第27話 邪気眼のデビュー戦
「キシャ―!!」
リザードマンが30cmほど伸ばした爪を横なぎに振るう。
右手の5本の爪が向かう先にはジャージ姿の少女が立っていた。
肩に人形を座らせた少女は、その攻撃を目で追って反応してても体が強張って動けなかった。
刃物と変わらない鋭利な爪が、壁を引っ掻きながら少女を容赦なく襲う。
少女――カルシファーがやっと体を動かしたが、5本の爪から逃れるタイミングを逸していた。
「黒髪盾【二束】」
リザードマンの爪撃が当たる寸前。
カルシファーが持っていた人形――お菊が、素早く二重の髪の盾を束ねてその攻撃を受け止めた。
硬質な物がぶつかり合う音が響く。
お菊の重硬化スキルで重さと硬さを増した2層の髪の盾が、鉄壁の盾となってリザードマンの爪を弾き飛ばす。
間髪を入れず左右の腕を振るわれるが、その全てを髪の盾が防いでしまう。
「ぼさっとすな。足を止めた敵に攻撃をするんじゃ!」
叱咤の声がお菊から発せられる。
「う、うむ! 任せろ!」
呆然としていたカルシファーが左手をリザードマンに向けて口を開く。
「無より生まれし砂塵よ。そは悠久の砂漠を体現する塊なり。我が始まりの魔導の力を敵に示せ。サンドボール!」
手の平の空間に拳骨程度の大きさの砂の玉が生み出された。
土魔法スキルLv1で覚えられるサンドボールの魔法の効果だ。
ちなみにサンドボールの魔法名を唱えるだけで発動するので、直前の砂塵がどたらというセリフを言う必要はまったくない。
サンドボールがリザードマンの顔面に向かって飛んでいった。
「ギシャ!? シャシャッ、シャッ?」
両目の辺りにぶつかったサンドボールが形を崩してリザードマンの視界を潰す。
砂が入った目を両手でこすりながらリザードマンが立ち止まる。
すかさずカルシファーは、左手を下ろすと右手を前に突き出した。
その手にはファイアロッドの杖が握られていた。
「ククッ、これなるは破壊と創造を司る原初の火。赤く紅く朱くなりて、我が前に立ちはだかる敵を呑み込み灰燼に帰せ!」
顔に手をかざしながらカルシファーが意味のない呪文詠唱をした。
無詠唱で発動するファイアロッドは、そんな彼女の意思によってスキルの力を発揮した。
杖の先に火の玉が現れると敵の腹に向かって放たれた。
火の玉は狙いたがわずリザードマンに直撃した。
「シャァーー!?」
腹の鱗と肉で焼かれたリザードマンが悲鳴を上げる。
ファイアボールは致命傷とまではいかないが、無視できないダメージを敵に与えた。
そこにお菊のトドメの一撃は入った。
「往生しろや……黒髪槍」
二重の黒髪盾の内、前の方の盾が解けて槍状に編まれる。
お菊が操る黒髪槍がリザードマンの喉から脳天までを貫いた。
声を上げるまでもなく死んで光る粒子となって消滅するリザードマン。
「ククッ、同胞たちよ。これが我が魔導の力よ」
初戦闘を終えたカルシファーが頬を緩めてにやける。
中二病にとっては夢にまで見た魔法やスキルの力を使った戦闘だ。
クールに振る舞おうとしているが嬉しくて仕方ないだろう。
「初戦闘にしてはギリギリ及第点といった所でしょうな。カルシファー殿の邪気眼スキルと言いましたかな。索敵に役立つのは確かでしたし、爪の攻撃を認識できてたので、色の濃さで相手の攻撃を見極める眼にもなるようですな」
カルシファーの初戦闘後の感想。
まずはゴリ将が邪気眼スキルの有用性を認める発言をする。
彼女に1階層の索敵役を任せていたのだが、モンスターの索敵も罠の位置もちゃんと把握していた。
そこら辺を認めてのことらしい。
「けど接近されるまで体が固まっとったのは良くないでやすね。それに長ったらしい文句を言うとる暇があるなら早く攻撃をしないといかん。とはいえ索敵役の戦闘力として考えるんなら、判断力と胆力もあるようですし、ウチらの手助けありで問題ないといった感じでやすね」
お菊が駄目出しをするも気にするほどではないと言う。
土魔法Lv1にはアースバレッドというサンドボールより攻撃力のある魔法がある。
Lv1の魔法なのでリザードマンが痛がる程度の威力しかないので、あの場面でサンドボールを目潰しに使おうと判断し正確に当てて、最後には臆せず戦えたのを評価したようだ。
戦いの素人だったのを考えれば素質は十分にあるだろう。
ユニットとして召喚されるだけのことはあるというわけだ。
「ウキ―」
「むぅ、喜んでいいのか落ち込んでいいのか。精進あるのみか……とにかく魔導の腕を磨くしかないようだな。でも、忘却されし言語を使わないという選択肢はないわよ」
よく頑張ったという風に1体の猿山脈の歩兵がカルシファーの膝を軽くたたく。
その頭を撫でながら前向きに考えた様子のカルシファーが、最後に私に向かって言う。
ここに来るまでの間、彼女にはバイオレンスなモンスターとの戦いを見学してもらった。
最初は気絶や吐き気などメンタルが心配だったが、今ではすっかりグロ耐性をついて精神的に逞しくなった。
だからあとは実戦に慣れてもらおうと思って実際に戦ってもらったのだ。
彼女には索敵役として働いてもらうつもりだが、チュートリアルダンジョンでは何が起こるかは分からない。
