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異変

　俺達はミンクフィールドを抜け、山道を進んでいくと、やがて奥に見える景色から長閑な村々が見下ろせるようになる。

「うわー…！」

「す、すごい…わぁ！」

　ライトとチェルシーが感動した様子で高いところから見下ろせる景色に感動していた。そういえば、2人ともベグマから出るのは初めてだと言っていたな。いつも仏頂面のチェルシーですら、微笑みを見せているぐらいだ。この大自然を感じられる景色に感動を覚えてくれたのだろう。正直、冒険者の醍醐味ってこれだよな。

「さ、いくぞ、ここからは山を下りることになるから、足元に気を付けろ」

「はい！」

「あ、はい！」

　俺がライトとチェルシーの肩を軽く叩く。

　すでにベグマの区域を抜けているため、この辺りは魔物が出没する。

　とはいえ、ゴブリンやコボルト、ハミングバードやウェアラットなどの種族レベル1から2ぐらいの魔物しか出てこないため、襲われてもゼルが簡単に薙ぎ払ってくれるだろう。

　それでも、油断していい理由にはならない。

　こんなところで足止めしているのはリスクしかないのだ。

「待って」

　これから進もうと言う時に、俺の耳元で囁くのはスターだ。しかも、かなり焦った様子の声である。

「どうした？」

　俺がスターに小声で聞き返すのだが…

「クラッド、お前も気付いたか？」

「ん？」

　そんな俺へ、スターの代わりに、ゼルが語り掛けてくる。

　気付いたとは？

　そう怪訝な顔をする俺だが、ふと、遠くの木の上に、無数の影があることに気付く。

「…コボルト？」

「ああ、それも変異種だ…色が白い」

「マジだ…これは…この数は伝染した感じか」

「おそらくな」

「変異元がやばいヤツじゃないといいが」

「ああ…一筋縄じゃいかねぇ予感がするぜ」

　コボルトの色はグレーだ。

　魔物の色は基本的に決まっており、変異種でもなければ違う色になることがない。

「…こいつらはどうだ？」

「かなり統率がとれているな。大元のコボルトの力か、こいつらが賢いか」

　俺とゼルが話していると、目の前からコボルト達がパッと消え去る。

　同時に、俺の肩からスターがぴょんっと飛び降りると、そのコボルト達を追うようにして、1人で森を駆けていく。

「おい！スター！」

「にゃー！！」

　俺はスターの背後を追いかけようと走るのだが、そんな俺の肩をゼルが掴む。

「おい！一人で行動するな！」

「いや！！だが！！」

「猫を見捨てろとはいわねぇ！が！今は危険だ！」

　ゼルはかなり真剣な表情で叫ぶ。

　俺はどう切り返そうか考えていると、そんなゼルの背後で不安そうに俺を見つめるライトとチェルシーが映る。

「…わかった」

　スターは、ただの猫じゃないから、一人で大丈夫だろう。

　むしろ、変異種のコボルトを前に、俺達がこの状況をどう切り抜けるかを考えないといけないな。

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　村長のパソメから被害状況を聞き終え、今後の方針を話し合い、その話が終わる頃には日が落ち始めていた。

　そのため、ベグマから応援を連れてくるのは、明日にしようという話になる。時間があるわけじゃないが、夜の山越えは自殺行為だ。特にこんな状況ではな。

　俺は空き部屋に泊まらせて貰っており、ベグマの喧騒とはかけ離れた静かな環境に、久々に心を落ち着けていた。そんな時だ。

「ただいま」

「うおっ！」

　気づけば、俺の目の前にスターがちょこんと座っていた。危うく椅子から転げ落ちそうになる。

「…驚かせるなよ」

　俺は驚いて高鳴る心臓を押さえつつ息を吐く。

　すると

「クラッド」

　俺が文句の一つも言ってやろうとすると、スターがかなりあらたまった様子で俺を見つめる。何だか真面目な空気が漂うため、軽口が言える雰囲気ではなくなっていく。

「…どうした？あらたまって」

「結論から言うわ。この件からは手を引いた方が良いわよ」

「なるほどな。どこへ行っていたのかも含めて、説明してくれるんだろうな？」

　俺は突拍子もないことを言い始めるスターに少し戸惑うのだが、こいつが考えなしにこんなことを言うはずがないため、大きな理由があるだろう。

「ね、手を引くというのは、この村に一切関わらないということよ。そこは分かっているかしら？」

「ああ、そういう意味のことを言っているってのはわかってる。だからこそ、こうして理由を尋ねてるだろ」

「…そうね」

　スターは俺の認識を確認するとコクリと頷く。そして、少し考え込むと、しばしの静寂が場を支配する。

　そして…

「まず、この村を襲っているコボルトが変異している原因についてなのだけど」

「ああ」

「人間が率いているからよ」

「ぶほっ！！！」

　急にとんでもないことを言い始めるスター

　俺はのどに唾が詰まり、かなり咳きこんでしまう。

「おまっ！人間！？」

「ええ、それも冒険者よ」

「…何だって冒険者がコボルトを？」

「それは…分からないわ」

「うーん…ちなみに、その冒険者ってどこのギルドだ？」

「イータギルドよ」

「げ…」

　イータギルドはデルタギルドの子ギルドであり、俺が働いていた武具ギルドの親ギルドだ。いろいろな意味で因縁のあるギルドでもある。

「…面識がありそうね」

「ああ、まぁな」

　スターのことだから、嘘や間違いは言っていないのだろう。

　しかし、奴らの動機がまるで分からない。

「手を引いてほしいっていう理由はよく理解した」

「そう、だけど、そう言って素直に引き下がるクラッドではないわよね？」

　村人達だけじゃなくて、ライトやチェルシー、そしてゼルとも約束を交わした。自分の身が可愛くて引ける状況じゃない。この件を無事に解決できたとしても、きな臭すぎるから、間違いなく変なことに足を突っ込むことになる。少なくとも、デルタギルドやイータギルド、前の武具ギルドからは睨まれそうな予感がする。

　その予感は当たっているのだろう。

　だから、スターは俺に手を引けと勧めてきたはずだ。

「…ああ、それでも、約束は破れない」

「だろうと思ったわ…」