図を送った。
水戸が丸山と普通に接したいのであれば、やるべきことは謝ることじゃないよ。丸山を知ることだ。
そして丸山は不器用だけど、きちんと与えられたことに対して答えてくれるはずだ。
「さて、引き受けてくれるだろうか…。話はしたけど、強制はしたくないと思ってる」
俺はそう言って二人の反応を見た。
丸山も水戸も二人で顔を見合って、「私で問題ない/大丈夫ですか?」と聞いて、そのタイミングに二人とも笑いだした。
「水戸さん、宜しくお願いします。あの…強く言われると腰が引く癖があるんでお手柔らかにお願いします」
丸山が水戸に挨拶した。
「丸山さん、あの…はい、気を付けます。えっ……と、ほんとに私で大丈夫でしょうか?」
水戸は丸山の言葉を受けて、聞いた。
「え?むしろ水戸さんの方が…私と話すのは嫌なのではないですか…?」
丸山は水戸に返して、水戸が「え?」と声を上げた。
「いいえ、全然。あ…いや…何か…私、勘違いしてたみたいです」
水戸は俺の方を見て言った。
俺は微笑んで「そっか」と声をかけた。
そうして打ち合わせは終わった。
丸山は用事があるようで、席をすぐに立ち、出て行った。
水戸と俺は一緒に戻った。
水戸が俺に「西園寺さん、ありがとうございます。」と言った。
「こちらこそ、ありがとうございます、です。忘年会の幹事は毎年、了承もらうのが大変だから助かったよ」
俺は笑って、水戸に言った。
水戸は少し歩いてから「私、開発部でよかったです」とつぶやいたので、俺はほっとして胸をなでおろした。




