17 決意
午後になり、風が出てきて、寒くなってきたので、俺と光は行きとは別の湖から駐車場に向かう最短ルートの遊歩道を歩いて戻り始めた。
歩きながら、光は少し鼻をすすり始めた。
「光、寒い?」
俺は光に聞いた。
光は「大丈夫」と言ったが、どうみても寒そうだったので、俺は来ていたニットジャケットを脱いで光の肩にかけた。
「海斗さん、ありがとう」
光は青白くなった顔で俺に言った。
「あと少しで車だから。もう少し歩ける?」
光は頷いた。
駄目そうだったら、おんぶでもするかなと思いながら、駐車場に向かう。
俺も上着がなくなり、若干、寒さを感じたが、問題はなさそうだった。
恒星がいなくなってから時間があれば行くようにしたジム通いのおかげだろうか。
そこから歩き続けて10分ぐらいして、駐車場の入り口に到着した。
反対側の遠くから手を繋いだカップルがやってきたのが見えた。
そのうちの男性が片手で手を降ってきた。
「海斗と光〜。」
声が聞こえた。
よく見ると、それはナリと古川さんだった。
二人はあのまま、手を繋いでいたんだろうか?
そう思った矢先に、横を歩いていた光ががくっと力が抜けて倒れそうになった。
俺は光を抱きしめるような形で押さえた。
「光!」
俺は呼びかけて、光の額を触った。
ひどく熱かった。
どうやら熱があるらしい。
ナリと古川さんも光をみて、慌てて、近寄ってきた。
俺は光を横向きに抱え上げ、両腕でそれぞれ背中と脚部分を持ち上げた。
そのまま光を抱えて、ナリと古川さんに「熱がある。車まで連れて行くから、荷物持ってくれるかな」とお願いした。
光を横向きに乗せて、車は動き出した。
ナリは光を心配しながら、言った。
「昨日、ほぼ徹夜だったから疲れが出たんじゃないか」
古川さんは窓の外をずっと見ていた。
そして古川さんは呟いた。
「そう、かな。光は最近、時々だけど発熱してるよね。今まで、光は遅くまで研究しているせいなのかと思っていたけど…発熱に原因あるのかもしれないよ…」
俺は聞いた。
「何か心当たりでもあるの?」
古川さんは言った。
「少しだけ気になることがあるけど…説明できるほど詳しいことはわからない」
「そうか…」
俺はため息をついた。
「…とりあえず、明日は休ませよう。ちょうど海斗もいるしな」
ナリは運転しながら、そう言った。
帰ってきて自室で俺は考えてた。
ー日本にある私が作られた時の情報、クローンの設計図とその方法に関する資料を全て回収したいんです。海斗さんにそれを手伝ってほしいんです。
俺には手伝うかどうか、選択する権利があると光は言っていた。
もし俺が手伝わなくても光は実行する予定なんだろう。
情報は父が持っていると言っていた。
もし手伝えば、否応にも父と接触することになる、んだろうな。
状況を知り、話を聞いて俺の心が思ったことは自分の知らない所で何かが起きるのは嫌だ。そして俺にできることがあるなら手伝いたい、だった。
何より、俺はもう誰も友人を失いたくないし、後悔をしたくない、と今は感じている。
そうすると…俺の頭の中に浮かんだのは、美桜さんだった。
俺はまず、日本に帰ったら、美桜さんに離婚を切り出す必要がある。
俺一人で対応しなければいけないこと、関係ないことに美桜さんを巻き込みたくない。
時計を見た。
夜の17時だった。
日本は月曜日の朝か。
すっかり忘れていたので、会社携帯を取り出して確認した。
土曜日に日本に帰った丸山から連絡が入っていた。
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西園寺さん
来週は急病のため、有給で処理してもらうように人事に連絡しておきました。
回復しましたら連絡ください。
丸山
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俺は丸山に返信し、そして自宅に電話をした。
プルルル、呼び出し音が鳴る。
「海斗、さん?」
携帯電話から美桜さんの声が聞こえた。
「美桜さん、出勤前に電話してごめん。今、少し10分ぐらい、話しても大丈夫?」
俺は美桜さんに聞いた。
美桜さんは「はい、全然」と言った後、少し間ができた。
俺はどうしたの?と聞こうとしたその時、
「…海斗さん、体調は大丈夫ですか?」
美桜さんは恐る恐る俺の様子を聞いた。
「急性胃腸炎だったみたいで、もう大丈夫」と俺は答え、それを聞いて「そうだったんですね、安心、しました」美桜さんは言った。
次が続かず、少し無言が続いたので、俺は「まだ退院は決まっていないんだけど、多分、近々。また決まったら連絡する」と言った。
「わかりました。連絡待ってます」
美桜さんは返事をした。
俺は少し迷った後、話を切り出した。
「あの、このタイミングで悪いんだけど、…戻ったら、俺たちの将来について大切な話をしたいんだ」
「…」
美桜さんは無言になった。
俺は美桜さんが何の話かわからないようだったので付け足した。
「美桜さんには感謝しかないよ。何も言わないで、いきなり話を切り出したくなかったんだ」
「…海斗さん、どちらのお話のことか…、感謝の一言でわかってしまいました。はい、わかりました」
美桜さんの声は変わらずに言った。
俺は「…月曜の朝からごめん」ともう一度、謝った。
いつもは「はい、お気になさらず」と言う美桜さんから返ってきたのは意外な反応だった。
「謝るなら、言うべきじゃないですよ。でも、事前に言ってくれた気持ちは受け取ります」
美桜さんは俺を非難するというより、優しさを含んだ声がした。
美桜さん、心なしか最後の一言、いつもより声が高く感じたけれども、俺の気のせいか?
