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第22話 宴と素寒貧

 チュートリアルダンジョンに繋がる金属扉がある小部屋。

 猿の間からこの小部屋に逆戻りした椅子に座り、机に置かれたコアパソコンを開き、私はイヌと一緒にオークション画面を眺めていた。


「うーん。前回と比べるとDPの伸びがいまいちですね」


「なに言ってるんだ。DP2万4000ポイントの稼ぎじゃないか。私はこれで十分だと思うぞ」 


 自撮り撮影会で撮った私のあられもない写真はオークションで高額で落札された。

 前回ほど高くは売れなかったが、急遽行われたことなどを考えるとまずまずの結果だった。

 元々の所持DP分も足して、DP2万4550ポイントになったのだ。


 オークションに出品した写真は前回と同じ5枚という枚数だったが、これ以上は高望みというものだろう。

 だというのにイヌは不満そうだった。


「せっかくお菊さんが協力してくれて、前回とは違った魅せ方をしたんですよ。どうも今回の写真の良さは素人には分からなかったようですね」


「素人って……」


 こいつはどんな立場からモノを言っているのだろうか。


「ですが自分は諦めませんよ! まだマスターにはおっぱいマウスと言う三次元の魅せ方があるんですから。ふっふっふ」


 イヌのテンションが高い。

 そんなイヌとは逆に、どんよりとした雰囲気を醸しだす日本人形が机の端に座っていた。


「はぁっ。ウチは何をやっとるんじゃろうか。召喚された初日に姐さんの素肌に引っ付いて、あんなことやこんなことをぉ……」


 自己嫌悪に陥ったお菊が、呪いの人形みたいな雰囲気を放っていた。

 どうやら写真に写らないよう背中にしがみ付いて、髪結伸縮かみゆいしんしゅくスキルで髪ブラや様々な髪型を代用したのが堪えているようだ。

 模擬戦の後にウィッグ扱いだから、その落差もあって余計に落ち込んでいた。


「そんな落ち込まないでください、お菊さん。むしろ役得だったと思いましょうよ」


「おどれと違って、ウチは姐さんにふしだらな気持ちを抱いとらんわい!」


 この数時間の短い付き合いで、お菊はイヌのことをよく理解できたようだ。

 お菊が噛みつくように声を荒げた。

 ちなみにお菊が私を姐さん呼びしたのは今の私の体が堕犬娘のままだからだ。

 わざわざ着替えるのが面倒だった私は、自撮り撮影会後も堕犬娘の体で過ごしている。

 今の格好はポニーテールの髪型で、水着の上着の上からジャージを羽織って下はホットパンツという組み合わせだ。

 我ながら凄い恰好をしていると思う。


「ほお、そんなことを言っていいんですか。自分は、背中に回ったお菊さんがどうしてたか知ってるんですよ」


「はぁ!? お、おどれは何を言うとるんじゃ!」


 先ほどまでと打って変わって、お菊が戸惑った様子で後ずさる。

 私が知らない所で何かあったようだ。


「ここで言っていいなら話しますけど、本当に話していいんですか?」


「うぐっ」


「ふふん」


 イヌのこの発言が決定打だったようで、お菊は口をつぐんでうな垂れてしまう。

 お菊の弱みを握ったイヌは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

 そうして更に畳みかけようとするイヌを私は押し黙らせた。

 具体的に何をしたかというと、まだ喋ろうとする堕犬の首輪のアクセサリーをギュッと握り締めた。


「あうっ。マ、マスター……」


 以前もこうして黙らせたことがあるので効果は抜群だ。


「これ以上の言い合いは駄目だぞ。喧嘩をするなとは言わないけど、遺恨を残すような事はするな。それに仲良くしろと私は言ったはずだぞ」


 初めてお菊と会話した時に、マウントを取ろうとするイヌに釘を刺した。

 もう忘れてしまったのだろうか。

 首元に視線を下げて軽くイヌを睨む。


「すみません、マスター。以後気を付けます。ですからもっと――」


 尻すぼみに声を出すイヌ。

 最後の方の発言はおかしかったけど聞き流すことにする。イヌの発言を追及するとややこしいからな。

 首輪から手を離し、お菊を見下ろす形で話しかける。


「お菊もそう気に病むなよ」


「ですが姐さん。ウチは……」


「私はお菊が何をしてようがどう思ってようが気にしないよ」


 お菊の頭に手を置き軽く撫でる。

 滑らかな肌触りの黒髪がそのせいで乱れるも、お菊は気にした様子もなく受け入れてくれた。


 こうして私の仲介もあって、お菊とイヌは本気でいがみ合う事はなくなった。

 仲良しとまではいかないが、これから仲間としてやっていけるだろう。



 さて、一番を騒ぎを起こしそうなイヌに二度も釘を刺したのでもう大丈夫だろう。

 オークションでのDP稼ぎも済んだことだし、これでお祝いの買い物をできるな。



 稼いだDPの全ては、お祝いで飲み食いする物に消費された。

 猿山脈の歩兵13体とゴリ将、お菊、私という大人数で飲み食いするので、質より量を優先してショップで買い物をした。

 

