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昔話 その3




 流れるように過ぎていく床を見つめながら進む。

 俺のことを見つめる視線を気にしないように進む。


 両手が塞がっていなければ、その両手で耳を押さえていたかった。だから、せめて、耳から入る雑音が心に届かないように、気持ちでシャットアウトする。何も考えず、前に進むことだけを意識すれば、何の問題もない。耐えられる。




「泥棒野郎!」

「とっとと辞めりゃ良いのによぉ〜!」


「ベグマギルドもとっとと逮捕してくれりゃ良いのに!」

「証拠不十分だとよ!」


「証拠もなにも、どう考えてもあいつだろ!?」




 そんな雑音が耳から耳を通り過ぎていく。


 俺はやっていない。

 もう何度も叫んだが、決して誰の耳にも届かなかった。



 支部の売上金が根こそぎ奪われてしまったのだ。

 そして、事もあろうか、窃盗犯としてベグマギルドから窃盗の嫌疑をかけられた。


 俺が犯人じゃないかと言う人間が多いことから嫌疑がかかったわけだが、証拠もなく、特に捕まるような事態になってはいない。


 

 しかし、誰も俺を信用などしない。味方もいない。

 タレントがないだけで、どうして、こう人間として扱ってもらえないのだろうか。




「おっと!すまーん!足が滑った!!」

「っ!!」



 俺は足を引っ掛けられて前のめりに倒れる。手に持っていた籠から武器が流れ出るようにして床に撒かれていく。


 俺はすぐにカゴを立て直すと、その中に、散らばった武器を入れていく。



「たはははははは!!」

「おっと!また!足が滑ったぁ!」



 俺が武器を拾って入れていたカゴが蹴り倒される。




「おい!!いい加減にしろ!!」



 流石にと思った俺は、ちょっかいを出してくるやつに掴みかかる。




「おうおう!泥棒野郎が…随分な態度だなぁ?」

「テメェが絡んできたんだろ!」



 泥棒扱いは100歩譲ろう。嫌われても構わないとコミュニケーションを疎かにしてきたツケもある。


 だが、業務妨害となれば話は別だ。



「あん?なんだ?言いがかりか?」

「言いがかりじゃないだろ!どう見てもお前が足を引っ掛けてきやがった!」

「タレントなしが!調子に乗ってんじゃねぇ!」



 俺は横合いから頭を掴まれ壁に押し付けられる。

 タレントがなくクラスもない俺では、力で抗うことはできない。




「ぐ!」

「おいおい!こいつ!弱っ!」

「ぎゃははははは!!クラスが何もねぇからだろ!」


「お、俺のことを嫌うのは構わない!言いたけりゃ言いたいこと言えば良いさ!だが、仕事の邪魔はしないでくれ!」



「あん?仕事の邪魔?」

「「あははははははは!!!」」



 俺は勢いでそう口にするが、今はそんなことを言えない状況であることを思い出す。周囲から浴びせられる嘲笑は的を得ていないわけではないのだ。



「お前!!仕事っても、まったく売れてねぇじゃねぇか!!」

「仕事!?仕事してない奴が!邪魔をするなって?ぎゃははははは!!」


「…っ」



 泥棒扱いを受けてから、俺の評判は地に堕ち、物がさっぱりと売れなくなった。話を聞いてくれていたギルドからも出入りを断られてしまった。



 あれから、まったく売上に貢献できていないのだ。こうして笑われても言い返すことすらできない状況にいる。



「くそ…」



「おいおい!お前ら!その辺にしとけや!」



 そんな時だ。

 緑のツンツン頭の登場である。




「ゼル、お前、こいつを庇うのか?」


「庇ってるわけじゃねぇ、ただよ、こういうのが気に入らねぇってだけだ」


「あん?」

「それに、ほれ」



 ゼルは廊下の奥へ指を向ける。

 そこには、奥からトラッジが肥えたお腹を揺らしながら歩いてくる姿があった。



「ち…」

「行こうぜ」



 トラッジの姿に気付いた連中は、蜘蛛が退くように散っていく。そして、トラッジは床に商品をぶち撒けている俺を一瞥すると、何も言わずに通り過ぎていく。




「…ほれ、俺も手伝うぜ」


 ゼルはそう言って、散らばった武器をカゴに入れるのを手伝ってくれる。


 だが…





「やめろ」

「あん?」




 俺はそんなゼルを止める。




「俺に構うな。お前まで的にされるぞ」

「的?」


「…俺が泥棒扱いされてるの、お前も知っているだろ?」

「ああ、でも、俺はお前が泥棒なんて真似はしねぇと思ってる。だから、関係ねぇよ」



「ゼル…お前…俺を疑ってないのか?」

「ああ、まったく」



「…」

「どうした?」


「…」

「じっと見つめて…気持ち悪りぃぞ?」




 俺は胸がぎゅっと苦しくなる。

 誰にも信じてもらえないと思った。



「ありがとう」



「感謝されることはねぇよ」

「信じてくれてありがとう」


「信じるも何も、そもそも疑ってねぇよ。ほれ、さっさと売らないと、まだ諦めてないんだろ?」

「ああ…ああ!!そうだな!!」



 俺は武器の入ったカゴを再び両手で持ち上げる。

 前期だけじゃなく、今期も上位に食い込めば、俺は晴れて正規メンバーになれると確約をトラッジから得られた。



「まだ挽回できんんだろ?」

「ああ…」


「どうした?浮かない顔してよ…まさか、お前ともあろう奴が諦めたか?ああん?」



 ゼルはグッと俺の胸に拳をあてる。

 これは冒険者同士の握手のようなものだ。



 つまり



「お前…」



 俺を信頼してくれている証でもあった。



「気合いの入っている奴がいるとな、楽しいからよ!こんな事で挫けんじゃねぇぞ!」



 俺もゼルの胸に拳を当てる。



「ああ!」




 こいつにとっては何気ない事だったのだろう。でも、俺は、この時、こいつに救われた。こいつがいなければ挫けていたかもしれない。誰か1人でも自分を信じてくれる人がいれば頑張れる。







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