いつ戦闘に巻き込まれてもいいように戦いに参加させたのだ。
とりあえず、モンスターとの戦闘で前衛と遊撃をこなすゴリ将たちに認められたなら大丈夫だろう。
猿山脈の歩兵たちもカルシファーを気に入ってるようだ。
「カルちゃんは索敵に集中して、戦闘は後方支援に努めればいいですからね。今みたいにお菊さんがサポートに入るなら大丈夫じゃないですか」
「イヌの言う通りだな。カルシファーにはこれから行く2階層でも索敵をしてもらうから、お菊には不測の事態に対応するため彼女に付いてやって欲しい。頼めるかな」
さっきの戦闘みたいにカルシファーにお菊がつけば安心だ。
現在、私たちがいる場所は1階層のボス部屋近くの通路だ。
ここに来るまでの間に、この班の猿山脈の歩兵が5体も増えたから戦力に余裕がある。
お菊が後方に移っても髪の援護は出来るし、ゴリ将を筆頭に猿軍団だけでもモンスターとの戦いに支障はない。
「イヌっころの提案なのは気に入りやせんが、姐さんに頼まれちゃあ断れませんよ。というわけで嬢ちゃん。これからよろしく頼みやすね」
肩に座ったままだったお菊がカルシファーに声を掛ける。
「ククク、それでは円環の輪を結ぼうか」
「うん? 円環の輪?」
それに答えたカルシファーの発言に困惑するお菊。
「こちらこそよろしくお願いしますって意味だと思うよ」
「嬢ちゃんの世界だと、難しい言い回しをするんじゃのう」
「うぅ」
中二セリフを理解できないお菊に私が意訳してあげると、カルシファーが顔を伏せて恥ずかしがる。
彼女の中二セリフは、サモンマルチバースカードのスキルで召喚されたユニットなので、元の世界特有の言い回しだとゴリ将たちは思っている。
本当は違うのだが、私もカルシファーも否定はしなかった。
カルシファーには、土魔法スキルと体力自然回復スキルの2枚のスキルチケットを買い与えていた。
体力自然回復スキルは、読んで字のごとく減った体力を自然回復するスキルだ。チュートリアルダンジョンの移動に付いて来れるようにするために渡した。
もう一つの土魔法スキルは彼女の強い要望だった。
魔法スキルは魔力を消費して発動する特殊なスキルだ。
スキルレベルが上がると使える魔法が増えていき、高レベルで使えるようになる魔法ほど強力になり、それに比例して魔力も大量に消費する。
カルシファーが魔法を使えるか不安だったが、いざ使ってみたら魔力が大量にあったようで、サンドボール20発程度なら問題なさそうだった。
ただし、ユニットのスペックに成長性が無いのは催眠おじさんの体とゴリ将で分かっている。
だから魔力量は今ので頭打ちだ。
もしユニットの魔力を上げたかったら、魔力上昇スキルなどのスキルチケットをショップで買うしかないだろう。
カルシファーを召喚した翌朝、私は皆に彼女を紹介した。
最初は独特な中二セリフでコミュニケーションが取れなかったが、私が間に入って仲を取り持ち、言葉以外は普通の子だと理解されてからは受け入れられた。
その後、食券を買い込んだ私たちは、3班に分かれてチュートリアルダンジョンの探索を本格的に再開したのだ。
このボス部屋近くまで来るには5日も掛かった。
体力も気力も十分でルートも分かっていたので、1階層の片道がこれぐらいの時間で済んだ。
探索している間、サモンマルチバースカードのデッキから引いたカードは以下の通りだ。
トラップカードの行動禁止宣言。
オブジェクトカードの無地のおっぱいマウスパッド。
スペルカードのブラックアウト。
赤マナカード1枚。
合計4枚のカードを引いた。
探索初日にマイルームで引いた無地のおっぱいマウスパッドのカードを含めて、あいにくマナカードが足りずどれも召喚は行えなかった。
だがトラップカードの行動禁止宣言は探索初日に引けたので、24時間の待機状態を済ませていつでも使用可能だ。
私たちは主の消えたボス部屋に入り、2階層への転移陣に順番に入っていく。
ゴリ将、お菊、カルシファー、私とイヌ、猿山脈の歩兵5体の順番だ。
何事もなく全員2階層に到着した。
前に来た時と変わらず、夜闇の空に月と星が明かりとなって地上を照らしている。
目の前には墓石が広がる墓場。
その左右の奥の方に森と城があるのも同じだ。
「ふむ。全てを見通す我が眼が邪悪なる気配を読み取ったわ。亡者の墓場の最奥。そして暗黒の森。特に遠くそびえ立つ城が鮮血の如き赤色に染まっている」
カルシファーが墓場の奥の方と、左右にある森と城を指さした。
ちなみにチュートリアルダンジョンに入る前から、彼女にはジャージに着替えてもらった。
ゴシック系の服は機能性0で下着も見えるぞと忠告したら素直に着替えるのに応じてくれた。
せめて黒いのでと頼むので黒いジャージを着ていた。
こうして見るとただの中学生にしか見えない。
「確か赤色に見えるほど危険なんだよな」
彼女はその金色の邪気眼を使って色で危険を察知する。
赤色に見えるモノほど、その危険性が高いのだ。
おそらく城の方にボスがいるのだろう。
墓場と森と城。
この3か所の内、どこから先に向かおうか。




