陰の刺客
「これで一件落着か?」
俺はロープでグルグル巻きにされている冒険者3名と、大人しくしているコボルトを見渡しながら、ニコニコしているシェリルへ問いかける。
「はい!これで終わりですぅ!ご協力!ありがとうございました!」
「こちらこそ、助かったよ。何が何だか分からないまま終わったけれど…」
一仕事を終えた感じでシェリルが俺にお礼を告げる。
ま、俺らだけじゃ対応しきれなかった事件だったようなので、シェリルが解決してくれたのはありがたいところだ。
「俺は仲間を待たせたままだし、この先の村に…ん?」
俺は今後の話をしようとシェリルへ話し始めると、急にシェリルの顔が強張り始める。
「どうした?」
「毒…です!」
「毒!?」
シェリルの言葉に気付いた俺は、周囲を見渡す。
すると、周囲の木々が赤く変色を始め、コボルト達の中には倒れ始めるものもいた。
「な、なんだ!?」
「がぁぁぁぁああ!!」
「ぐぅ…ぐるしぃいぃ!!」
「がああっ!!た、だず…だずげ…でぇ!!」
捕えていた冒険者達の肌も真っ赤に変色を始め、その皮膚がドロドロに溶け始めていた。
「お、おい!大丈夫か!?」
俺が慌てて冒険者達へ駆け寄ろうとすると、そんな俺の腕をシェリルが掴む。
「触ってはダメですぅ!」
「っ!?」
シェリルに言われて、俺は自分が毒に侵されるのではないかと察した。
いや、だが、妙だ。
どうして俺は無症状なんだ?
「…俺とお前だけ何ともないのは…いや、お前はゴーレムか」
俺は自分の体にまったく症状が出ていないことに驚きを隠せないでいた。
すでに、周囲の木々はドロドロに溶け始めており、コボルトや冒険者達は原型を失い始めている。
「クラッドさん、そのバンダナ、絶対に外さないでください!」
「あ?バンダナ…?」
「はい、そのバンダナにはこの毒の耐性があります」
「…だから、スターは俺に、このバンダナを渡したのか。いや、待て!それなら、あいつはこうなるって知ってたってことか!?」
「いいえ、こうならないように、プラ…スター様は行動していたはずなのですぅ」
「どういうことだ!?」
事情を知っているようなシェリルへ俺が問いただそうとすると、彼女はそんな俺に視線を合わせず、周囲を見渡すと、急に走り出す。
「お、おい!」
「こっちですぅ!」
「こ、こっち!?」
俺はシェリルの姿を見失わないように、ドロドロになっている森の中を走り始める。
====================
====================
「くそ!ちくしょう!!くそ!!!!俺は!!!お前に…何も返せてねぇんだぞ!!」
俺は地面を何度も殴りつける。
そんな俺の前には、ドロドロになっている人のような姿をしたスライムがあった。残っている衣服はまさしくゼルが着用していたものである。そして、その傍らには、ゼルが愛用していた斧が転がっていた。
「…おかしいですぅ」
そんなゼルの亡骸を前に、眉間にシワを寄せているのはシェリルだ。
「何がおかしい!?何だよ!!何が起きているんだよ!?」
「…」
俺はシェリルが何かを知っているのだと察すると、彼女へ詰め寄る。
その修道服の胸ぐらを掴んで何度も揺さぶる。
「おい!何が起きているのか!!話してくれ!!誰がゼルを…こいつを!!こんな目に!!」
「…」
「シェリル!?」
「…」
「答えろ!?」
「私にもわかりません」
シェリルは俺の目をまっすぐに見つめながら言う。
こいつ自身も動揺しているような、そんな様子だが、少なくともわからないってことは事実だろう。
「…お前にも予想外の事態ってことだな」
「はい」
俺はシェリルの胸ぐらから手を放す。
「…まず、お前とスターは何をしようとしてたんだ?」
「私があの冒険者たちを捕える間、スター様は…」
「スターは?」
「この人が毒を撒こうとするのを止める手筈でした」
「はぁ!?どういうことだ!?」
まるでゼルが毒を撒こうとしていたかのように聞こえるシェリルの言動に、俺は自然と声を荒げてしまう。
「クラッドさん、落ち着いて聞いてください」
「…落ち着いて…いられるか…くそ!」
事態が事態だが、冷静さを失ってはならない。
こういう時こそ、頭を回せ、働かせろ、感情に振り回されるな。
「ふぅ…」
俺は深呼吸する。
まず、俺はシェリルにやらなければならないことがある。
「…すまん」
俺は声を荒げてしまったことと、彼女の胸ぐらを掴んでしまったことを謝る。
「いえ…お気持ちはお察ししますぅ」
シェリルはそんな俺の謝罪を微笑みながら受け止める。
「続きを聞かせてくれ…頼む」
「はい…ゼルさんは…帝国から雇われた暗殺者なのですぅ」
「暗殺者?」
「先ほどの冒険者たちは、帝国からとある依頼を受けていた者達です。彼らを抹消するのが、ゼルさんのお仕事でした」
「帝国が表沙汰にはできないような依頼をあいつらにしていたってことだな?」
「その通りですぅ」
「…なるほどな。ゼルは証拠隠滅のために、帝国に雇われたってことか」
「はい…」
シェリルはしゃがみ込むと、近くに落ちていた袋を手に取る。
「それは?」
「毒袋です…これは使われていません」
「…ってことは、ゼル以外に、同じような毒を散布した奴がいるってことだな」
「ゼルさんが持っていた毒袋が複数あって、そのうちの一つを奪って撒いた可能性もありますぅ」
「誰かがゼルから奪ったってことか?」
「…」
「誰が?」
「…クラッドさん、とにかく、今はスター様を探しましょう」
「あ、ああ…そうだな!」