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いざ未払残業代請求



「よっしゃ!この資料を持って、キーパーかロイヤのところへ行けば良いんだな!」



 俺はスターがまとめてくれた資料を手にしながら、意気揚々と立ち上がる。俺が勝手に請求したところで相手にされないだろうから、都市権力か専門家の力を借りるべきだろう。ロイヤは依頼人の代わりに法手続きを代わりに行ってくれる存在である。



 しかし…



「いいえ」

「ち、違うのかよ!」



 出鼻を挫かれた思いで俺は座りなおす。

 そして、スターの真顔をジッと見つめる。



「じゃ、どうやって、ヘパスギルドに請求するんだ?」


「まず、キーパーへ相談やロイヤを雇うのはまだ先よ。特にロイヤを雇うのは最終手段ね」

「んー?」


 こういう法律的なことになるなら、専門家の力は必要だと思うのだが…



「法国の真似事をしているおかげで、ことギルドとの雇用関係に関しては、使用者よりも労働者の方が法律によって強く護られているわ。クラッドの方が法律上はかなり強いのよ」

「お、おう?」


「つまり、クラッドだけで請求しても勝てる見込みは高いわよ」

「えぇえぇえ!?…いやいや、俺の話なんて聞いてくれるかな?」



 俺がいきなり出向いて行って、こんな話を持ち出せば、門前払いに近い運びで突っぱねられる気がする。そんな俺の不安を察したのか、スターは余裕の笑みを浮かべながら続ける。



「ええ、むしろ、取り付く島もない方が有利ね。それをちゃんと記録に残しておけば、いざと言う時に、かなりの武器になるわ」


「交渉拒否したってことの印象が悪いからってことか?」

「その通りよ」


「んー…ま、行ってみるか」


 俺は正直なところ自信がない。

 俺だけで行っても言いくるめられそうだ。



「私は同行できないけれど、担当者と変に話し合う必要はないわ」

「ん?そうなのか?」


「ええ、そのために用意したものがあるのよ。真ん中に挟み込んである紙をヘパスギルドの担当者に提出するだけで構わないわ」

「ん…?これか」



 俺は資料の真ん中にある紙を取り出す。同じものが2枚挟まっており、中身は勤怠記録の一覧と給与明細、そして請求金額が記載されている。最後に、回答は書面による郵送と指定がされていた。



「そう、それで、ギルドとの話が終わったら、もう1枚の紙に、担当者の名前、大体で良いから開始と終了の時間を記録して、その紙を記録としてベグマギルドへ提出してきて」

「あ、ああ…」


「それじゃ、頑張って」

「な、なぁ…」



 俺はふと疑問に思ったことを口にしてみる。



「何よ?」

「何で、お前がそんなに詳しいんだ?」


「詳しいとまで言えるほどでもないわよ。でも、勇者だから、最低限は知っておかないとならないわ」

「いや、何で勇者が法律を?」


「勇者ってヒーローでしょ?」

「ああ、そりゃ、ま、そうだな」


「そのヒーローが法律に触れるようなことをしていたらマズイでしょ。専門家ほどではないにしろ、法も知っておかなきゃいけないのよ」



 スターはさも当たり前のように口にする。

 いや、確かに、治安を維持するベグマギルドの冒険者が犯罪に手を染めていたら印象最悪だし、それと同じ理屈なのだろう。そもそも、立場がどうであれ、法を破るのは良くないが…




「んー」



 しかし、何となく腑に落ちないところがある。


「何だろう。勇者って、むしろ、他人の家に土足で入ってタンスを荒らしたり壺を割っても怒られないイメージがあるんだけどな…」


「そんなわけないでしょ!ほら!馬鹿なこと言っていないで!さっさと行く!善は急げよ!」


「お、おう!」






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 ベグマの大通りを進んでいくと、やがて剣と盾がクロスして重なった看板が見えてくる。

 あれは、俺が勤めていた武具ギルドのマークであり、あの看板がある建物はヘパスギルドの本部であった。


 本部に勤めていた頃、色々と嫌な思い出がある。

 それが断片的に脳裏に蘇ってくるためか、自然とイライラが募りはじめてくる。



「…ふぅ…勝手に不機嫌になってどうする。交渉は冷静さが肝だろ」



 俺は歩きながら深呼吸して精神を落ち着けると、そのままヘパスギルドの門を潜り抜ける。

 すでに部外者のため、裏からではなく、表から建物に入ると、中には見たことのある人がちらほらといる。


 俺の姿に気付いた元同僚達は怪訝な顔で俺を見つめるのだが、すぐに関心をなくしたように、視線を別へ移していく。やはり、辞めた人間への関心など「あいつ誰だっけ?ああ、あいつか」程度のようだ。


 俺はそんな感想を胸に秘めると、すぐに受付にいる女性へと声をかける。



「あの…」

「は、はい、どうされましたか?」



 受付の女性はニコリとぎこちない笑顔を見せる。

 俺はこの子を知らないけど、この子は俺のことを知っているのかもしれない。



「えっと、トラッジさんはいますか?」

「ただいま、応対中です。恐れ入りますが、どのようなご用件でしょうか?」


 俺は要件を尋ねられると、少し考え込む。

 ここで素直に話すのは何となく得策ではない気がした。



「あー…えっと、個人的な要件なので、できればトラッジさんへ直接お話したいと思います」

「そうですか…予定を確認いたしますので、そちらの席におかけになってお待ちください」



 受付の女性も、要件を踏み込んでまで聞き出そうとはしなかったようだ。

 ま、俺が元従業員だと知っていれば、その関係の要件だろうと察しがついているのだろう。


 憶測だけど。



「あ、はい」



 俺は言われたとおりロビーの空いている椅子へ座る。

 そして、受付の女性は笑顔で俺に一礼すると、トラッジの予定を確認するためか、その場を離れていく。







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