解雇、つまり、クビ
「はぁ…」
俺は家に帰るなりため息を吐く。
今日の帰りは、ここ一で遅くなってしまった。
今日というか明日の帰りになっている。深夜0時を過ぎているのだ。
「どっこいしょ」
おっさんのような声をあげながら、ゆっくりと椅子に腰掛ける。
クレーム対応と事後処理とお店の締め作業でこんな時間にまでなってしまった。正直、残業代が出ないため、帰りが遅くなればなるほど損になる。
「…店長なんかやるもんじゃないな」
残業代が出ない理由は、俺がお店の店長だからだ。
もちろん、オーナーではなく、雇われ店長であるのだが、管理なんちゃらは残業代の支給対象外になるため、どれだけ業務外に仕事をしても給与には反映されないのだ。
それでも、冒険都市ベグマで、大手武具ギルドの『へパス』で、店長ともなれば世間的な評価はそこそこだし、見合った給料をもらえていると思われるだろう。
しかし、残念なことに、そんなことはまるでない。
俺のギルド内での扱いは一般従業員未満だ。
実は、俺に部下は1人もいない。
俺のいる店には、店員が俺しかいないため、自ずと店長をやることになっている。
そのため、俺の給料は他の従業員と変わらない。いや、残業代が出ているから、他の一般従業員の方が給与を貰えているかもしれない。さらに、ただの一般従業員の方が責任は少ないから、もっと良い境遇と言えなくもない。
「とはいえ…タレントがない俺じゃ、他の仕事なんて無理だしな」
こんな境遇で不平不満がないわけじゃない。
憧れだった冒険者へ転職するために努力したこともあるけど、タレントのない俺に冒険者は難しいようだ。
それに…
「今、正規メンバーとしてやっているのも、あいつのおかげだ…」
俺は唯一の友人の顔を思い出す。
あいつがいなければ、俺は今ごろ路頭を彷徨っていたかもしれない。
「…明日も頑張ろう」
俺は切り替えて、明日に備えて眠りにつくことにした。
きっぱりと諦めたことを未練がましく考えても仕方ないのだ。
しかし、俺は知ることになる。
超一流の冒険者の中で「俺達の中で、明日が勝手に来るものだと信じている奴はすぐに死ぬ」との格言があり、それが事実であることを…
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「え!?クビですか!?」
俺がお店にたどり着くと、そこには統括マネージャーのトラッジがいた。恰幅がよく、肌艶がよく、俺よりも年上だとは思えない容姿をしている。そんな彼が、開口一番に口にしたのは「お前はクビだ」である。
「そうだ。問題を起こしてくれたな」
「ま、待ってください!いきなり過ぎますし!問題って何ですか!?」
「この槍、わかるか?」
トラッジは懐から小さな箱を取り出すと、ポンっという音と共に、どこからともなく槍が姿を現す。この槍は、ウチの商品であり、装備条件を設けることで基本性能を向上させる魔術が練りこまれている。本来は、それだけしか印象を抱かないのだが…
「この槍…」
俺は、昨日の青年とのやり取りを思い出す。
「そうだ。お前が返品を拒否した槍だ。覚えてるな?」
怪訝そうに槍を見つめる俺に、トラッジは鋭い眼光で俺の顔を見つめる。
まるで返品を受付なかったことが問題と言わんばかりの様子だ。
「はい!こちらに落ち度はありませんでしたから、返品は断りました!」
俺は毅然とした態度を意識しながら、トラッジに言い放つ。
言い方は悪いが、返品を受け付けなかったのはマニュアルにそった対応であり、ヘパスギルドの方針には従っているはずだ。そもそも、あのシチュエーションは、ギルド内研修でも取り沙汰されるような状況であり、典型的でわかりやすいケースでもあった。俺は判断を誤ってなどいないはずだ。
「馬鹿者!相手をしっかりと見極めて対応せんか!」
「え?」
「あのな!あの方は御三家の直系のムスタブニル様のいとこの弟の娘の友達の親の友達の弟だぞ!」
「…ん?それ、ただの他人じゃ…?」
「馬鹿者!お前が返品を断ったことがな!いろんな方々を通じてな!ムスタブニル様の耳にまで入っておるのだ!事態を軽く考えておるぞ!」
「そ、そんなことを言われても…」
「何だ!?言い訳か!?」
「…」
そもそも、あの青年が、そんな偉い人と繋がりがあったなどと想像もできないだろう。
確かに、あいつはどこか世間知らずなところがあったし、どこぞの金持ちか貴族の御曹司かもしれないと警戒して対応すべきだったかもしれないけど、それでも、返品を受付しなかったことには変わらなかった。
しかし、そんなことを口にしても仕方がない。
「それで、ムスタブニル様が何と言ってきているのですか?」
ただ解雇されてなるものか。このままでは路頭に迷う。
ムスタブニルの野郎が何て言ってきているのか、それ次第では、首の皮一枚ぐらいは繋げられるかもしれない。
「当ギルドへの融資を止めると仰せだ!非常にお怒りだぞ!!」
「…ムスタブニル様はウチのパトロンでしたか」
「そうだ!お前は店長のくせに!そんなことも知らないのか!?」
「…俺を解雇して、どうにか事を収めようということですね」
「当たり前だ!!」
「この槍の返品を受けるだけじゃダメそうですか?」
「ああ、すでに返品を受けているからこそ、この槍がここにあるのだ!」
「…そ、そうですよね」
「とにかくだ!ムスタブニル様には、お前をクビにすることで、何とかお怒りを鎮めていただいたのだ!だから、お前をクビにしないわけにはいかん!」
「そ、そんな…」
「ふん!まったく!タレントなしなどを雇うからこうなるのだ…」
「ま、待ってください!」
俺はトラッジにしがみつく、ブラックなギルドだが、こんな俺を雇ってくれるのはここぐらいだ。それに、今更、この歳で、タレントもライセンスも何もない俺を雇ってくれるギルドなど存在しないだろう。
「離せ!」
「クビにされたら死んでしまいます!」
「知るか!!」
もはやなりふりなど構っていられない。
「トラッジ様!!お願いします!どうかクビだけは!!もう10年以上も尽くしてきたじゃないですか!?」
「ふざけろ!尽くしてきただと!?ギルドマスターの意向じゃなければ、お前みたいなやつ、誰が雇うか!!」
「そ、そんな!!それでも!俺!ずっと!全力で頑張ってきましたよ!!売上だって!こんな僻地にしては十分な方だと思いますし!」
「うるさい!離れろ!!」
「お願いします!これからも頑張りますから!どうかクビだけは!!」
「もう決まったことだ!あきらめろ!」
「クビにされたら死んじゃいます!野垂れ死にますよ!!」
「知らん!死ね!」
俺はトラッジに突き飛ばされる。
数メートルは宙を舞ったであろうか。本人は、俺を振りほどこうとしただけなのだが、クラスに就いていない俺のステータスは子供並みであり、大人が軽く小突いただけでもこんな有様である。
「うぐぐ…」
背中を強く打ったため、腹の底から吐き気がこみ上げてきて、上手く立ち上がることができない。そんな完全にグロッキーな俺へ、トラッジは吐き捨てるように言い放つ。
「もうここには顔を見せるなよ!万が一、ムスタブニル様の目にでもそんな光景が映れば、要らん誤解を招くことになりかねんからな!」