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襲撃 パターンB


「…ん?」



 俺はスターと話していると、急に変な臭いを感じ始める。ドブを焦がしたような異臭だ。



「う…くさ…」



 俺は鼻を腕で隠すように覆うと、スターの方を見る。こいつも臭いを感じているんじゃないかと考えたからだ。案の定、スターも鼻を前足で覆っていた。




「何だ…この臭い」

「…」

「スター、お前、心当たりないか?」



 俺がそう問いかけるが、スターは悲しそうな表情をして俺を見つめていた。



「スター?」

「…ごめん」


「急にどうした?」

「…」



 俺は変なことを言うスターへ怪訝な顔を見せていると、廊下を踏み鳴らす音が聞こえる。


 そして、すぐに部屋の扉が強く開く。




「クラッド!!無事か!?」



 姿を見せたのはゼルだ。

 鼻と口を覆うようにバンダナを巻いていた。



「ああ…すげぇ臭いだけどな、無事を心配されるほどじゃないぞ」

「これを付けろ」


「ん?」



 そう言ってゼルは俺へバンダナを渡す。

 異臭が異臭なので、俺は言われた通りにバンダナを巻くのだが…



「ないよりはマシ程度だが、毒に耐性がある」

「毒!?」


「ああ、コボルト連中、村に毒ガスをまき散らしやがった」

「なっ!?」



 俺はすぐに隣にいるライトとチェルシーの部屋まで走り出す。

 しかし、その部屋の扉を開ける寸前で、俺の肩をゼルが強引に掴んで止める。



「っ!?」

「クラッド…やめておけ」



 ゼルの言葉はすべてを物語っていた。



「俺らはまだ全身に毒が回りきっていねぇが…老人や子供はダメだ…外はすげぇ有様だぜ」

「…嘘だろ」



 俺は何かの冗談かと思っていたが、そんな俺を真剣な顔でゼルは見つめる。これはドッキリとかそういう類のものではなさそうだ。




「くそ…くそ!!」

「落ち着け」

「落ち着いていられるか!!くそ!!」


「クラッド!!」

「…」



「俺らはすぐに撤退だ。何とかベグマまで耐えられれば、助けてもらえるし、応援も呼べる。それが仇を討つことに繋がる。やることはそれだ。いいな?」

「…ああ」



 俺はゼルの言葉に頷く。こういう時、冷静さが大切だ。冷酷だと思われるかもしれないが、これ以上の被害の拡大を防ぐためには、ひとまず撤退するのがベストである。


 ライトやチェルシー、村の人達も、もはや助けられる状況ではないのだ…



 ライトとチェルシーは、俺が冒険者を勧めなければ、こんなことにならなかった…


 今、そんなことを考えてもどうしようもないけど、それでも、必ず仇は討つからな。




「ちょっと待っててくれ」

「ん?…おいっ!?」



 逃げる前に、スターと合流しようと部屋に戻ると、そこにはすでにスターの姿はなくなっていた。



「おい!何してんだ!?」

「いや!猫が!」


「猫!?連れていたやつか!?」

「ああ、さっきまでここにいたんだ!」


「…探している余裕はねぇぞ」

「…」



 ゼルに言われて俺は黙って部屋を後にする。

 毒が蔓延している中でも、スターなら何とか生き延びそうである。そんな変な信頼はあった。







================

================








 俺とゼルが建物から出ると、村の外はまさしく地獄絵図であった。


 草木は赤く変色してドロドロになっており、村のところどころにも人の形をしたドロドロの物体が点在していた。おそらく、毒で免疫機能がやられてしまい、瞬時に腐り溶けているのだろう。



