第26話 邪気眼の使い手と邂逅
光の粒子が形作った少女。
赤のリボンで黒の後ろ髪を結んでいて、その毛先が腰まで垂れ下がっている。
召喚時は閉じていた瞼を開けると、左右で目の色が異なる双眸が現れた。
濃茶色の右目と金色の左目が私を見つめる。
着ている服は赤と黒のゴスロリ系ファッション。
派手だが露出の少ない格好だ。
それでも隠そうとも隠せない豊かな胸元が目立っていた。
身長は催眠おじさんの肩の高さに届かない程で、一部大人らしい体つきとは反対にまだ幼い顔立ちをしている。
少女は言葉を発さずに、小首をかしげて少々考え事をするように顎に手を当てた。
そうした後、何かを振り払うように動き出した。
足を軽く開きスカートを翻すと、大仰に右手を持ち上げて顔を覆った。
その指の隙間からは金色の左目だけが輝いて見えた。
「邪神との契約に従い同胞の呼び声に馳せ参じたぞ。ククッ、我が名はカルシファー。堕天使と邪神の血を受け継ぎし者。この邂逅は確定された運命。暗黒の未来を解き明かしに来たわ!」
空いた手を腰に当て満足そうな顔をする少女カルシファー。
だがそう言い切った瞬間、顔を曇らせて一歩後ずさった。
「うぅっ。やっぱり真っ赤だわ! 同胞よ。あなたがしている首輪から悪しき気配を感じるわ。今すぐその呪われし首輪を外すのよ!」
彼女は人形のように整った顔を青くさせて頬を引きつらせていた。
「どうやらよほど怖い物でも見たようだな」
「マスター、それだと自分がその怖い物みたいじゃないですか。……というか、なんですかこの子はっ。初対面から意味不明かつ失礼極まりない発言の連発じゃないですか!」
イヌが怒ってますといった態度を取った。
とはいえそこまでイヌの琴線に触れてないのはその声音から察した。
こいつが本気で怒るとどうなるかは、ゴリ将から催眠おじさんとの戦いの説明を聞いて知っている。
短いながらも濃い付き合いで、こいつがカルシファーのことを面白がっていると感じた。
「なっ!? 首輪が喋っただとっ。これが異界の地なのか。召喚されて早々、邪悪な気配を秘めた意志ある呪物に出会うとはな。クッ、これも私の宿命か……」
「この子は何を言ってるんでしょうか」
「イヌには分からないか」
「んん? その言い方ですとマスターは彼女の言葉の意味が分かるのですか?」
「私も彼女と同じ過去を辿った者だからな」
私がそう答えるとイヌは余計に謎を深めた様子だった。
これが邪気眼の使い手か。
中二病という若者特有の症状――その中でも、自分には隠された力が眠っていると信じる者を邪気眼と呼ぶ。
カルシファーと名乗ったこの少女もカード名通りの中二病少女のようだ。
まあ、本当に邪気眼スキルを持っているから彼女の発言は馬鹿にしたものじゃない。
色々とヤバいイヌの気配を最初から察してた様子だったし、そのスキルの力は本物のようだ。
「ちゃんと人の話を聞いているの!? さっきから私がその首輪を外せと言っているでしょ! それは本当に危険な物なんだよ!」
相当、焦ってるな。
言葉の端々が素の言葉になっている。
「まあまあ。落ち着いて私の話を聞いてくれ」
なだめようと声を掛けるが、イヌが私に危害を加えると主張して止まらないカルシファー。
中二病の者だからこの名前は本名じゃないだろうが、このまま彼女が慌てたままだと話ができないな。
「イヌ」
「はいはい」
私の一言で、イヌが亜空間の渦を私の手元に出現させた。
渦の中からメイスを取り出す。
コミュニケーションは最初が肝心とも言うし、ここの現実を理解してもらおうか。
「同胞……?」
「ふんっ!」
手に持ったメイスを振りかぶり石由に思い切り振った。
メイスがビュンと風切り音を上げる。
石床を叩かれて石礫が吹っ飛ぶ。
そのおかげでカルシファーは静かになった。
若干、内股になって顔を俯かせたのは心苦しいがこれで話ができる。
「仕切り直して自己紹介をしようか。私はイチロー。たぶん知ってると思うけど君を含めたユニットの召喚主で、今はチュートリアルダンジョンの攻略を目指している。これから私の仲間としてよろしく頼むよ」
「……ッ」
近づいて手を差し伸べる。
彼女は肩を震わせてジッと動かない。
伸ばした手を戻して頭をかく。
「刺激が強すぎたかな。すまない。怖がらせすぎたようだね。私を含めてここにいる者で仲間になる君に危害を加える者はいないから安心してくれ」
「どうするんですか。マスターの方が怖がられてるじゃないですか」
「こんな若い女の子は元の世界でもまともに話したことないからね。正直、どう扱っていいか困ってる」
小声でイヌと会話する。
呼び出しておいてなんだが、元独身男に女の扱いを期待するだけ無駄というものだ。
しかも相手が美少女だからより反応に困る。
イヌやお菊や歩ニといった人間以外の異性は気にならなかったんだけどね。
メイスで脅して黙らしたのはやり過ぎたかな。
