裏取引
「失態だな…ゼル」
「…」
「弁明はあるか?」
「ねぇよ」
「最後のチャンスだ。ベグマに奴らが辿り着く前に、毒を用いて処理をせよ」
「それはできねぇ」
「どうした?」
「…いつの間にか、俺の懐からバンダナが盗まれてんだ」
「どうでも良い。死にたくなければ他の手を考えろ。それか、毒でターゲット共に死ぬことをお勧めする。任務失敗した後のことを考えれば、まだマシだろう」
「話はここからだ。俺からバンダナを盗んだのは…例のターゲットだ」
「どういうことだ?」
「俺が気付かねぇウチに、盗られてんだぁ…何かのスキルかもしれねぇ」
「何だと!?」
「…予想以上の反応だな…大佐」
「…勘ぐるな。それで、例のターゲットに変化は?」
「ねぇよ、俺から盗んだバンダナを口に巻いて、いつも通りの調子だ」
「ふむ…誘いか罠か、いずれにせよ、ゼル、撤退や失敗は認めん。例のターゲットは必ず回収しろ!」
「…おいおい!すげぇ勢いだな…まるでよ、あいつの回収が最優先みてぇに聞こえるぜ?」
「…」
「…おい、だんまりか?」
「任務の優先順位は変わった。例のターゲットの回収を最優先とし、関係者の処分は優先順位第2位だ」
「関係者の処分よりも、あいつの回収を優先にしやがる?その理由は何だ?」
「貴様に権利はないと言った。知る権利が自分にあると思いあがるな」
「…あいつの力は未知数だ。任務の成否に関わる。情報を渋らねぇでくれ」
「甘えるな。貴様は「そこまでね」
女性の声が響くと同時に、ゼルの手から通信していた水晶が弾け飛ぶ。
そして、彼は振り返ることもせず、ただまっすぐと森を見つめながら、両手を上にあげる。まるで降参を示すポーズのようだ。
すると、木陰からピョンっと白銀の猫が姿を見せる。
「誰と話していたのか、教えなさい」
「…おいおい、まさか、この声はよ…そこの猫ちゃんか?」
ゼルがそう呟くと、彼の後ろで白銀の猫がコクリと頷く。
白銀の猫は黒い靄を身に纏っており、その靄の一部が鎌のような輪郭を描いていた。その鎌の先端は、ゼルの首にかけられている。
「そうよ、気高く美しい猫よ」
「かっかっか!!こりゃ一本取られたぜぇ…そりゃ警戒してても、引っかからねぇよな…あー!くそ!!奇妙な色々は猫ちゃんの仕業だな?」
「さぁ、どうかしら」
「かっかっか!俺もあいつが喋る猫を飼っていると知っていりゃ、もう少し警戒したのによぉ…あー…何だ。色々と合点がいった」
「…さっきまで話していた相手は誰かしら?」
「あん?大佐だぜ?」
「国と所属を言いなさい。大佐なんて肩書を持つ人間、そこそこいるわよ」
「かっかっか!」
「…話さないと殺すわよ」
「話さないと…ね…かっかっか!!」
スターは黒い靄の鎌をクイっとゼルの首筋に当てる。
「質問に答えなさい。次は警告なしで殺すわよ」
「言おうが言うまいが、お前さん、俺を殺すつもりだろ?」
「…あなたの態度次第ね」
「かっかっか!!」
「…そうね。それなら、まずは、他の質問にも答えて貰おうかしら」
「あん?」
「どうして、こんなことを?」
「こんなこと?」
「…クラッドの友達だったんでしょ?」
「友達?俺が?あいつと?かっかっか!!おもしれぇ冗談だな!」
ゼルは両手を挙げながら、腹を捻じらせて笑い始める。
「本気で言っているの?」
「あん?そりゃこっちのセリフだぜ!?あの才能なしと何で友達にならなきゃいけねぇんだ?」
「…手、震えているわよ」
「…風がつぇからな」
「そう…」
「なぁ、俺からも聞いていいか?」
「質問は許さないわ」
「おっと…そうだな…そしたら、交換条件だ」
「何?」
「俺の質問に答えてくれたらよぉ…クラッドのことを教えてやるぜ」
「…」
「かっかっか!興味津々って感じだな!」
「…どうでもいいわ」
「嘘つけ、興味はあんだろ?だからよ、俺にさっきみたいなどうでも良い質問をしたんじゃねぇのかよ?」
「ただの興味本位よ」
「へぇ…」
「…ちなみに、あなたの質問は何かしら?」
「ん?ああ、お前さんがよ、何で不利になるような行動をしたのかってな、気になったんだぜ」
「不利?」
「おう…お前さん、俺が大佐にクラッドのことを話終えてから、こうして姿を見せただろ」
「…言葉の意味が分からないわ」
「かっかっか!姿を隠すためか何かは知らねぇけどよ、ひっそりとしたいから猫になんか化けてんだろ?なのによ、こうして目立つような真似を敢えてしてんのは…」
ゼルはニヤリと笑うと続ける。
「クラッドの正体が気になるからじゃねぇのか?」
「繰り返すけど、話が飛躍しすぎていて、何を言っているのかわからないわ」
「かっかっか!!大佐もお前さんも、やろうとしていることは一緒ってか!」
「やろうとしていること?何かしら?」
「…しらばっくれるな!お前さん、俺がクラッドのことをよ、大佐へ伝えるのを待ってから、登場したろ?」
「変な言いがかりね」
「お前さん、とっくに俺の話し相手が誰か知ってんだろ。で、そいつを陰から引っ張り出したい。それでクラッドを餌にした。そういうこったろ?」
「…」
「で、どうなんだ?」
「…良いわ。あなたが話すなら、私もある程度は話してあげる」
「んじゃ、交渉成立だなぁ」
「話はまだ終わってないわ。もし、あなたが有力な情報を話してくれたら、殺さずに飼ってあげるわ」
「猫に飼われる日が来るとはなぁ…衣食住はいらねぇが…大佐から守ってはくれんだろうな?」
「ええ、情報が有力ならね」
「へぇ、気前がいいんだなぁ」
「いいえ、無駄な駆け引きは嫌いなの、それを私から引き出すのが最初から狙いだったでしょ」
「かっかっか!お前さんが、俺の話にしらばっくれる理由も、俺を最初から飼うつもりだったからだろ?」
「…それよりも、クラッドの正体は?」
「おう…あいつはアルメリア家の長男で、次期当主だったんだぜ」
「…」
「な、驚くだろ?で、タレントがないことが判明して、勘当されて、ああして落ちぶれてやがる」
「…それだけ?」
「あ、ああ…それだけだ。お、驚く話だろ?」
ゼルは思ったよりもリアクションに乏しいスターの反応に怪訝な顔を示す。
「ねぇ…公にはなっていないけれど、アルメリア家の長男…クラッド・シス・アルメリアはすでに死んでいるわよ」
「何を言ってやがる?ああして、生きてんだろ!」
「それも、6歳の時に殺されているわ…」
「あん?馬鹿を言え!8歳の精霊の儀をよ、あいつは受けて、それで才能なしってことになって、それで家を勘当されてんだぞ」
「…いいえ、間違いないわ」
「何を根拠に言ってやがる!?」
「私の目の前で…彼は殺されたもの」