そうして俺は「じゃあ、また」と言って切った。
次の日、俺とナリが住んでいる家から、光と古川さんが住んでいる研究所ビルから繋がっているアパートメントに朝、ナリと移動した。
一棟まるまる住む場所として提供されているらしい。
ほぼ人はいないがアパートメントの各部屋は明かりが見えた。セキュリティのため、時々、住む部屋を変えて居場所がわからないようにしているという話だった。
俺とナリは古川さんに教えられた1538号室の前に到着し、インターフォンを押した。
「おはよう、はい、今、開けるね」
古川さんの声がした。
扉が開いて、古川さんがどうぞと言い、手招きした。
俺とナリは挨拶した。
そして俺は家の中を確認した。
玄関入ってすぐキッチンがあり、真正面にリビングが見えた。
「ソファーはあそこにあるから、座って」と古川さんは俺に言った。
俺は言われた通り、まっすぐ進み、右側にあるソファーに座った。
ナリは古川さんと一緒に飲み物を持ってきた。
「コーヒーだけだけど、入れたから飲んでください」
そう古川さんは言い、ソファーの端に座った。
ナリはコーヒーをソファー前のテーブルに置いた。
そのまま座るのかと思いきやナリはソファーに座らず、コーヒーカップを持って、リビングの先の窓ガラスのほうまで向かった。
「良い天気だな」
コーヒーを飲みながら外を見ているようだ。
ナリは古川さんに聞いた。
「それで、様子はどうなの?」
「朝はまだ熱があるようだった。今日は休むように伝えたよ」
古川さんはコーヒーを飲みながら言う。
「そっか。それじゃあ、しょうがないよな。海斗、光をお願いしていいかな?」
ナリはそれを聞いて、俺に言った。
「あぁ、いいよ」
俺は頷いて、返事をした。
ナリは俺の方を向いて一言、言った。
「…あのさ、襲うなよ」
「俺、病人襲うような人に見える?」
ナリ、何いってんだよ?と俺はちょっと呆れた。
ナリはそんな俺の言動に、突っ込んできた。
「そういうこと、じゃないだろ?お前、意外とちゃっかりしてるからな」
「?」
俺はわからず、何の話だという顔をした。
ナリはぶつぶつと言い始めた。
「昨日も光に上着貸してあげて、さらに抱き上げてて、そういう優しさの先に万が一にも…」
光に対する昨日の俺の態度の話か。
そういえば、光が俺と二人きりで話すこと自体、ナリは否定的だったもんな。
「わかった。…ナリ、嫉妬はカッコ悪いぞ。なぁ、古川さん、いつもこんなんなの?」
俺はナリをからかい、古川さんに話を振った。
古川さんは少し目が赤く、ナリのほうをみて、言葉を発しなかった。
「…古川さん?」
古川さんはふと我に返って、頭を左右に振った。
「…昔に、戻ったみたい…」
そう言って、顔を手で抑えた。
「おい、海斗、佳奈を泣かすなよ」
ナリは俺を注意し、古川さんの近くによって片手で古川さんの背中を撫で始めた。
「佳奈、大丈夫?」
そう古川さんに言った。
古川さんは頷いた。
「ちょっと…うん、大丈夫。ありがと、ナリ」と言った。
そして古川さんは俺の方を向いた。
「ナリが海斗に楽しそうに話してるの見て、ちょっと感傷的になっちゃった」
手で目の涙を拭いながら、古川さんは俺に笑った。
「楽しそうにって…真面目に話しているんだけど…」
そう、ナリは古川さんに言いながら、笑い始めた。
古川さんも釣られて笑った。
「もう行く時間だぞ、佳奈」
そう言って、二人は出ていった。
俺は持ち込んだPCで調べ物をしていた。
離婚するのに、父に報告しなければならない。
父の予定をチェックして、開いている時間に予定をいれなければうまく進まない。
気が重いが、まず、やらなければならないことだ。
アポイントメントを取りたいことと予定を確認するため、秘書にメールを送信して息をついた。
そこでバタン、と背後から音がした。
「海斗さん」
光が上下パステルカラーのスエットの上に長い羽織りものを着て、部屋から出てきた。
「おはよう、光。お邪魔してます」
俺は光に挨拶した。
「おはようございます」
光は微笑んでそう言った。
「顔色はよさそうだね。熱は…下がったように見えるけど?」
俺は光の顔を見て、言った。
「はい、もう全然!」と光は右手を握り親指だけを立てて、オッケーとポーズで答えてくれた。
「よかった。…じゃあ、昨日、話していた計画の話を聞かせて、光」
俺は光を見つめて、真剣に言った。




