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仕事



 緑が生い茂る森を切り開いた道を抜けると、一面が真っ白な景色が見えてくる。


 たどり着いた先は、『ミンクフィールド』と呼ばれる大草原であり、白く丈の長い草が一面を覆っている。

 まるでミンクの毛皮を一面に敷き詰めたようにも見えることから、その名前が名付けられていた。


 『ミンクフィールド』は不可支配地帯である。

 王国、帝国、連合、法国の4大列強が条約を結び、この辺りを「政治的ないざこざを持ち込んではいけない場所」と定められていた。その影響もあってか、敵対している王国と帝国の人間が同じ街で肩を寄せ合いながら暮らしている。


 出会っただけですぐに斬り合いになるほど仲が悪い2国の人間が、こうして大人しく同じ店で買い物しているのは、不可支配の中身に『ミンクフィールド』での戦争行為を禁じる定めがあるからだろう。



 4大列強が不可支配条約を結んだ理由の一つに、『ミンクフィールド』の中心に位置する『冒険都市ベグマ』がある。

 

 『冒険都市ベグマ』は、遊牧民のようなテントや、土を盛り起こした家、石材を積み上げてできた簡易的な建物が立ち並んでいる。これは冒険者達が拠点するために建てたものであり、それらが集まって街のように見えるのだ。

 世界中の冒険者がここに集まることから、誰が名付けたのか『冒険都市』といつの間にか呼ばれるようになっていた。


 『冒険都市ベグマ』を統治する人物はいない。

 しかし、無法地帯というわけではなく、冒険者達の寄り合いである『ベグマギルド』によって秩序が保たれていた。


 その『ベグマギルド』が中心となり、長い年月を経て、4大列強に『ミンクフィールド』を不可支配地域とする条約を結ばせたのだ。これは冒険者達が思いのまま冒険するために必要な条約であった。







「おい!」


「ん?」



 そんなことを考えながら俺は店番をしていると、フイっと目の前に茶髪でガラの悪い青年が現れる。手にはウチの商品であろう槍が握られていた。



「こんな不良品を売りつけやがって!!!」


 店にしているテントが少年の声で微かに震える。それほどの怒号だ。店内にいる買い物客の視線を彼は独り占めしていた。しかし、視線が自分に集中していることなどお構いなしに、彼はカウンターの上へ、その手に持っている槍をドンっと乗せる。



「返品だ!!金を返せっ!!」

「…返品?」



 俺は青年の瞳を見つめる。

彼の眼はフルフルと震えており、その顔も真っ赤だ。これは本気で怒っており、返品したいのは本心だろう。つまり、難癖をつけて、店から金を巻き上げようとしているのではなく、真っ当な客がクレームを付けに来ているようだ。真摯に対応せねばなるまい。



「お客さん…まずは落ち着いてくれ」

「落ち着いてなんていられるか!!」


「お話を聞かせてくださいって…この槍がどうしたんだ?」

「装備できないんだよ!!」


 青年は再びテントが震えるほどの声量で叫ぶ。



「…槍術適性はお持ちで?」

「ないよ!そんなもの!!」



 あ、これは馬鹿野郎タイプだ。

 情報を確認せずに、試着もせずに、性能と価格だけで買いやがったな。

 対応方針を変更しないと。



「この槍は魔道具だから、適性がなければ装備できないぜ」

「そんな話は聞いてないぞ!!」


 俺は青年から槍へ視線を向けると、カウンターの内側から水晶を取り出す。これは鑑定スキルが宿ったものであり、スキルを所持していなくとも、水晶に宿ったスキルを放つことができるのだ。かなり高価なものではあるが、俺の私物ではなく、この武具店のオーナーの所有物だ。



