第23話 出発前のドタバタ劇
錬金術スキル。
自前で用意した錬成素材と自らの手で構築した錬成陣で様々な物を錬成出来るスキルだ。
無から有は創造出来ないが、手元にある物を使って新しい物を作り出せる。
掲示板でよく話題に上がる人気スキルの一つだ。
また、錬成が成功するかは使用者の忍耐と知恵と腕前次第の難物スキルとしても有名である。
錬成陣を構築しようとすると錬成素材を中心に、半透明な線で形成された錬成陣が出現する。
この半透明な線を正確になぞらなければ錬成陣は完成しない。
これが難しかった。
錬成陣の構築には時間制限があり、しかも分離、抽出、濃縮、変質、合成、加工などの工程ごとに、錬成陣も異なる種類が用意されている。
ちょっとでも線からズレるか、構築の制限時間を過ぎると失敗して再トライしなければならない。
失敗するとスキルレベルが低いほど確率で材料の品質が下がり、何度も失敗し続けると最後は謎の物体が出来上がる。
つまり各手順ごとにイライラ棒を連続で成功し続けなければならないというわけだ。
まず私はバケツに溜めた血を体液毒化スキルLv3で毒液に変化させた。
体液毒化スキルLv3の毒は、酸性の毒で触れた部分をじわじわと溶解させる効果があった。
大量の自身の体液を毒液化しないとスキルレベルが上がらない体液毒化スキルは、そのスキルレベルの上げ方から不人気スキルだった。
体液毒化スキルLv1で扱える呪毒を使うなら、普通に毒武器や毒液を手に入れた方が手っ取り早く相手を殺せるからな。
だからこそショップで安く購入できたわけで、人面犬を殺すことに心血を注いでいた当時はそこまで気にしなかった。
体液毒化スキルのスキルレベルをここまで上げたのは、全身の体液を毒液化して自殺する私ぐらいしかいないだろう。
酸性の毒も、身をもって味わったから効果のほどもよく理解している。
私が知る限りこの毒は時間が掛かるがなんでも溶かせる。
なぜ投擲武器に酸性の毒を選んだかというと、チュートリアルダンジョンの2階層はアンデッドモンスターが多そうだったからだ。
ゾンビやスケルトンには麻痺毒は効かないが、物を溶かせる酸性の毒は有効だと思ったのだ。
血を毒液に変化させた後は、錬金術スキルで毒液の毒成分を抽出し、液体と毒成分の2つに分離した。
より強力な酸性の毒にするため毒成分の比率を上げて、溶解する特性を更に高めた。
毒成分を強めた毒液の表面には、残っていた液体を覆うように凍結させてアイスボールにした。
この過程で何度も失敗はあった。
毒成分の比率を間違うと毒液ボールがすぐに中から溶けてしまい手が崩れて大怪我をしたし、アイスボールの厚みが薄くてもそうなった。
逆にアイスボールの厚みを厚くしすぎると標的に当たっても割れないので、強く握っても問題なく、標的に当たれば割れるちょうどいい塩梅を探るのに苦労した。
そもそも投擲しやすいようにボール状に加工するのが大変だった。
各工程の錬成陣が上手く出来ずに錬成素材を駄目にした回数は10回から先は数えていない。
完成したらしたで、このままだと中身の毒液が表面のアイスボールを溶かしてしまうので、完成次第急いでイヌの亜空間の中に突っ込んだ
亜空間の中は時間経過しないので保管に便利なのだ。
こうして完成した投擲武器は毒液ボールと名付けた。
亜空間から出したらおよそ5秒で中身の酸性の毒が、外殻のアイスボールを溶かして外に溢れるので素早い投擲が必要だ。
これを皆が起きるまで幾つも錬成し続けた。
最後に血を溜めたバケツも亜空間に入れて、チュートリアルダンジョンの休憩中でも追加で毒液ボールを錬成できるように準備しといた。
時間経過しない亜空間が無ければ使用不可能な投擲武器だ。
他の皆にはお勧めできないな。
一応、皆が使える投擲武器として、防犯用カラーボールの様な標的に当たったらボールが割れて中身の液体が付着するのを想定している。
コンビニなどの施設から逃走する強盗相手に投げるアレである。
ただし中身が毒液という危険極まりない毒液ボールだ。
ボールにはプラスチックプラスチック素材を使うつもりだ。これは鍋料理の食材の包装素材を流用しようかと思う。足りなければショップでプラスチック製品を購入して錬成素材にすればいい。
酸性の毒は難しいかもしれないが、体液毒化スキルLv2の麻痺毒なら1階層のモンスターには効く。
まあ、次回の休みの日にでも覚えていたら作ろう。
「これはどうしようかな」
失敗してできた謎の物体は、黒ずんだ色でブヨブヨとした肌触りの水風船の様な物体だった。
焼き餅の様に膨らんでは縮んでいる。
これはあとでチュートリアルダンジョンに捨てとくか。
そう決めた私にイヌが声を掛けてきた。
「お疲れ様です、マスター」
「イヌもお疲れ様。お前の助言のおかげで錬成工程が短縮したよ」
「マスターに素直に褒められると気恥ずかしいですね。自分は動ける体を持ちませんから、口と頭をよく働かせているだけですよ」
「動ける体か……」
首輪型のインテリジェンスアーマーであるイヌは、本当は皆みたいに自由に動ける体が欲しいのかもしれないな。
「どうしました、マスター?」
私の様子を気にしたイヌの声を聞いて、少し浮かんだ思考を脇に追いやる。
いつかイヌの体を作ってやるのもいいかもしれないがそれはずっと先の話だ。
先の事より今やるべきことを一つ一つやっていこう。
