12 朔の願い
「話してる最中、邪魔して悪いんだけども、もう到着する」
前からナリが俺に声をかけた。
公園の駐車場に到着し、全員で車を降りた。
ナリが公園の入り口を指して、歩こうと言い、進み始めた。
ニット帽を被った古川さんが光の手を引いて、進み、俺はその後ろから付いていった。
公園の入り口には地図があり、公園全体が示していた。
公園は木々が生えて、緑いっぱいの中、右側に大きな湖があり、その湖から左側に向かって川がぐるりと存在しており、内側は大きな多目的スペースと子供用の公園が点在し、そして公園全体にある遊歩道で各場所を繋いでいるようだ。
「ナリ、連れてきてくれ、ありがとう」
光はナリにお礼を言った。
「いいけど、海斗と皆で一緒に話してもよくね?」
ナリの言葉に古川さんも頷く。
光は手を繋いでいる古川さんの手を両手で握って言う。
「佳奈、…あの場所に行くけど、いい?今日、だいぶ、無理してるよね?」
古川さんは黙ったまま、何も言わなかった。
そのまま光は手を掴んだまま、ナリの近くに行き、言った。
「ナリ、佳奈をお願いしていいかな?」
光の繋いでいた手をナリに渡した。
古川さんは光の方をみて答えた。
「…無理はしてない。私が要望したことだし、海斗、に理解してもらうために必要なことだから。でも一緒にいたら何をするか…自信はない」
ナリは佳奈に言う。
「佳奈がそういうなら、いいけど。佳奈は何で今日、来たんだよ?」
「…何でも、いいでしょ?てか、私一人お留守番とか、ちょっと…」
佳奈はふいっと反対に向いた。
「今日はナリは私の言うことを聞くこと。ほら、あっちいこ。反対側」
そういってナリの手を引いて左側に入っていく遊歩道を歩き始めた。
光は俺のほうを向いて言った。
「私達も湖に向かって歩きませんか?」
どうもここは古川さん因縁の場所…。
俺は地図にある公園の名前を見て、ハッとした。
ここは俺が何でも屋に依頼して、古川さんを誘拐しようとした場所なんだ。
あの時、間違って古川さんに似た人間を誘拐したんだ。後で違う人であることがわかって、その人間を開放したけど、本人はそのまま行方不明になった場所。
俺に向かって光は言う。
「気が付きました?そう、ここは佳奈にとって忘れられない場所」
俺は少し焦った。
なぜここに連れてきたんだろう。
俺に思い出させようと、謝罪でも求めようとしているんだろうか?
「海斗さんを責めたいわけじゃない。ただ佳奈はUSBじゃなくて、体験したことを知ってほしいと願っているんです」
光は俺の顔を見て、言った。
昨日も古川さんは『UBS一つでわかるわけがない』と言っていたことを思い出した。
そしてその体験というものがどういうことなのか、理解できなかったが、俺は「そう、か」と頷いた。
「歩きますか?」
光に声をかけられて、俺と光は横に並んで右側の遊歩道を歩き出した。
「海斗さん、前に感じていることを伝えてほしい、悲しみを分けてほしいって言ってましたよね?」
それは…ナリと佳奈がいなくなり、それで倒れているのに、俺に弱音一つ言わない光に俺が言った言葉だったと思う。
俺は頷いて、「あぁ」と言った。
光は少し微笑んで、
「まだ、有効ですか?」
俺は「あぁ、もちろん…」と言った。
俺にできることであれば、そう心の底から思った。
光は「よかった」と言った。
その後、光はそのまま黙ったまま、歩いた。
俺はどうしたんだろうと思いながらも、そのまま、道を歩き続けた。
遊歩道の周りには木々が埋められており、紅葉の黄色や赤の葉が落ちて散乱していた。
光は途中で道を外れ、それらの木々に向かっていった。
その中のひときわ大きな木の幹を触り、俺に聞いた。
「ネズミ、ヒツジ…クローンで有名な動物いますけど、植物もクローンがあるって知ってます?」
知らなかった。
俺は「いや…」と言った。
光は木を見ながら話し出した。
「日本で桜といえば、ソメイヨシノだと思うんですけど、あれは実はクローンなんです」
俺は光の話を頷いて聞いていた。
「どうやら元を辿ると1本の木に辿り着くらしいです。その1本を元に各地に埋められた桜」と光は言った。
そして続けて、「よく見ていた桜がクローンなんて私もびっくりしたんですけど…だって、木の大きさも、咲く時期も咲き方も花が落ちるタイミングも同じ遺伝子なのに、違うじゃないですか。不思議じゃないですか?」とまた俺に訪ねた。
俺はソメイヨシノを想像した。
場所によってそれぞれ大きさも異なる。あの桜がクローンであったことに驚いた。
「クローンとは思わなかった。確かに、光が言うように不思議だね」と俺は言っていた。
光は俺の返事を聞いて、そして言った。
「だから…きっと桜に心があれば、同じ遺伝子であっても、それぞれ違う心なんだと思うんです…」
光は俺に向かって、胸に手を当てて、ゆっくりと目を閉じた。
そして息を吐き出した。
「私はクローンかもしれません。でも人間と同じで意思があります」
光は手を胸から離して、掌を広げてそこを見た。
「私の願いは今も昔も1つです」
そして俺の顔を見た。
光はそのまま目を逸らさずに、真剣にじっと見つめてくる。
「ナリと佳奈、そして海斗さんに生きてほしい。皆に安全な居場所を提供したい。…そしてその為なら、何でもどんなことでもやろうと思って、今、ここにいます」
声はいつもの大きさであるが、はっきりとゆっくりと光の声が聞こえた。
「あれからずっと…私は海斗さんに会いたかった」
光は俯いて、苦しそうな顔をしながら言う。
「今度は私に、海斗さんの、悲しみを分けてくれませんか?」
そして光はそう、俺に告げた。
俺がかつて、光に対して考えたことと、全く同じことを光は言った。
光の目には一切の迷いは感じられなかった。
桜の木の横に立つ光は、名前の通り、真っ暗闇の中、微かに光った、あの飛行機で見た月のようだった。
たった一人、暗闇の中、自分が照らす僅かな光を辿りにまっすぐ進んでいく、そんな姿をみて、俺はなぜ、逃れられない運命に翻弄される俺と同じだと思ったんだろうか。
俺は車の中で言った光の『恒星くんから、言わせると、私と海斗さん、似てるって。』という言葉が浮かぶ。
君は強い。
恒星、何をみて、俺と光のどこが似ているっていうんだ?
誰からも必要とされず、役に立たず、自分の保身ばかり考えて、友人も君も救えなかった俺に、君は何で生きてほしい、なんて言うんだ。
そんな…俺に生きる資格なんてあるんだろうか。
俺は光に少し困った顔した。




