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暗躍する影と影



 トラッジはクラッドが帰っていく姿を窓越しに見つめると、部屋にある机の上を続いて見つめる。その机の上には、去っていく彼が置いていった資料があった。



「…」



 トラッジはその資料を呆然と見つめる。

 時折、意を決したように足を前に出そうとするのだが、なかなか踏み出すことができない様子だ。


 トラッジは、クラッドが持ってきた資料は、とある事件の証拠ではないかと考えているようだ。仮にそうであれば、ここで戸惑っている余裕などない。臆していたところで現実は変わらないのだから、悠長にしているよりも、次の行動のためにも資料をすぐに確認すべきである。


 そんな怯えているような様子のトラッジだが、急に様子が一変する。




「…くそ!あんな才能なしのために…なぜこの俺が…くそ…くそ!!」



 トラッジは勇気ではなく、怒りで動き出すことにした。

 はるかに格下のクラッドのために、自分がこうまで精神をすり減らしているという現実に、彼は我慢ならないほどの怒りが芽生えていた。



「ふん!!」


 荒々しく息を吐き、苛立ちを隠せない様子で足を踏み鳴らしながら部屋を進んでいき、机の上にある資料を手に取ると、破くのではないかという勢いで資料を捲っていく。



「…ん?何だ?これは…奴の勤怠記録と給与明細か?」



 段々とトラッジがホッとしたような表情を見せ始める。

 どうやら彼が想像していたものとは違う内容が資料に書かれているようだ。しかし、資料のちょうど中ほどにまで読み進めると、そんな彼の表情と資料を捲る手の動きがピタリと止まる。




「残業代請求?」



 そう怪訝な声を出すトラッジ

 しかし…



「はん!馬鹿馬鹿しい!誰が払うか!」



 そう言ってトラッジは資料を机の上に投げ捨てる。

 そして、次の瞬間には、クラッドとその資料のことなど忘れたかのうように、次の仕事に取り掛かり始めた。彼が想像していたものと資料の中身が違ったことで、関心などまるで失せてしまったようだ。


 この時のトラッジの判断が、無関心が、まさか彼を破滅へと誘うとは、この時の彼には知る由もなかったのだろう。







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「ただいまー」



 俺は家に帰ると、スターがスタスタと寄ってくる。




「おかえり、どうだったのかしら?」

「ああ、資料はヘスパギルドの元上司に手渡したし、その事実をベグマギルドにあの紙を渡して報告してきたぞ」

「そう、お疲れ様」



 スターは労いの言葉をくれる。

 確かに、慣れないことをしたせいか疲れを感じる。


 今日はもう寝よう。

 疲れた…と言えば、ベグマギルドだ。



「なぁ、少し聞いてくれよ」

「どうしたの?」


「ベグマギルドの対応が素っ気ない感じだったぜ。事務的に色々と聞かれて、俺が答えてもふーんって感じだった。まるでゴーレムとでも話しているような気分だったよ。まるで俺に関心がないみたいだった」



 俺はトラッジとのやり取りよりも、ベグマギルドの担当者の対応が引っかかっていた。親切丁寧にやってくれとは言わないが、もう少し関心を持ってくれても良いような…




「ええ、だから相談しても大したことはしてくれないわよ」

「え?」


「報告は有効だけれど、相談はあまり効果がないわね」

「んん?報告も相談もやることは同じな気がするけど」


「用語が違うと対応も違うのよ。ま、何にせよ、そんなものだと思って忘れなさい」

「んー…そうだな」


 素っ気ない対応や邪険にされるのは、これまでの人生で数え切れないほど経験がある。あれぐらいのことで気に留めていても仕方がない。




「それじゃ、事が進展するには時間が掛かるから、その日暮らしをどうするか考えないといけないわね」

「あ、そうか…すぐに決着はつかないもんな」







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 数日後…



 窓の奥からは冒険都市ベグマが一望できる広い部屋に、メガネをかけた黒いスーツの男性が一人で何やら難しそうな本を読んでいた。部屋の外は暗く、時が夜も深まった頃合いだと分かる。



 そんな彼の背後に、スーッと影が浮かび上がっていく。




「カラルミス様」



 影が人の女性の輪郭を帯びると同時に、女性の声が部屋に微かに響く。

 カラルミスはその声に応じるように読んでいた本をパタリと閉じると、影へ視線を送る。



「…部屋に入ると時にはノックをしろ」

「これは失礼を」


「冗談だ。それで、ムスタブニル様の反応はどうであった?」

「はい、トラッジと対象を気に留めていただけたようです」


「そうか、上出来だな」

「はっ…それと、対象にとある動きがありました」


「動き?」

「はい、どうやらヘスパギルドに未払残業代を請求しているようです。ベグマギルドに報告があり、ヘスパギルドのトラッジへ請求を行ったと記録がされておりました」



 影はそう言いながら、カラルミスへ紙を1枚だけ手渡す。

 カラルミスは受け取った紙をすぐに読み終えると…




「…この対応を対象一人で考えて実践したとは考え難い…誰かから入れ知恵でもあったのか」

「いえ、それらしい人物との接触はありません」

「ふむ…」


「それと、奇妙なのは、対象が法律を調べている痕跡すらないことです」

「元から対象にその知識があったと?」


「我らが監視する以前に、未払残業代をギルドに請求しようと準備していた時期があったのではないでしょうか?」

「ふむ…それで、未払残業代を請求されたヘスパギルドの対応は?」


「いえ、幹部メンバーにまでは情報が届いていないようです。トラッジで請求が止まっています。あの様子では、対象からの請求に応じるつもりはまるでないようです」



「なるほど…ここまで入念に準備しているということは…動きがあるとすれば60日後か」


「はい。請求してから60日経過してもなお返答がなければ、ギルドは請求に対して相談するつもりすらないと判断できる材料になります」

「…となれば、ベグマギルドもそれを報告されれば動かざるを得なくなるわけだな」


「ええ、そうなれば逆に好都合ですね」

「うむ…対象とその周辺に調査が入れば…帝国や法国も迂闊に行動には移せないであろう…良い牽制になるな」





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