まるでナイトメア
村の中、薪を保管してある小屋の中、俺の目の前には横たわるシェリルがいた。まだ気を失っているのか、スヤスヤと寝息を立てていた。
「本当にこれで大丈夫か?」
俺はそんな彼女をロープで縛り終えると、こんなもので大丈夫かという不安が脳裏に過る。
しかし、スターはしっかりと頷いて応える。
「ええ…不可視化の魔法もかけてあるから、他人にはただ縛られているだけに見えるわ」
「…なるほどな。見えないけど、さっきの矢印があるわけだな」
「ええ」
「だけどさ、さっき、お前の意志とは無関係にこいつが解放されたよな?」
俺がそう尋ねると、スターは再び怪訝な顔を見せる。こいつでも不可解なことはやっぱりあるのだろう。
「…そのことも調べないとダメね」
「ま、敵意を見せたら気絶するってのも有効なんだろ?」
「ええ、解除されたら、さらにビリリっとなるように2重に仕掛けてあるわ」
「そ、そうか、それなら安心だな」
「ええ…それよりも見て、話が終わったみたいね」
「お」
俺とスターが話をしていると、小屋の窓から、村長の家からゼル達が出てくる姿が覗けた。
そして、ライトとチェルシーはゼルと別れてどこかへ行くようだ。ゼルだけがこちらへ向かって歩いてくる。
「おう」
「ああ、話は終わったか?」
「ああ、そっちはどうだ?」
「まだ起きない」
「そうか…しっかし…こんな小娘をめちゃくちゃ警戒してんなぁ…お前」
ゼルはグルグル巻きにされているシェリルを見て、どこか呆れた様子で俺の顔を見る。
「あ、ああ…謎に重いヤツだったしな。正体不明だし、こうしておいた方が安心だろ」
「そりゃ、用心するに越したことはねぇな」
「だろ?」
「んじゃ、ま、ガキどもの面倒は俺が見てくるよ」
「お、そこまでやってもらって悪いな」
ゼルはゼルなりに、ライトとチェルシーに経験を積ませたいようだ。
当初は、コボルト相手に一緒に戦ってもらって、戦闘でのライセンスポイントを得る予定だったが、かなり狂ってしまった。しかし、こういう経験も、2人の今後の糧にはなるだろう。
「ま、雇われの身だ。これぐらいはサービスだぜ」
「ありがとう。恩に着る」
「で、村の状況、どこから聞きたい?」
「あ、いや、そうだな、ここから見た限り、村の状況はだいたい理解した」
「そうか」
ゼルはどこか疑う目つきで俺を見る。
少し納得してもらわないとダメかもしれない。
「畑だけだな、襲われているの」
「おう…口だけじゃねぇな。その通りだ。コボルト連中、かなり賢いぜ」
「統率がなされてるってことか」
「ああ…変異種の可能性もありやがる…できれば、ベグマに戻って、報告してぇところだ」
ゼルはかなり神妙な顔を見せる。
俺達や村の安否を気遣っているのだろう。
実は、そのコボルトが人造魔物で、さらにデルタギルドによって製造されていて、さらに帝国からの依頼でとかなり裏でごちゃごちゃしているのだが、コボルト自体はスターが躾てるから、当初の依頼はクリアになっている。
そんな話をしても信じては貰えないだろう。
何だか俺がゼルを騙しているみたいで気が引けるが、こんなことにゼル達を巻き込まないためにも、話さないのが得策だろうか。
「…ベグマに戻って、応援を呼んできてもらえないか?」
「ん?…お前らを放ってはいけないぜ」
「いや、ま、そうだな…ライトとチェルシーも連れていってくれ」
「お前は?」
「俺は、ここに残るよ…それなら、村人達も見捨てられたとは思わないし、悪い選択じゃないと思うが、どうだろう?」
「そりゃ…ま、そうだな…」
ゼルは眉間にシワを寄せて、かなり考え込む。
スターが動きやすくもなるし、言い方は悪いが、ゼル達はベグマに戻っていてくれた方が助かる。
「…わかった。それが一番、いいな」
ゼルは少しすると、俺の提案を吞んでくれたようだ。
「ああ、ありがとう」
「じゃ、そうだな…明日の朝にはベグマへ立つ。今晩中に、パソメからは俺が事情を説明しておくぜ。で、応援はわからねぇが、俺らは明日の夜までに戻れると思う」
「いや、ライトとチェルシーはベグマに残してきてほしい」
「そりゃ、そうだな…何だか嫌な予感もすっから、その方がいいな」
「ああ、2人の説得も頼めるか?」
「おう…話しといてやるぜ」
「ありがとう」
「それじゃ、俺は行くぜ。お前も適度に休めよ」
「おう」
俺がゼルとの会話を終えると、ふと異変に気付く。
「あれ?スター?」
気づけば、どこにもスターの姿がなかった。
「おいおい…また勝手な行動かよ。ま、あいつのことだから大丈夫だろ」
俺は部屋の中を見渡すが、どこにもスターの姿が見えない。
小屋の外を探そうとも思ったが、やはり、シェリルから目を離すのは危険な気がしていた。
「さーてと、体だけでも休めるか」
俺は藁に上に寝転がる。
そのまま寝ないように意識しながら休んでいると
「…ん?」
しばらくすると、変な臭いに気付く。
「くさっ!」
まるでドブが焦げたような臭いだ。
思わず鼻で指をつまみ、あまりの激臭に異変を察知して、何かあったのかと小屋の外へと飛び出す。
「うげぇ!外の方がくせぇ!」
逃げるようにも飛び出してはみたものの、より強烈な臭いが鼻腔を殴りつけてくる。
「クラッド!?」
「…ゼル!?」
すぐに、口元をバンダナで覆ったゼルが駆けつけてくる。
そして、その片手にはもう1つのバンダナが握られていた。
「…これは?」
「いいから!まずはこれを着けろ!」
そう言って、ゼルは俺にバンダナを渡してくる。
ないよりはマシかと思って、俺はそのバンダナをゼルと同じように口元へ巻く。
「…何だ?この臭い?」
「毒だ!?」
「毒!?」
「ああ…見ろ…」
ゼルはそう言って、周囲の木々を指で指し示す。
まったく気づかなかったが、木々が真っ赤に変色していて、ドロドロに溶けていた。
「うそ…だろ…」