定め
荘厳な神殿
白い石畳の上に真っ赤なカーペットがまっすぐに引かれており、その先には女神を象った像が置かれていた。
その女神像には羽が6枚生えており、それぞれの羽は星の名前を冠するそうだ。ステンドグラスから差し込む光に照らされていて、ただの真っ白な羽の生えた女の像なのだが、演出によって神々しさみたいなものは感じる。
所詮はただの銅像だ。
確か、この女神は、割と変な名前で呼ばれていることもある。中でも、アドミンやオールワンは意味不明な名前ランキングトップツーだ。
そんな不信仰なことを思いながらも、その女神像の前に立っている老齢の神官の前まで、俺は父と一緒に進んでいく。老齢な神官の手には巻物が握られており、その巻物が開かれる時、俺の将来が概ね決まる。
「さぁ…いよいよだな」
「…はい」
神官のところへ辿り着く直前、父は俺よりも緊張したような面持ちで俺に囁く。
確かに、ここで俺の、父からすれば長男の人生が決まるかもしれないのだ。緊張して当たり前だろう。
俺と父が神官の前に立つと、まるで人形のように無表情で俺と父の顔を交互に見つめる。この神官は父とも親交のある人物であり、普段は気さくで、酒が大好きなおじいさんだ。しかし、神官は、祭事において感情を露わにすることは許されていない。
だから、まるで感情を感じないような様子なのだろう。ここまで徹底できているとは驚きだが、そういえば、ここで北の勇者が神託を受けた時に、彼女が『剣術適性LV5』を持っていると判明し、周りが歓喜に沸く中、このおじいさんは最後まで無表情を貫いていたそうだ。
ちなみに、『剣術適性LV5』があれば、そのタレントだけで『剣聖』のクラスに就くことができてしまうほどである。かなりレアなタレントだ。誰もが驚くだろう。
そんな鉄面皮な神官は、噂通りの無感情な表情で、黙ったまま俺と父の顔をずっと見つめていた。
時間にすれば数十秒だろうか。そんなに長い時間ではなかっただろうが、体感時間は数時間にも感じた。
あまりの緊張に堪えかねて、ゴクリと俺は唾をのむ。
ここで、俺は、自分の持っているタレントが判明する。そのタレント次第で、俺の将来のクラス、つまり職業が決まってくるのだ。緊張しないはずがないだろう。
そして、運命の時が訪れる。
神官がコクリと頷くと、俺の顔をジッと見つめながら、そのヨボヨボの口を微かに開ける。
「…神託が下りた」
おじいさんが俺に告げると、手にしている巻物を開き始める。神託が下りたということは、元々は白紙だったはずの巻物には、俺が所持しているタレントが記されたということだろう。
白紙だったはずの巻物
それが今、俺の目の前で開かれたのだ。
…
…?
「…何も記されておらんぞ」
最初に疑問を口にしたのは父だ。
かなり怪訝な顔で神官と巻物を見つめている。
父が口にした通り、俺の目から見ても、タレントが記されているはずの巻物は白紙のままであった。タレントは誰もが必ず1つは所持しているため、神託が下りたのにも関わらず、巻物が白紙のままということはあり得ない。
「…」
だからこそ、父の言葉と、俺の表情を前にしてもなお、神官は「そんなことはあり得ない」と言わんばかりに無表情を貫いていた。神官の位置からは巻物の中身が見えないため、巻物が白紙であることを確認できていないせいもあるのだろう。
「…おい、神託をやり直せ。失敗だ」
「…む」
父の言葉を受けて、初めて神官が眉を微かにひそめる。
「神託は確かに下った」
父の言葉が神を冒涜するような発言に聞こえたのか、神官は無表情なままだが、微かに怒りを感じる雰囲気を纏っていた。そんな神官に対して、父は引き下がることをせずに、さらに勢いを強める。
「何も書かれておらんぞ!」
「神託が下りなければ、この巻物は開けない」
「…だが、白紙だ!!」
「まだ言うか」
「事実だ!事実であれば、俺は何度でも言う!発言を翻すことなどせん!」
「…いくらお前とて、神の威光に影を「キール!お前の目で確かめてみろ!」
父は、問答無用と神官キールの言葉を遮って叫ぶ。
「…」
父に言われて、神官は俺の顔を見る。
きっと、巻物の内容を確認しても構わないかと俺に許可を求めていると感じたため、俺はコクリと頷いて見せると、神官は巻物を自分の方へと向ける。
そして…
「ほげぇ!?」
神官からは素っとん狂な声が聞こえる。
目を大きく見開き、口と鼻は引きつる様に上がっていた。
決して、祭事中は、感情を露わにしたり、表情を崩したり、そういうことが許されていないはずの神官なのだが、巻物が白紙であったことによる衝撃が大きすぎたようだ。
「タ…タレントがぁ!!!ないぞぉ!!!!こいつぅ!!??」
「事実であったろうが!さぁ!やり直せ!!」
「馬鹿なぁ!!馬鹿な!!馬鹿な!!!神の定めた運命!!それが…崩れておるぅ!?何の使命ぃもぉ!?
神官キールは白目をむいてブクブクと泡を噴き出すと、膝から崩れ落ちるように床へ伏せる。
「お、おい!キール!?」
「え…え?」
「クラッド!ボーっとしとらんで!!誰かを呼んで来い!!」
「は、はい!!」
…かなりの騒ぎになったのだが、結局、俺にタレントはなかった。
誰もが最低でも一つはタレントを持っているのにも関わらず、俺には何の才能もないのだ。
そして、タレントがないことにより、俺はブラックな人生を歩むことになる。
だが、今にして思えば、あのままブラックであった方が幸せだったのかもしれない…