 ドブが焦げたような異臭は、もしかすると毒だけの臭いではないのかもしれない。




「…ひでぇ」


 俺はライトとチェルシーがどんな末路だったのか想像すると、怒りがこみ上げてくる。これをやったコボルト達だけじゃなくて、無力な自分にも腹が立つ。




「行くぞ」

「ああ…」



 そんな俺の肩をゼルが叩く。

 今やるべきことは生き延びることだ。そして、変異種のコボルト達がこれ以上の被害を出さないように、ベグマギルドへしっかりと報告するのが目的だ。


 悔やむのは後でもできる。



 俺とゼルは村を抜け、山に入る。

 毒が撒かれているのは村周辺だけであり、山は緑がしっかりと生い茂っていた。




 しかし…




「…囲まれた」



 ゼルがピタリとその足を止める。

 そして、顔を少し上げて、周囲の木々の上を見渡す。俺もつられて見渡すと、どうやらコボルト達に囲まれてしまったようだ。俺達は毒じゃなくて直に始末したいらしい。




「…やるしかない。感じだな」

「ああ…だけどよ、ここは俺に任せて、お前は逃げろ」


「え?」

「この数、俺にとっちゃ朝飯前だぜ」



 ゼルはそう言ってニカっと笑うが、周囲を完全に包囲されており、コボルトの数は尋常ではない。さらに、変異種であるというおまけ付だ。




「待て待て、俺だってコボルト相手なら戦えるぞ」

「いや、そういうことじゃねぇ…俺はもう間に合わない」



 そう言って、ゼルは俺に腕の肘を見せる。微かに赤く変色していた。



「…これは」

「このバンダナのおかげで毒の進行はかなり抑えられているが、ま、俺はベグマまでもたないだろうな」



 ゼルはそう言って笑う。



「だからよ、後はお前に託すぜ。仇、しっかりと討ってくれよ」



 ゼルはそう言うと、ベグマへの方向へ斧を振り下ろす。放たれた衝撃波が地面を伝っていき、コボルト達のところで地面が爆ぜた。


 その影響で、包囲網に大きな穴が生じている。




「待ってくれ!待てよ!待てって…」

「急げ!クラッド!!」


「俺は…ゼル!!俺は…お前に…何も」

「クラッド…行け!!」


「俺はお前に何も返せてねぇ!!何も!!何もだ!!」


「クラッド!頼む!行ってくれ!」

「お前を見捨てていけねぇよ!!無理だ!!俺は…俺には無理だ!無理だよ…」




 俺はこいつと対等でいたい。

 なのに、俺は、こいつに何もできていない。

 恩を受けてばかりだ…




「クラッド…頑張れ」



 ゼルはそう言ってさらにニカっと笑う。

 そして、俺の胸を拳で叩く。それは冒険者の間で信頼の証とされる行いだ。ゼルは俺の胸を拳で叩いたことで、俺に信頼と共に希望を託したのだ。



「ゼル…?」

「俺は口がうまくねぇから、うまく言えねぇけど…すげぇ頑張れる奴!それがお前だろ?」

「…っ」


「頼んだぜ、親友!」



 ゼルはそう言って再び俺の胸を拳で叩く。




「ぐぅ…あぁぁぁあ!!!」



 そして、グイッと、その拳で俺を押し出すゼル

 その勢いで、俺は走り出した。





「がぁぁああああ!!!ちくしょう!!ちくしょう!!!!」




 ゼルを見捨てるみたいで吐き気がこみ上げてくる。

 しかし、そんな気持ちを押し殺して、俺はゼルを置いて走る。あいつから託された信頼に応え、希望を実現するために、俺は走るしかない。あいつと対等でいたい。それには、とにかく走るしかない、そんな気がした。



 俺に向かって無数のコボルトが木々から襲い掛かってくるのだが、そんなコボルト達をゼルが一蹴していく。



「おらぁ!!てめぇらの相手は俺だぜ!!」



「かかってこい!!」



「おらぁ!!おらぁ!!!」


「お…らぁ!おら…ぁ」



「お…ぁ!」



「お…」




 背中から聞こえるゼルの声が、段々と小さくなっていく。

 きっと、それは、俺があいつから遠ざかっているからだろう。



 きっと…




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