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暗躍の影



「クラッドが来ているだと!?」


 トラッジは大きなお腹を揺らしながら立ち上がる。

 そして、物凄い剣幕で、自分へ確認しに来た女性へと詰め寄る。




「ひぃ!?」

「何の用事だ!?」


「も、申し訳ありません!直接、トラッジさんとお話したいとのことで、ご用件は聞けていません!」



 受付の女性は、トラッジの剣幕にオドオドとしながらも答える。

 その女性の返答に、顔を歪めるトラッジ



「っ!」



 トラッジの表情を前に、受付の女性は判断を間違えたのかと委縮しながら説明を始める。



「…資料をお持ちでしたので、退職後の相談ではないかと思ったのですが…」



 女性はクラッドのことを知っている。クラッドは自分が思っている以上に、ヘパスギルド内では有名であり、大きな事件の犯人だったと疑われていた人物でもある。


 その人物がギルドを“自ら辞めた”という話は皆が知るところであり、そのクラッドがこうして直属の上司だったトラッジのところへ来れば、退職後の手続きかもしれないと思うのは自然な考えだろう。


 しかし…




「必要な手続きはすべて終わっておる!」

「そ、そうですか…それでは…?」


「私が知るわけないだろう!!突っ返せ!!」


「ひぃ!!かしこまりました!!」



 物凄い剣幕で言い放たれると、退散するように受付の女性はトラッジの部屋を後にする。


 そして、部屋で1人になったトラッジは机を拳で叩く。



「くそ!!なんだ!?今更!?まさか…あの窃盗事件のことか?いや、証拠はないはずだ…待て…資料?まさか?」





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 古びた小屋の中には、漆黒のコートを纏い、青いスーツをスマートに着こなしている男性がいた。スーツの青よりも濃い青い髪を長く伸ばしており、妖艶な美貌を備えた美形な男性である。


 そんな彼はムスタブニルと呼ばれる権力者であり、このような古びた場所が見た目的にも立場的にも似合わない人物である。


 そんな人物が、こんな人の気配のないところにいる理由は…




「…何かわかったか?」



 彼がそう呟くと、壁に影がスーッと伸びていき、すぐに人の輪郭を描き始める。



 そして…




「はい、どうやら対象は解雇処分になっているようです。ムスタブニル様の名前を使われて不当に解雇されています」



 影からは女性の声が響き始める。

 自らの隠密と内密な会話をしているのだろう。




「不当に?」

「はい、直属の上司である…トラッジなる人物によって、強引に労働契約を打ち切られています」

「トラッジ…何者だ?」


「洗ってみましたが、特に不審な点はありません。彼が対象を解雇処分にしたのは、借金の減額を条件にそう依頼されていたようです」

「そうか。それで、依頼主は掴めたのか?」


「…確証はありませんが、最も濃厚なのはアディバギルドのマスターであるカラミルスです。カラミルス個人からも借入があるようです」



「カラミルス…帝国の犬か…」


「はい、カラミルス自身も帝国から依頼を受けていての行動かもしれません。しかし、解せないのは、トラッジの行動です」



 隠密の言葉に、いつの間にか手元にある資料へ目を通し始めるムスタブニル




「…資料によれば、何度も解雇や異動などを対象に試みているようだな…窃盗の犯人に仕立て上げて解雇しようとしたことまであるのか…確かに解せない動きだ」


「それだけではありません。理由が不明確なまま、タレントのない対象を帝国に出張へ行かせようとしてもいます。護衛料の問題で上に棄却されてもなお、本人の出張を断行しようとしていたと、なり振り構わないといった様子です」


「ふむ…」

「おそらく対象をベグマから外へ連れ出すことのようです」


「それは察しがつく。問題は、外へ連れ出したところで何がしたい?」


「私見ですが、ベグマは法国の次に法に厳しい土地です。迂闊に市民権のある人間に危害を加えれば、立場がどうであれ、厳正に処罰される可能性があり、その過程で抱えている企みが公になるリスクもあります」


「なるほど…対象へ何かしら法に触れるアクションを試みようと、そう企んでいるということだな」

「はい…」


「理屈は分かる…だが、解せないのは人選だな」

「仰る通りです。外へ連れ出すことが狙いだとして、その目的に対する手段があまりにもお粗末です」


「同感だ。裏に何かあるかもしれんな。そこまで調べはついているのか?」

「…申し訳ございません。裏に何があるかまでは調査中です」



 影から申し訳なさそうな声が響くと、ムスタブニルは息を短く吐く。

 


「そうか、お前がここまで手こずるとは…トラッジは曲者かもしれんな」


 ムスタブニルから聞こえてくるのは落胆ではなく、トラッジへの畏敬であった。


 部下の能力を疑うのではなく、対峙している相手の評価を上げる。部下とのコミュニケーションを意識してというよりは、足元をすくわれないための処世術だろうか。



「…恐縮です。しかし、トラッジがただ無能な人物であるという可能性もあります」


「だが、依頼主との関係に対し、明確な痕跡を残さずに事を運んでいるということは、確かな実力が当人にもあるやもしれん。動きが気になる…監視を続けろ」

「はっ!」



 ムスタブニルに言われて影はスーッと引いていく。

 そして、部屋に一人だけになった彼はポツリと呟いた。




「…教会、アルメリア家、そして帝国が動いているとはな…奴はただタレントがないだけの人間ではないのか?」



 ムスタブニルはそう呟くと、ネクタイを締めなおす。

 そして、椅子から静かに立ち上がると再び呟いた。



「まさか…本当に…クラッド様が世を忍ぶ仮の姿というわけではあるまいな」





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