「いや、もう皆が起きる時間帯だしサモンマルチバースカードのデッキを引こうと思ってな」
日も既に変わっているので、サモンマルチバースカードを発動することにした。
デッキからカードを引く前に、イヌの亜空間の渦から運命のサイコロを取り出した。
運命のサイコロは、振って出た目が偶数か奇数かでその効果が変わる。
私は手の中で転がしてたサイコロを床に振った。
コロコロと床を転がる運命のサイコロ。
壁にぶつかり角度を変えて部屋の出入り口辺りで止まった。
近づいて出た目を確認すると奇数だった。
死の運命が私を襲う……か。
「ウッキー」
その時。
私を起こしに来ただろう一体の猿山脈の歩兵が部屋に入ってきた。
たぶん班長を任せた歩イチとは別の歩兵だ。
(たしか歩ニと名付けた歩兵だっけ)
雌の猿山脈の歩兵だと宴で教えられたのは記憶に新しい。
おそらく毒液ボールの錬成でいつもより遅い私を心配してのことだろう。
その心遣いは嬉しいのだがタイミングが悪い。
そこから先はまるでよく計算された芝居のような流れだった。
チュートリアルダンジョンの探索に行くと、前日に私が言っていたので武装していた歩ニ。
彼女が入室すると同時に、床に置いていた謎の物体がなんと破裂したのだ。
パンッと銃声に似た音が響き渡る。
歩ニは装備していた片手剣と盾をすぐに構えて私に近寄ってきた。
敵襲かなにかと勘違いして私を守ろうとしてのことだろう。
元の世界は戦争ばかりだったそうだし身に染みた咄嗟の行動か。
緊急時の対応として最良の選択だ。
だが足元の確認がおろそかだった。
近寄ってきた歩ニが、床に転がったままだった運命のサイコロを踏んづけてしまう。
「ウキッ!?」
前方に転倒する歩ニ。
この時、彼女は思わず手にしていた片手剣と盾を手放してしまう。
訓練された歩兵にあるまじき行いだ。
これも死の運命のせいか。
放物線を描いて片手剣が吸い込まれるように私の喉目掛けて飛んで来た。
「マスター!?」
イヌが慌てた声を上げる。
何か来ると身構えていた私は咄嗟にその場を飛びのいた。
ちょうど歩ニと私の立ち位置が入れ替わる形で危機を脱した。
床に手を突き、壁に突き刺さる片手剣と近くに転がる運命のサイコロをチラ見して死の運命を実感する。
危ない所だったな。
「何事ですか、主殿!」
胸をなでおろしていると、謎の物体の破裂音を聞いてゴリ将が部屋に駆け込んできた。
(あっ、まずい)
扉が無いので通路から私が無事なのは分かっだろう。
とはいえ何があったのかと駆け足で来たようだ。
そのゴリ将の目には私しか映っていない。
仕える主を第一に考えての忠誠心。まさにあっぱれの精神だ。
だが、小さなサイコロの存在には気づいていない様子だった。
繰り返される転倒劇。
出入り口で避けた体勢――しゃがんだ状態の私にゴリ将のボディプレスが決まる。
普通のゴリラより巨体のゴリ将の体重が一気に私を押し潰す。
勢いよく駆け込んできたものだから加重も余計にかかる。
圧死だった。
蘇った後はゴリ将と歩ニに謝られ続けた。
2体とも切腹しますといった感じだった。というか本気で自刃する気だったので、それを止めるのが大変だった。
普通サイコロであんなに転ぶなんてあり得ないし、戦闘のプロである彼らがあんな醜態をさらすはずがない。
死の運命の前ではあり得ない事も起こるということか。
ちなみにサモンマルチバースカードで引いたカードは邪気眼の使い手だった。
明日、引けれるカードに期待しよう。
白マナカードが出れば信仰篤きユニコーンで、黒マナカードが出れば邪気眼の使い手を召喚できる。
どちらもあと1枚マナカードがあればいいのだ。
さて、気を取り直してチュートリアルダンジョンの探索である。
私、歩イチ、歩ニが率いる3班が別々の道行きでモンスターを倒していく。できたら宝箱の中身も欲しいがな。
猿山脈の歩兵を今日もゴリ将に召喚してもらい14体に増えたので、歩イチ、歩ニの2班は1班7体ずつの編成だ。
「今日は1日かけてDP稼ぎをする予定だ。各班長には地図を渡してある。歩イチたち2班はマイルーム近辺のモンスターを狙ってくれ。すまないが食事に関しては現地調達で用意することになる。あと飲み水についてだが、水を満たした鍋を各班持って行ってもらうから慎重に運ぶように」
鍋は昨日、鍋料理で購入した3個の鍋のことだ。
大人数用なので底が深く水を多く入れられる。これに蓋をして運べば大丈夫のはずだ。
歩イチの班にはスキル付与された水筒と鍋を1個。歩ニの班には鍋2個を持って行ってもらう。
それで今日1日の飲み水を賄ってもらう。
水を入れた鍋を運ぶから歩みが遅れるだろうが仕方ない。
念のためマイルームの湧き池の水を汲みに戻るのも許可しといた。
その代わり私の班はイヌの亜空間に水瓶を入れて、チュートリアルダンジョンの中間地点を中心にDP稼ぎをするつもりだ。
罠の位置も道順も分かるので、最短距離を選んで進めば昼前には中間地点まで行けるだろう。
移動も戦闘も速度重視だ。
ダッシュで移動して、1階層のモンスターを秒殺すればいい。
堕犬娘の私とゴリ将とお菊が同時にかかれば、複数のモンスターと遭遇しても対処できる。
「それじゃあ、皆。気張ってDP稼ぎに行こう!」
私の掛け声に応じて各班はチュートリアルダンジョンの移動を開始した。