シェリル vs 将軍
切り立った崖の底から、矢印のようなものが空へと昇っていくと、続けてシェリルが拳を突き出しながら飛び出してくる。そして、すぐに黒いローブの人物に狙いを定めると、空中で一時停止し、今度は足を突き出して突っ込んでくる。
「…」
黒いローブの人物がスッと飛び上がると、少し遅れて、シェリルがそこへ突っ込んでくる。その勢いで地面は爆ぜ、土煙がパラパラと舞い上がる。
「…っ」
俺は目や口を覆って土煙を防ぐ。
顔の前で手を振り払いながら、目を少し開けると
「ゴーレムが魔法を使えるようにまでなるとはな…」
「私の魔法じゃありません!」
黒い人物とシェリルが交戦している姿が映る。
声の感じから、黒いローブの人物は女性のようだ。スターの言っていた将軍で間違いないのだろうが、帝国の女将軍と言えば、ファランかペドリアクスのどちらかだろう。
「ほう…私を捉えるほどのトレース魔法とは…なかなかだが、術者は誰だ?」
「ス「おい!シェリル!馬鹿!」
相手の言葉へ素直に答えるシェリル
あまりの迂闊さに、俺は思わず叫んで止める。
「わわわ!!」
俺の声に慌てて両手で口を塞ぐシェリル
いや、待て、お前、戦闘中だろ!?
「隙あり」
俺がシェリルへ「馬鹿!」と叫ぶ前に、そんなシェリルの腹部を、光り輝く拳で穿つのは黒いローブの人物だ。
まるで銅鑼を鳴らしたような音が響くと、シェリルが地面へ突っ込んでくる。
「おわ!」
俺の近くで地面に衝突したシェリル
再び地面が爆ぜて土煙が巻き起こる。
「大丈夫か!?」
俺が慌てて駆け寄ると、土煙の中からシェリルの声が響く。
「いたいですぅ!」
そう言って土煙から飛び出してきたシェリル
あれほどの攻撃を受けてもなお、服が汚れたぐらいで済んでいるようだ。
「骨が折れそうだ…」
黒いローブの女性は、そう言いながら、地面へ降り立つ。
俺だったら肉片が散乱していそうな勢いの攻撃を受けてもなお、シェリルがケロッとしているからだろうか、少し面倒くさい印象でシェリルを見つめていた。
「アダマンタイト製のスーパーボディなのですぅ!」
シェリルが自分の正体を迂闊に話す。
いや、ま、シェリルのことは調べていそうな相手だが…
「…ならば闇属性が弱点だな」
ん?あっ!
そういえば、アダマンタイトは闇属性にだけは不利だと聞いたことがある。
アダマンタイトを武具にする時は、闇属性に対する耐性も付与することが多いから、完全耐性とか言われているだけだった気がする。
だけど、スターの話じゃ、こいつは光属性の使い手だったよな。
「ふふふ!弱点と言えばそうですが!私は知っているんですよ!貴方は光属性の術者!アダマンタイト製の私は光属性で動くんですぅ!栄養みたいなものですよ!」
シェリルがドヤ顔で言い放つ。
こいつはどうしてそう迂闊なのだろう。隅々で情報を相手に与えてしまっている。相手のことを知っているということを、相手に伝えてしまっているのだ。
これは戦闘においても不利な情報だ。対策しているなら、対策されていないかもしれないと思わせた方が有利なのだから。
そんなシェリルに構わず、黒いローブの女性は魔法の詠唱を始める。
まさかと思った。
俺もスターから、刺客である将軍は、光属性の術者であることは聞いていた。つまり、闇属性の魔法を扱えないはずだ。
しかし…
「ダークネス ゼット」
「ドローイング ダークネス」
すぐに黒い魔力で全身を覆う黒いローブの女性
明らかに闇属性の精霊を纏っている。
「おいおい…光属性の術者だったよな?そう言ってたよな?」
「そ、そのはずですぅ!?」
光属性と闇属性は共に強力な属性だ。
基本5属性と呼ばれる火や風とは異なる属性体系であり、陰陽2属性とも呼ばれている。
この陰陽2属性は、先述の通り、基本5属性よりも効果が強力な反面、他の属性の使用には制約が生じる。
特に、片方の属性が使用できなくなるほどの制約を受けることとなり、具体的には光属性のライセンスやタレントを所持していると、闇属性のライセンスやタレントが得られないか、もしくは効力を失ってしまう特性がある。
つまり、光属性を使えるならば、闇属性を使うことはできないのだ。それは世間一般にも常識であり、俺が知る限りでは、光属性と闇属性の両方を使いこなす術者は、神や魔王以外で聞いたことがない。
人の範疇から出た存在にしか実現できない現象なのだ。
「な、なぁ…お前、闇属性にも対策は施されているんだよな?」
「…対闇属性コーティングは施されていますぅ」
「なら…」
「でもでも!限度がありますぅ!ダークネス系は流石に無理ですぅ!」
「ど、ど、どうすんだよ!?」
「わわわわわ!!!」
碌な対策が浮かばず、シェリルが黒いローブの女性へ突っ込んでいく。
先手必勝!
魔法を使わせる前に倒そうという考えだろう。
「ゼット シャドウプロテクション」
すると、黒いローブの女性が魔法をすかさず放つと、シェリルに似たシルエットの影が浮かび上がり、シェリルの放った拳を拳で受け止める。
シェリルの影のようなものは、攻撃を防ぐとスッと消えていく。
「むむむむ!!」
自分の影によって攻撃が阻まれたシェリルは、怯まずに、次なる一撃を放とうと拳を構える。
そんな時だ。
魔力を練り終わった黒いローブの女性から詠唱が響き始める。
「ゼット ブレスオブデス」
「…」
黒いローブの女性が静かに魔法を詠唱すると、俺の目の前でパタリとシェリルが倒れる。
「あ、あれ?おい!」
「…」
倒れているシェリルに呼びかけるが反応はない。
「…ゴーレムを動かしている生命回路を遮断した。もはや、ただの人形だ」
こいつの言葉通り、シェリルはまるで人形のように倒れていた。
言葉通り死んでいるのかもしれない。
だが…
「ゴーレム相手にそんな真似ができるの…か?」
高度な魔術回路で動作しているシェリルの生命回路だけを遮断するなんて真似、設計図でもなければ難しい。だが、洗脳できてしまうのだから、即死させることもできるのかもしれない。
「…お前との会話は楽しみだが、会話を楽しむのならば、相応の場所というものがあろう」
黒いローブの女性がそう言いながら、俺に歩み寄ってくる。
「っ」
俺はスターと合流することを第一に考えて、その場を離れて逃げようと踵を返す。
「…っ!」
しかし、次の瞬間…
首の後ろに衝撃を感じると、俺の意識は黒い渦の中へと飲み込まれていく…




