弱肉強食
『この姿なら、誰かが拾って面倒見てくれるはずよね』
路地裏には、月夜の明りに照らされている真っ白な毛色の猫がいた。
その艶のある毛並みは、まるで白銀を思わせるほどであり、思わず触れたくなるほどのモフモフである。そんな気品すらも感じる白銀の猫だが、全身は傷だらけであり、4本のかわいらしい足を震わせながら路地裏をヨロヨロと歩いていく。
そして、路地裏を進む白銀の猫は人の気配を感じると、顔を上げ、その翡翠のような瞳に人影が映りこむ…
『…獲物が来たわね』
猫はニヤリと笑うと、表情を一転させ、愛くるしさに満ちた顔を見せる。元から猫は可愛いのだが、この白銀の猫の容姿はそんな猫の中でもさらに愛くるしさに満ちている。
そんな猫が哀愁の漂う表情で、自分の目の前で立ち止まった人間の顔へ向かって、最大の愛嬌を込めて鳴く。
「にゃーん…にゃー…にゃー…」
仕草、容姿、鳴き声、そしてモフモフ
このコンボに堪えられる人間が果たしてこの世にいるのだろうか。
否、そんな人間などいない。
その証拠に、白銀の猫の前に姿を現した人間は、スッとその手を伸ばすと、白銀の猫を拾い上げて、やさしそうに抱きかかえる。
「にゃーん…」
白銀の猫は拾い上げられる途中、「したり」と悪人のような表情を見せるのだが、拾い上げた人間には角度的に見えていないのだろう。
『…うだつのあがらない感じの人ね。でも、流石に猫の1匹は養えるでしょう…ほとぼりが冷めるまでは協力してもらうわよ』
猫は頭の中でそう呟く。
しかし、白銀の猫には誤算があった。
この世に生きる人間のすべてが猫を飼えるほど余裕があるとは限らないのだ。
「…これで3日は食いつなげるな」
「にゃ!?」
====================
====================
この世に、猫相手に正座させられている人間などいるだろうか。
教えてほしい。
どこまで人は堕ちれば、猫を相手に正座するなんて経験をすることになるのだろうか。
そもそも、猫相手に負ける俺って…
言い訳じゃないけど、30階層まで行った経験のあるドラッジよりも、この猫の方がはるかに強かった気はする…
待てよ、下手すれば親父並みか?いや、そんなはずないか。
「聞いているのかしら!?」
「は!はい!!」
俺のボロ屋、俺の愛用している自作のチャブ台の上に陣取っているのは白銀の猫だ。見たこともない品種であり、ボロボロで少し汚れているけれど、かなり高そうな見た目をしている。今思えば、食べるよりも売った方がよかったのかもしれない。首輪もないから野良猫だっただろうし。
「ね!私は猫よ!?」
「そ、そうですね…」
猫って喋るっけ?
なんてことを口にすればさらに炎上しそうだ。長年の業務経験が俺の脳裏で警戒の鈴を鳴らす。
「どこの世に!こんな可愛らしくて愛らしい猫を食べようなんて非道な奴がいるのよ!?」
「…すいません。ここにいます」
「最低!!!」
「…」
「どうして!?こんな可愛い猫ちゃんを食べようなんてことを考えるの!?」
「もう数日も水以外を口にしていないんです…」
「…え?」
「…」
「それで、猫を食べようと?」
「はい…」
俺と猫の間に気まずい沈黙が訪れる。
「ね、あなた…仕事は?」
「クビになりました」
「再就職しないの?」
「できません…」
「…どうして?」
「どこも雇ってくれないんです…」
「どこも雇ってくれないと言えるほど、行動はしたのかしら?」
「もう100以上のギルドに断られています…」
「…そ、そうな…のね」
猫から憐みの視線を感じる。
しゃべるとは言え、猫にそんな視線を向けられる俺は、あの時からやっぱり終わっているのかもしれない。
「わかったわ!この私が協力してあげる!」
「え?」
「何よ!?その顔!?」
「いや…協力って…」
猫の手も借りたい気分だけれど、本当に借りたところでどうにもならない。
「って顔しているわね」
「っ!?」
心が読まれた!?
「良い!?私はこう見えて勇者なの!!」
猫が胸を張りながらドヤ顔で俺へそう告げる。
その自信満々な様子は素晴らしい、俺も真似できるようになりたい。
「…」
「勇者だから!困っている人は見捨てておけないわ!」
「は…はぁ…」
勇者の中に猫って居たっけ?
亜人は何人か聞いたことあるけど。
「さ、まずは…あなたの持っているタレントを教えなさい!あと、ライセンスも!」
「…」
「さ!ほら!」
「…ないです」
「ライセンスはないのね!良いわ!それで、タレントは?」
「いえ、タレントも」
「ん?」
「あの、俺、タレントもないんです」
「…この世に利用価値のないタレントなんかないわよ。ほら、どんなタレントなのか教えなさい」
「だから!俺にはタレントがないの!!」
「そんなわけないでしょ!?タレントがない人間なんて聞いたことないわよ!」
「お前が聞いたことあろうがなかろうが!俺はそうなの!」
「ふーん!良いわ!それなら勝手に調べてやるもの!」
「し、調べる!?…はん!やってみろ!!」
まさか、いくらなんでも猫に鑑定系のスキルが使えるわけがない。
「ふふ、許可したわね!」
「ん?」
猫がニヤリと憎たらしい笑みを浮かべる。
すると…
「おわ!?」
猫の目の前には、青く透明なパネルが浮かび上がる。
これは間違いなく鑑定系のスキルを猫が発動させている証拠だろう。
「…お、お前、絶対に猫じゃないだろう」
「猫よ…どう見ても猫でしょ?」
「喋る猫なんて聞いたことないし、自分で勇者だって言ってたしな」
「…私が勇者だってこと、他の誰かに話したら、殺すわよ」
「はい」
猫の翡翠色の目がキラリと煌めく。
俺は思わず即答してしまった。本当に殺されかねない。
「さてさて…あなたのタレントは…」