「…壊れているわけでも、スキルが不発なわけでもない…不良品じゃないぜ」


 カウンターの上の槍へ水晶を向けると、青く透明なパネルが俺の視界の右側辺りに表示される。そこに表示されている槍の性能は、仕様通りのものが記されていた。



「何!?装備できないんだぞ!?」

「ああ、装備条件を設けることで性能を底上げしている製品だからな。条件を満たしていなければ装備できない」


「だったら、俺には使えないってことだろ!返品だ!返品!」

「悪いが、不良品ってわけじゃないから、返品は受けられないな」


「何だと!?」

「ま、槍術適性を持っている奴に売るなり、交換するなり、上手くやってくれ」


「ふざけるな!!不良品を売りつけておいてなんて態度だ!!」

「だから、不良品じゃないって」


「客が使えないんだから、返品を受けるのは当たり前だろ!」

「…当たり前ではないな。ウチだけじゃなくて、他の店だって同じ対応になると思うぜ」



 確認もせず、試着もせずに武具を買った方が悪い。

 言葉にはしないけど、そういうことだ。


 もちろん、不良品だったり、説明が誤っていたりと、こちらに不手際があれば返品もやぶさかではない。しかし、今回の件は、青年には悪いが、こちらに落ち度はない。



「どういう意味だ!?俺が悪いってのか!?」

「うーん、ま、そう聞かれれば、俺も言わざるを得ないな。ああ、お客さんの確認不足だと思うぜ」



 俺がそう言うと、目の前の青年は周囲を見渡す。

 俺の言い分が正しいかどうか判断する材料とするために、他の客の反応を確認しているようだ。しかし、店の中にいる客は、青年の視線に対してコクリと頷いていた。俺の主張がごく一般的なものであると買い物客たちも認めてくれているようだ。


 この青年には悪いが、武具を試着する。装備要件が自分と合致しているか確認する。これらは買い物の鉄則であり、下手すれば子供でも知っている。買い物した側に責任があり、販売した側に責任がなければ、返品など受け付けれない。



「…買うときに聞いてないぞ!!」

「ああ、常識だからな。包丁や大工道具にだって、タレントを使用条件に設けるものすらあるしな。これは槍です。これは剣ですみたいに、見りゃ分かることを逐一説明しないだろ。もちろん、特殊なものや例外は説明するし、聞かれれば答えるけどな」


「そうじゃない!俺に適性があるか聞いてこないなんて!説明しないなんて不親切だ!!」

「いーや、むしろ、この槍を買う連中に、槍術適性を持っているかどうか尋ねたら、馬鹿にしてるのかとクレームになるレベルの話だぞ。お前、これが槍だと分かりますか?って聞かれたらムカつかないか?」


「…うるさい!」

「うるさいと言われてもな…」


「これ!装備していないんだから!また売れるだろ!?」

「…新古品って言ってな、実際に使ったかどうかは関係なく、店から商品が出た時点で中古って扱いになるんだ。価格は新品と同じにはできん」


「使ってないんだから、新品と同様だろ!?見ろ!きれいだろ!?黙っていりゃ、わからねぇだろ!?」

「そういうわけにはいかない」


「てめぇ!!いい加減にしろよ!」



 こっちのセリフだ。



「そもそも、あいつら!ほら!!」


 青年は剣を試着している買い物客を指さす。



「装備できるか試してんだろ!ほれ!あれで新古品って扱いにはならないのか!?」


「ああ、店の中にあるものは定期的にメンテナンスをしているし、店が品質を保証できるからな。お客さんが試着しようがしまいが、それだけで質が保証できなくなるわけじゃない。だが、少しでも店の外に出たものは違う」

「む、難しいこと言うんじゃねぇよ!」


「…自分の手から少しでも離れた商品はさ、その品質を完全に保証はできないってことだよ」


「…くそ野郎!!○ね!馬鹿!!あほ!!マヌケ!!」



 青年はそう叫びながら、カウンターの上に置いた槍を手に取り、ズカズカと店の中から出ていく。




「はぁ…」



 店から出ていく彼の背中を見送ると、ほっと溜息を吐く。

 クレーム対応は疲れる。彼の気持ちが分からないわけではないが、商売である以上、気持ちだけで対応を決めることはできない。俺の店だったら、説教の一つでもかまして、返品を受けてやっていたがな。



「そういう部分がストレスになってるのかな…」



 そう愚痴をこぼしながら、気持ちを切り替えようとしていると…



「おい!!!」



 再び怒号が響き、店のテントが揺れる。



「ん?」



 俺がハッとした時には、カウンターの上に杖が置かれていた。



「これ!装備!できねぇ!!」



 また…か…




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