畑か命か
俺がライトとチェルシーとの話を終えると、ゼルと村長の会話も佳境に差し掛かる。
「…コボルトの体毛が白くなったのはいつからだ?」
「今年になってからですだ」
「そうか、ある程度、状況は分かったぜ」
ゼルがそう言って頷くと、俺の方を見る。
事前に打ち合わせしていたのだが、視線を合わせた時に、ゼルが頷けば「撤退」、首を左右に振れば「継続」だ。
そして、ゼルは首を縦に振る。
つまり、今の戦力では対処が厳しいとの判断だ。
「…わかった。俺から話そう」
俺はゼルの合図を受けて、村長のパソメを見る。
この話をするのは、ゼルからではなく、大元で依頼を受けている俺から依頼主へ話すべきだろう。
「俺はそこの冒険者の依頼主だ。名前をクラッドと言う」
「は、はぁ…」
俺がそう言うとパソメさんは不思議そうな顔をする。急に何の話だろうといった感じか。
ま、ここからが本題だ。
「ややこしい話だが、俺が依頼を受けて、その依頼達成のために、ゼルを雇った。そんな感じだ」
「こりゃ!ありがとうございますだ!」
パソメは俺の話を理解すると、すぐに俺にも礼を告げる。
さて、本題を切り出す前に、ここで話を整理しよう。
ゼルがパソメから聞いた話では、村人やその私財には一切の被害はなく、影響があるのは畑だけらしい。しかし、去年までは、畑だけでなく、村人や家にも被害が出ることがあり、変化があったのは今年に入ってからだそうだ。
事前に、ゼルと話し合っておいた通り、コボルトは組織的に動いており、ことの解決には人手がいるだろう。ここは一時撤退が望ましいのだが…
どれぐらいの人手がいるか確認するためにも、まだパソメには聞いておきたいことがあった。
「一つ、俺からも聞きたい。この村には若い連中がいないようだが…どうしたんだ?」
「全員、村を離れて、ベグマさへ行ってしまっただ。こんな田舎じゃ、若い連中は持て余してしまうようだぁ」
「ってことは、ベグマに行けば、この村の出身者は何人かいるってことだな」
「ええ、それがどうかしましただか?」
「…正直、相手はただのコボルトではない」
「はい、色が白いですだ」
「不安にさせるわけじゃないけど、畑を襲っているコボルトは変異種だ」
「…変異種?」
「普通のコボルトは群れることはあっても、統率された動き、そうだな、組織的に動くことはない。そこまでの知能はないからだ」
「…南のじいさんも同じことを言ってただ」
どうやら、村人の中にも、コボルトの異変を具体的に感じていたものもいたようだ。
「いくら相手がコボルトでも、組織的に動いている相手に、俺達だけで挑むのは難しい。簡単に言うと人数がいる」
「オラ達も闘いますだ!」
パソメは目をカッと開いて、グッと拳を握りながら言う。
命の危険を伴うことであるため、俺は忖度せずに、ハッキリと告げる。
「…いや、悪いが、足手纏いになる」
「ぐ…」
パソメも、勢いだけで言ったことであると冷静になって気付いたようであり、俺の言葉に反論することなく、そのまま項垂れる。
「…ここで提案なんだが、俺達はベグマへ戻って、この件をギルドへ報告する。それで、応援を連れて戻ってくる」
「見捨てたりはしないんだか!?」
パソメは声を荒げて、涙目で叫ぶ。
俺はすぐに頷きながら応える。
「当然だ…それと、この村の出身者で、協力したいって奴がいれば一緒に連れてくるよ。若い連中なら戦力になるからな」
「お願いしますだ!」
パソメはホッとしたような表情で頷く。
さて、一つ目の課題は理解してもらえたな。
問題はこっちだ。
「ああ…で、もう一つ提案なんだが…」
俺があらたまった口調で言うと、パソメは怪訝な顔を見せた。
「この村の人達も、一旦、ベグマへ退避してほしい」
「そりゃ無理ですだ!!畑の世話があるけ!」
「…畑が全滅した時、コボルト達が何をするかわからない。その方がより安全だ」
「ダメですだ!畑を守る人さ、いなくなっちまったら!それこそ!コボルトを撃退できたところで、ウチらは飢え死にしちまうだよ!」
「畑は…」
畑はまた耕せばいいと、俺は最後まで言うのをやめた。
畑にすること自体にかなりの時間を要する。それに労力もかなり必要になるだろう。若い連中が去った老人だけの村で、そこまでの労力を確保できるかは微妙だ。彼らからすれば、無事に残っている畑を何としても死守しなければ、待ち受けているのは死あるのみとよく理解しているのだろう。
「…わかった。二つ目の提案はなかったことにしてほしい」
「はい、せっかくのご厚意でおっしゃっていただいたに、まっことに申し訳ねぇ」
「いや、気にしないでくれ…だが、もし、コボルトが人を襲い始めたら、その時は逃げてくれ」
「…わかりましただ」
俺とパソメが話し終えた瞬間だ。
村長の家の扉がものすごい勢いで開く。
そして、廊下をドンドンと踏み鳴らしながら、何人かが部屋へと入ってくる。
「っ!?」
「どうしただぁ!?」
「パソメさ!!大変だべ!!!コボルトがまたやってきただ!!」




