25 それぞれの思い
会議を終えて、自部門のフロアに到着し、自席に戻ろうとしたら水戸が近づいてきた。
「西園寺さん、少し時間ありますか?」
彼女はどんよりとした空気を纏っていた。
30分後に会議を控えていて、俺はどうしようかと一瞬考えたが、水戸の様子から、今、話さないともう話を聞けない気がして返事をした。
「…少しなら」
近くの空き会議室に入り、お互い向かい合って座った。
「どうした?」
「……開発部の中でイジメが起きている噂は私が他部門に流しました」
水戸は俺に告白した。
俺はなんとなく感じていた違和感の理由に納得した。
開発部は部長の強力な統制がかかっているのに、なぜイジメの噂が他部門にまで流れていたのか、不思議だった。
それは内部でしかも発端である水戸から流れていたからこんなに早く広まったのだ。
水戸が話せるようにできる限り、穏やかな丁寧な口調にして、俺は聞いた。
「それはいったいどうしてですか?」
水戸は下を向いて言った。
「丸山さんの私に対する態度を見て、そういうことをしてもおかしくない人だと思ったからです」
丸山の態度?俺が見ている限り、丸山は一度起きた問題以降、水戸に相当、気を遣っているように思えたが…。
判断に困って、もう少し話を聞かなければともう一度、水戸に聞いた。
普段の業務でチーム全体の気軽なコミュニケーション向上という理由で丸山も水戸もさんづけで呼んでいないけれど、今は少し話し方には注意を払おうと俺は言葉遣いを意識した。
「…丸山さんの水戸さんへの態度を…詳しく聞かせてもらってもいいですか」
水戸は下を向きっぱなしで肩を震わせた。
泣いている?
「丸山さん、私に話しかけないようにしています。重要な連絡事項も他の人を通して連絡してきます。きっと私、丸山さんに嫌われていてこの部署にいてほしくないんじゃないかと思っているんだと思っています」
水戸ははっきりとした物言いをする人だったと俺はその時、水戸の性格を思い返していた。
丸山は水戸の当たりの強さに対して、どう自分は水戸に伝えればいいのか悩んでいて、時々、俺に相談してきた。
きっと丸山は無意識に水戸にあまり接しないようにしていたんだろう、そしてそれが水戸にはチームの一員から除外されている、嫌われている故の行動と感じたんだろう。
水戸も自分なりに悩んでいたんだ。
俺はそこまで気が回っていなかったことに気が付いて申し訳なく思った。
「水戸さん、今回の件、最初に丸山さんから連絡をもらいました。私が詳細を聞くまで、丸山さんから噂については何も聞いていません。ただ水戸さんの申請で問い合わせを受けたとだけ報告をもらいました。…私が言えることはこの事実だけです。丸山さんが水戸さんをどう思っているのかそれは丸山しかわからないと思います。水戸さんは…どうしたいですか?」
水戸は黙ってしまった。
そして少し枯れた声を言った。
「…過去に戻せるなら、戻りたいです」
それは…また無理な話を出してくるな。
俺だって戻れるなら戻りたい…と一瞬浮かんだが、そういうことじゃないよなと自分を落ち着かせた。
俺は時計をちらっとみた。あと5分。
「…わかりました。ところで、この話を知っているのは…私以外に誰かいますか?」
水戸は少し顔を上げて泣いた目を拭いて、首を横に振った。
「西園寺さん以外、誰にも言っていません。…社内の匿名掲示板を利用して噂を書いたのでわかるとしたら情報システム部門ぐらいだと思います」
俺はどうしたらいいのか、まだ答えはみつからなかったが、水戸は俺じゃなくて、丸山と直接、話す必要があると思った。
「そうですか…この話は一旦、私の胸に留めさせてください。…1つだけお願いしたいのですが、私も同席するので丸山さんと話すことは可能ですか?時間は…定時後になりそうですが」
水戸は顔を上げて俺を見た。
「無理そうだったら…断ってもらって大丈夫ですよ」
俺は水戸を安心させるために、少し口角をあげて言った。
「…はい、可能です、お願いします」
水戸はお辞儀をした。
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俺はその後、ずっと会議続きでほとんど過ごした。
少し時間ができた時にちらっと個人携帯を見たら、田辺さんから連絡がきていた。
きっと美桜さんと会う日の日程の連絡のことだろう。
日中の会議はそれなりに無難に過ごしたが…、問題は定時後の丸山と水戸さんの会議だ。
丸山にメールで俺と丸山と水戸と三人で話をしたいと連絡したら、わかりましたと快諾されたのはよかったが…事実を述べて謝って終わるわけもないし…むしろそんなことをしたら丸山はさらに落ち込んで、関係は悪化する気がした。肝心の社内掲示板を見に行っても、水戸はどうも自分の発言を削除したようで、その文章もみつけることはできなかった。
さて、どうしよう。
既に情報源もなく、言わなかったら流れてしまうような話をわざわざ俺に言ってきて、きっと水戸は反省と後悔をしているんだろう。1回だけ、水戸の涙にかけてみてもいいかなと俺は思った。




