リベンジマッチ
スターが隠蔽魔法を発動させつつ、俺とスターは木陰で隠れながら、そわそわしているシェリルを遠目に見つめている。
これまでの経験上、将軍は1人になったシェリルをまずは狙うはずである。そこを影からスターのサポートを受けたシェリルが撃退するという運びである。当の本人は以前の記憶など引き継いでおらず、スターの脅しに近いような指示によって、ああしてビクビクしながら役割を担っていた。将軍に怯えているよりも、何をすれば良いのか分からないため、いつスターに怒られるかを恐れている様子だ。
何だか可哀そうだが、それよりも…
「…シェリルをもう1体コピーする必要あったか?」
オリジナルのシェリルと、最初にコピー&ペーストしたシェリルの2人は、コボルトと冒険者、帝国が放った刺客の対応に向かっていた。どちらもシェリルが1人いれば対応は十分に可能だそうだ。
残すは将軍なのだが、もう1人シェリルコピーを生み出さずとも、俺とスター、主にスターがいれば対応は可能である。いくらゴーレムとはいえ、シェリルをコピーするのは何だか気が引ける。人が踏み入れてはいけない領域に手と足を突っ込んでいるような気分だ。
「ええ、将軍を倒すのも、刺客を止めるのも、コボルトも、冒険者も、すべてシェリルが対応したことにする必要があるのよ」
「そう言われると、確かにそうだな」
「そうでしょ。今後のことを考えると、ここで目立つわけにはいかないわ」
「…お前を匿うって約束だったしな」
そもそもの任務で来ていたシェリルが成果を出したということにするのが一番丸いのだろう。スターのサポートがあれば、シェリルが将軍に負けることはまずないと思うしな。
「…後は、俺がいることで、古龍が召喚できなきゃ良いんだがな」
「そこは賭けね…」
スターの考察では、俺がいれば古龍の召喚も防げる可能性があるそうだ。くどいが、俺がいると確かにシェリルやスターが洗脳されていないし、俺の方が『コピー&ペースト』のオーソリティは高いから、将軍のユニークタレントの発動を防げる可能性がある。
「…来たわね」
「ん?」
そんな時だ。
スターがこそっと呟く。
そして、俺の目の前に黄色い矢印が姿をパッと出現すると、そのまま森の奥に向かって飛んでいく。
「っ!?」
驚く間もなく、矢印が飛んで行った方向から閃光が放たれる。
「おわっ!?」
「むむむむ!!そこですね!!」
俺が声を上げると同時に、閃光に気付いたシェリルは光源に向かって飛び込んでいく。
すると、すぐにスターの不機嫌そうな声が響く。
「ここを離れないでって伝えていたのに!」
「っ!?」
「追うわよ!早く!」
「お、おう!」
どうやら影に隠れて様子を窺っていた将軍を、スターの魔法が影から炙り出したようだ。やはり、こいつがいると事がスムーズである。だが、シェリルは俺から離れると洗脳されるリスクがあるため、迂闊に動くなとスターから受けていた指示を無視して、森の中へと飛び込んでいった。
シェリルが洗脳されてしまうと作戦がおじゃんになるため、必死に森の中を駆け抜けていく。俺からシェリルが遠ざかると洗脳されてしまうおそれがある。
「がぁ…あの一瞬でどれだけ…進ん…で…んだよ!」
とはいえ、俺がシェリルやスターに追いつくには相応の時間が掛かる。全力で走っているのだが、いまだに追いつかない。ステータス差を明確に突き付けられて辟易としていると、やがて、森の奥の方から物騒な物音が響き始める。どうやら、シェリルと将軍が戦闘状態に入ったようだ。
「…がぁっ!間に合うか!?」
俺はさらに足を速めて、そのまま進んでいくと、木陰にスターがいることに気付く。
「ど、どんな感じだ?」
俺は息を切らしながら、すぐにスターのところへ歩み寄ると
「優勢ね。まだ洗脳されてはいないわ」
スターはシェリルの戦いから目を逸らさずに、俺へそう告げる。
「そ、そうか…ふぅ」
俺は一安心と一呼吸すると、スターの視線を追うように、森の奥を見つめる。
そこには確かにシェリルの姿と、いつもの黒いローブの女性の姿があった。
「…っ!」
黒いローブの女性が宙へ舞い上がる。
すると、すかさずシェリルが地面を蹴り上げて、その後を追う。
「させません!」
「…」
黒いローブの女性が精霊を纏おうとすると、その隙を与えないようにシェリルがすぐに間合いを詰める。そして、攻防が始まるのだが、シェリルの攻撃頻度が高く、黒いローブの女性は防戦一方であった。
「攻めてるな」
「ええ、近接戦なら、さらにシェリルが有利ね」
シェリルの猛攻を防ぐので必死な様子の黒いローブの女性だが、その戦闘力が俺の記憶よりも下がっている気がした。
「…将軍の動きが鈍い?」
前回の記憶では、もう少し将軍の動きは速かったはずだ。
それが、今では鈍く感じる。
「よく気付いたわね。あなたがここに来る前に、シェリルから一発貰っているのよ」
どうやら俺の感覚は合っていたようだ。
「それでか」
「ええ、目の前にシェリルがいるのにも関わらず、どこか不意をつかれたような感じでシェリルの攻撃がクリーンヒットしていたわ。かなりダメージがあるはずよ」
スターの魔法に驚いたのか、俺がいるから洗脳できずに驚いたのか、真相はさておき、かなり有利にシェリルのリベンジマッチはゴングを鳴らしていたようだ。
戦っているのは、オリジナルじゃなくてコピーだけれども。