見知らぬ地でオッサンに呼び出され、その相手が危険な物を何食わぬ顔で身に着けていたのだ。
彼女に悪気はなく、むしろ私を気遣っての行動だったのにそれを無下にしてしまった。
「イヌ」
私の呼びかけに応じたイヌが、催眠おじさんの体から堕犬娘の体に切り替えた。
同性の堕犬娘になれば多少はインパクトも和らぐかと思うのだが。
「私の偏った知識ですと、こうした相手にはスキンシップが意外と効くはずです。とりわけハグすることで、気持ちの共有や多幸感を与えてくれますよ」
「本当に偏った知識だな。というか私がそんなことしたら事案にならないかな」
「なに言ってるんですか。今のマスターは美少女なんですよ。女同士でハグするならセーフです」
深夜のテンションのせいかだろうか。
そう言われるとそんな気がしてきた。
初対面の相手にそれはどうかと思うも、やれるだけやってみようという気になってくる。
けど、ハグは止めとこう。
彼女に近づくと拳をギュッと握りしめていることに気づいた。
その手を上から両手で包み込み、膝を曲げて下から顔を仰ぎ見る。
眼の端に涙を浮かべていた。
こうして近くで見るとまだ中学生ぐらいの年頃に思えた。
気まずいな。
どうしよう。カードが勿体ないけど催眠スキルでこの十数分の記憶を消しちゃおうかな。
良からぬ考えが浮かぶ。
って、いかんいかん。
「えっ……誰?」
「イチローだよ。いきさつは省くが、私はオッサンになったりイヌ耳娘の体になれてね。この首輪の力によるものさ。イヌと名付けてるんだけど、この首輪も君に危害を加えないよ。一応、私がこいつの手綱を握っているから大丈夫だよ」
首輪のアクセサリー部分を片手で握りしめる。
「あぁっ。酷い! ……でもそんな所も好きです!」
アクセサリーを更に強く握ってイヌを黙らせる。
これでこいつが危ない物だと考え直してくれるだろうか。
もうあと一押しするか。
カルシファーの視線と合わせたまま立ち上がる。
今度は見上げる側となった彼女に向けて半身になって両腕を広げる。
「我が名がイチロー。呪いの首輪に愛されし陰と陽の体を持つ者。そしてあらゆる存在を世界を超えて召喚し、全てを我が物とする傲慢の化身なり。同胞よ。この深淵の箱庭を探求し、共に自由を手にしようではないか!」
恥ずかしい!
昔を思い出しながら言ってみたけどこれはキツイ。
カルシファーはキョトンとした表情で固まっている。
また失敗したか。
そう諦めて催眠スキルを発動しようか悩んだ時。
「……ククッ。同胞に恥ずかしい姿を見せてしまったわね。仮初の弱き姿はもう捨てた。よかろう。同胞とも契約を結びましょう。今を持って我が身と魂は同胞に捧げるわ。共に光さす未来を探求していこうではないか」
今度はカルシファーの方から手を差し伸べてきた。
よっし。
ノッてくれた。
カードを無駄にせずに済んだし、関係修復も出来たようだな。
「それじゃあ、よろしくねカルシファー。私の事は変わらず同胞でもなんでも好きに呼んでいいからね。他の皆にも紹介したいんだけど夜も遅いから朝になったら紹介してあげるよ」
こうして私はカルシファーと握手を交わして新しい仲間を迎えたのだった。
「むう……同胞よ。この忘却されし言語は扱わないのか?」
どうやらカルシファーに中二病仲間として認められたようだ。
忘却されし言語というと、中二セリフの事だよな。
経験者だから間違ってはいないんだけど、ゴリ将たちの前でもこの喋り方をするのは断固お断りだ。
「えっと、そうだな。私がその忘却されし言語を使うのは、二人きりの時だけにしようかと思う。誰かの前でおいそれと使うのは危険だからね。私が忘却されし言語を使えるのは二人だけの秘密だ」
「二人だけの秘密……ね。フフッ」
中二病の好きな秘密というワード。
実際は、イヌも聞いて知ってるけどこいつは例外だ。口止めは簡単にできるからな。
その後、カルシファーに明日の予定を教えた。
チュートリアルダンジョンの説明などはゴリ将同様、召喚時に知識を得ていたそうなので簡単に済ませた。
索敵役も快く引き受けてくれたし、ファイアロッドを武器として貸してスキルチケットを買い与えておいた。
「これが世界に秘された力。原初の火とこの身に授かった力は、同胞とその仲間たちのために使うと誓おう」
カルシファーは満面の笑みでそう宣言した。
その表情には先ほどまでの甘さの残った様子はなく、真剣に現実を向き合っていると感じられた。
最後に寝る場所をどうするか話した。
猿の間にはゴリ将たち猿軍団とお菊がいる。
まだちゃんと顔合わせせずに一緒の場所で寝かせるのは、また面倒ごとの種になるのは目に見えている。
今日だけはカルシファーを私の部屋で寝かせることにした。
私はというと、血を大量に亜空間保管した後、猿の間で他の皆と共にマットと布団を敷いて毛布にくるまって雑魚寝することにした。
カルシファーが私が自殺するのを目にして早々に気絶したので、予想よりも早く床につけたがこの日一番嬉しい出来事だった。