歪み
俺達が農村の中へ入ると、ぞろぞろと村の人々が集まってくる。
誰も彼もがご年配の方々であり、どうやら若い人はいない様子だ。
みんなボロボロの恰好をしており、少しやせ細っている人が多い印象である。どうやら食料の被害が如実に表れているようだ。しかし、怪我をしていそうな人はいないようである。つまり、コボルトはしっかりと統率されており、畑しか襲わずに、人間や家に被害を与えていないようだ。
魔物は人間への敵意が強く根付いており、低級な魔物ほど知性は乏しいため、その本能のままに人間を攻撃してしまうものだ。しかし、畑だけにしか被害が出ていないということは、コボルト達は何か考えがあってそうしているということになるだろう。
「…」
俺とゼルは顔を見合わせる。
コボルト達の統率はしっかりととられており、対組織戦が必要になりそうだと、互いに認識を確認する。
「おんや!お待たせしてもうしわけねぇ!!」
そんな中、村の奥から一人の老婆が、先ほどの男性に連れられてやってくる。簡単に衣装を整えたのか、彼女だけは身なりがそれなりに綺麗であった。
「冒険者様!村長さ!連れてきただ!」
「あい!私が村長のパソメと申しますだ!遠路はるばる!ありがてぇこった!!」
パソメと名乗った老婆は深々と頭を下げる。
そんな彼女へゼルは言う。
「…村の状況を確認してぇ、話を聞かせてくれねぇか?」
「はい!もちろんです!ささ!こちらへ!」
立ち話も何なので、俺達は村長のパソメの後をついていき、落ち着いて話ができる場所へ移動する。案内されたのは、村の中央にある高台にある一軒家であり、村で一番立派な建物だ。それでも、貧しい農村なのか、築数十年は経過していそうな、どこか寂れた印象のある建物である。
「ささ、どうぞどうぞ!」
家の中へ通されると、中は意外と綺麗であり、少し古い家の臭いはするのだが、ベグマの貧民街で暮らしている俺達からすれば、むしろ立派に感じるほどである。
短い廊下を進むと、突き当りの部屋へと通される。
部屋はそこそこ広く、中央には椅子とテーブルが置かれていた。
「こちらへどうぞ」
村長のパソメは俺達を上座へと案内する。
言われるがまま俺達が着席すると、すぐにゼルが本題を切り出す。
「時間がねぇかもしれねぇ…すぐに被害状況を教えてくれ」
「あ、はいですだ!…えっと、あ、うーん…何から話せば良いか…」
パソメは急に話を持ち出されたのか少し混乱しているようだ。
俺が「落ち着いてくれ」と言う前に、ゼルが言葉を発する。
「俺がいくつか質問すっから、それに答えてくれ」
「はいですだ」
「…コボルトの襲撃を受けたのはいつぐらいからだ?」
「ずっと昔からですだ」
「昔?」
「はい、収穫の時期さになると、奴ら、こぞって村へ降りてくるだ」
「今までは、どうしてたんだ?」
「そのたんびに、国さへ依頼して、ベグマさの冒険者様を派遣してもらってましただ」
「ってことは、国選依頼で冒険者が請け負っていたってことか…ま、コボルト相手なら国選でも問題ねぇけどな」
ゼルとパソメが話していると、ライトが俺に問いかけてくる。
「…国選って何です?」
俺がライトへ視線を向けると、チェルシーも気になっている様子で俺へ視線を向けていた。
「国選ってのは…そうだな…順序立てて話すぞ」
「はい」
「まず、冒険者への依頼ってのは誰でも、どんな条件でも出せるんだ」
「どんな条件でも?」
「そう、今回みたいに、報酬はお金じゃなくて野菜でも大丈夫ってこと」
「なるほど…」
「だけど、ベグマにある多くの冒険者ギルドは、基本的にお金で報酬のやり取りをしていて、よほどの物品でなければ、今回みたいに野菜が報酬のような依頼は、自分から受けようとはしない」
「それは…そうですよね」
「ああ…そうすると、お金が報酬ではない依頼や、そもそも報酬金額が少ない依頼はずっと残ったままになる」
「…お金がないと、この村みたいな魔物の被害にあっても、どうしようもないんですね」
「いや、そのための国選だ」
「どういうことですか?」
「…そもそも、依頼を出した人が何かしらで困っているから、冒険者へ依頼を出しているわけで、その依頼が残ったままになっている状況ってのは、国にとってよろしくない。それはわかるな?」
「はい!その通りですね!」
「ええ、良く分かります」
「ああ、それに、お金がある人しか冒険者へ依頼ができなくなってしまうことになる。これは冒険者の制度としても問題になってしまうからな。冒険者がただの営利団体ではないってので、奴らは支持を得ているからな。そこで国選という仕組みがあるわけだ。言い方は悪いけど、余りものみたいな依頼を、国やベグマギルドが冒険者やそのギルドを指名して、強制的に受けさせるっていう法律みたいなもんかな」
「なるほど!」
「…でも、冒険者の人からすると、かなり不満にならないですか?」
「ああ、チェルシー、その通りだ。割と国選依頼は…冒険者と国がもめることがある。特に騎士団連中とな」
「騎士団とですか?」
「ああ、本来、そういう仕事ってのは、冒険者じゃなくて騎士団や軍隊がやるべきだってな」
「確かに…」
「だが、騎士団ってのは貴族が多いし、軍隊は役割が違うしで、結局は冒険者がやるしかないって圧力をかけられるわけさ」
「ベグマギルドと王国なら、ベグマギルドの方が権力はありそうですが…」
「いや、ここでいう国は王国だけじゃなくて、四大列強だからな。流石にベグマギルドというか、冒険者の大元も逆らえない。ベグマ周辺だけにしか冒険者がいないわけじゃないからな」
「なるほど…」
「みんなからの支持を失ってしまえば、いろいろと認められている権利もなくなっちゃいますしね」
「ああ、チェルシー、その通りだ」




