作戦会議
冒険都市ベグマは、立地上は王国に位置するが、扱いは不可侵地域である。立場的には4大列強の中間に位置すると言えるだろう。その影響もあり、各国の良いところを自治に取り入れている。
例えば、法律だ。
王国や帝国、連合よりも遥かに法整備が進んでいるとされているのが、その名の通り法国だ。
法国の正式名称は法治国家であり、かつては王が国を治めていたのだが、人ではなく法が人を支配するという思想の元、自由と平等を法律にまで落とし込み、腐敗なき秩序の実現によって他の列強と肩を並べるほどにまで発展したという歴史がある。
その歴史の背景には、自らを天帝者と名乗る存在がいたそうだ。
自分で自分を天帝と呼ぶとは傲慢さを禁じ得ないのだが、その功績が功績なので、天帝者という名称が今日まで歴史に記され続けている。
そんな歴史と秩序を持つ法国ほどではないにしろ、この冒険都市ベグマにおいて法律はかなりの力を持っており、他国の王侯貴族だろうと平等かつ厳正に処罰される。その法律の力は、ベグマを自治領として、不可侵領域として成り立たせるのに重要な要素となっていた。
…俺とスターは家に帰ると、すぐに作戦会議を開始する。
そして、法律という名の武器を使った作戦名は『未払い残業代を請求して!ゲッツ!ライセンス!』だ。
正直、スターのネーミングセンスは少しズレている気がする。
テキトーに名付けたのではなく、5分ぐらい考え込んで、拘って、自信満々に名付けた作戦名がこれだ。
「さ、始めるわよ」
「ああ」
俺とスターはちゃぶ台を囲うようにして座っていた。
「まずは、ステータスパネルを開いて、過去3年分の給与明細と、出退勤の記録を開いて」
「ん?もう脱退したから、そんなもの出ないぞ?」
「いいえ、過去5年分は保存とリンクの維持が義務付けられているから、よほどのギルドじゃなければ、記録をしっかりと残しているわ」
俺は半信半疑でスターに言われた通り、ステータスパネルを開き、リンクを確認してみる。
-------------Status-------------
名 前:クラッド
性 別:男性
年 齢:32
レベル:1
クラス:
レベル:0
H P:15
M P:5
筋力:7
魔力:4
敏捷:4
■タレント
『 なし 』
■ライセンス
なし
■スキル
なし
■装備スキル
なし
■リンク
『 ヘパスギルド 』
--------------------------------
「…あ、ある」
言われた通り、ギルドを脱退後も、俺の記録はまだ残っている様子だ。
確かに、俺のステータスパネルの最後にリンクが載っていた。
「それじゃ、ギルドを脱退した月を含めて3年分の内容をここに書き出してちょうだい」
「あ、ああ…」
俺はちゃぶ台の上にある2枚のチラシの裏に、ステータスパネルに記載されている出退勤の記録と、給与明細を、それぞれ過去3年分に渡り書き出していく。
ステータスパネルは他人が見ることのできないものになっており、こうして書き出すことで、スターと情報を共有していた。
「どうして3年分なんだ?」
「請求できる時効があるのよ」
「なるほど…」
スターが法律にも詳しいことに少し驚きながら、俺はペンを進めていく。
勇者ってことだったから、冒険者寄りの知識が豊富なのだと思っていた。
少し時間が掛かったが、俺がチラシの裏に記録を記し終えると、スターはすぐに中身を確認する。
「ふむふむ…」
「…」
スターは、どれぐらいの金額を請求できそうか計算している様子だ。
俺は答えが出るのを無言で待つことにした。
「そうね…200万ゴールドは請求できそうね」
「っ!?」
スターは計算を終えると淡々とそう告げる。
俺は驚きのあまり立ち上がって声を張り上げる。
「そんなにか!?」
「…これだけ残業していて、この金額は、本当に最低賃金で仕事していたのね」
「え?」
「いいえ、何でもないわ」
俺は座りなおして冷静になる。
金額に驚いてしまったが、そもそもの問題点がある。
「だけど、請求して、本当に払ってくれるのか?」
「素直には応じてくれないでしょ」
「だよな…それにさ、俺は管理なんちゃらだったから、残業代を払う対象にならないって言われたぜ」
俺はそもそもの問題をスターに聞いてみた。
俺達に残業代が支払われなかったのは、店長は管理なんちゃらであるためだということだった。
「…そうね。本当に管理監督者なら、確かにギルドの言い分は通るわ」
「だよな…ん?本当に?」
「ええ、管理監督者って明確な定義があるわけではないから、該当するかしないかが、未払い残業代を請求できるポイントになるわ」
「明確な定義がないのか?」
「そうよ。だから、店長であるから、それで管理監督者ということにはならないわ」
「そ、そうなのか…言われたまま信じてたぞ…俺」
「相手の悪意の有無に関わらず、他人を簡単に信用してはいけないってことね」
「世知辛いこと言うなよ…てか、それだと、都合よく解釈して、言ったもん勝ちにならないか?」
ベグマは法国を参考に法を敷いている。
そんなベグマが何だか曖昧な基準を設けているなんて俄かに信じ難い。
「ええ、実状、そうなっているケースは多いと思うわ。結局は、法国の真似事の域を出ないってことかしらね」
「法国の真似事…」
「ええ、法国と違って、冒険者への忖度があるわ」
「忖度?」
「そう、かの国ほど全てが厳正にできているわけではないわ。殺人や窃盗などには厳正だけれど、クラッドが連行されるキッカケになった法改正はどこかきな臭いでしょ?」
「んー、たまたまだと思うけどなぁ」
「ま、いいわ、それはさておき、明確な定義はないけれど、基準のようなものはもちろんあるわ」
「そ、そうなのか?」
「ええ、その基準にどれだけ一致しないかで、勝ち目があるかどうか把握できるのだけれど…」
スターはここで言い淀む。
俺は思わず怪訝な顔をしてしまうのだが…
「クラッドの場合、勝率は高そうね」
「え?」
「まず、管理監督者として認められるかのポイントが何点かあるわ。そこを確認していくわね」
「お、おう…」
「1点目が出退勤の自由よ」
「自由?いつ出勤して、いつ退勤しても良いってことか?」
「その通りよ」
「…いやいや、そんな自由に仕事しても良い奴なんかギルド長とか幹部くらいだぞ」
「まさにその通りよ。管理監督者として認められるかどうかのポイントは、そこよ」
「ん?」
「所謂、ギルドの意思決定に携わっている人たちと同じような待遇を受けているかどうかがポイントよ」
「なるほど…」
「それで、その反応だと、もう答えは出ているようなものだけれど」
「ん?ああ、出退勤の自由なんてなかったぞ」
「ちなみに、遅刻や早退で賃金は減らされる?」
「ああ、もちろん」
俺が当たり前のことに当たり前のように頷くと、スターは淡々と話題を次に進めていく。
雰囲気を出すために、現実の法律や判例を元に設定へ盛り込んでいますが、あくまでフィクションです。