 祝いの食事は皆で囲んで食べれる鍋にした。

 大人数の食事にはうってつけだ。


 まず鍋とスキル付与されたコンロを3個ずつ。そして人数分のコップと皿と箸を購入した。

 次いで酒と豆腐と野菜と豚肉。締めの乾麺を大量に購入して、鶏がらスープの素と各種調味料も購入した。

 最終的に所持DP200ポイントという、オークション前よりも低い所持DPになってしまった。


 セット売りや賞味期限ギリギリの安物でもこれだけしたのだ。

 ドラゴンの肉や高級酒などを普通に飲み食い出来るようになるのは先の話だな。


 買い物が終わったら猿の間で鍋料理を作り始める。

 豆腐と野菜と豚肉を以前買ってあった包丁でカットする。

 だし汁を作って豆腐と野菜と豚肉をそれぞれの鍋に入れて煮込む。

 3つの鍋を囲む席順を決めたりしていると、あっという間に時間が過ぎて鍋が良い感じに煮えてきた。

 皆が私の隣に座ろうと白熱の戦いを繰り広げるという一幕もあったがここは割愛しとこう。


「そろそろ出来たようだな」


 よく煮えた鍋の中身を見ながら呟く。

 ちなみに私が囲む鍋にはイヌは当然としてゴリ将、お菊、歩イチたち班長2体がいる。

 他の11体の猿山脈の歩兵たちは残る2つの鍋をそれぞれ囲んでいる。


「これが鍋料理ですか。初めて食べる物ですが美味しそうな臭いがしますな」


「ウキッウキ-」


 ゴリ将が鍋に顔を近づけて顔をほころばせている。

 早く鍋料理が食べたくて仕方がないのだろう。

 歩イチたち猿山脈の歩兵も今か今かと箸と皿を持ってスタンバイしている。


「ゴリ将の兄貴の言う通り美味そうな感じでやすね」


 お菊も近寄ってきた。

 その手には小さな取り皿をちょこんと持っている。


「そう言えばお菊さんは人形なのに飲み食い出来るんですか?」


「おどれは本当に今さらの質問をするのう」


 イヌの質問にお菊は嫌悪感を隠さずに正直に答えた。


「まあ、もっともな質問じゃから答えたるわ。確かに普通に飲み食いは出来ん。だが付喪神であるウチは精霊の側面も持ち合わせとるんじゃ。精霊は祀られることがあるからのう。供物という形で飲み食いが可能なんじゃ。長い年月を生きたウチみたいな付喪神ほど精霊の色が濃くなるっつうわけよ」


「ほう、そうだったのか。お菊は凄い付喪神だったんだな」


 よかったー。

 お菊があまりにも人形っぽくないので私も飲み食いの問題を忘れていたよ。

 ここは何食わぬ顔でヨイショしとこう。


「にひひっ。姐さんにそう言われると照れやすね」


 お菊の黒髪が波打つ。

 どうやら恥ずかしがっている様だ。

 人形のお菊は表情を変えることができないから、髪の動きで感情を表現しているようだ。


「お祝いの席だ。私が料理をよそってあげるから皆の皿を渡してくれ」


「主殿にそんなことをしてもらうわけには……」


 ゴリ将が畏まった様子で辞退しようとする。


「気にするな。私がしたいからするだけだ。変に気を回されると逆に私が困ってしまうよ」


「でしたら、お言葉に甘えてお願いします」


 ゴリ将が折れたことで皆の分を私がよそうことに決まった。

 各鍋を見て回り全員に料理が行きわたると安酒を注いだコップを掲げる。


「それじゃあ皆。1階層攻略とお菊の加入を祝って……乾杯!」


 こうして始めた鍋パーティーは色々あったが無事に終わった。

 ゴリ将と私でどちらが多く酒を飲めるか勝負して勝ったり、酔ったお菊がイヌに食い掛ったのをお仕置きしたり、猿山脈の歩兵たちとの仲を深めたりもした。

 酒の勢いで皆の胸襟を開いた話を聞けたし、私もここに来て久しぶりに純粋な気持ちで楽しんだ。



 そして皆が酔いつぶれて寝静まった頃。

 私は猿の間から抜け出して私室である小部屋へと向かった。


「マスター。明日からまたチュートリアルダンジョンの探索をしに行くのに寝なくていいんですか?」


 睡眠という機能がないイヌが心配そうに聞いてくる。

 同じ器物でもお菊は酔い潰れて寝ている。付喪神である従魔のお菊はどちらかというと生物的な要素が多いようだ。


「寝る前にちょっと明日の準備ををするだけだよ」


 どうせまだ今日は体液毒化スキルの練習もしてないから


「マスターのスキルをですか。一体何をするんですか?」


「体液毒化スキルと錬金術スキルを使って遠距離武器を作るんだよ」


「ああ、ありましねそんなスキルが。すっかり忘れてましたよ」


 イヌの言葉に私は苦笑いしてしまう。

 ここ最近の戦闘で全く使わなかった体液毒化スキルと、取得してから手付かずだった錬金術スキル。

 忘れていたと言われても仕方ないか。


「ゾンビがいる2階層だと嗅覚による索敵役を十分に果たせそうにないからね。だから遠距離武器を作ろうと思うんだ」


 あの死臭と腐臭は口で息して我慢するつもりだが、今のままだと私が役立てる気がしない。

 優れた五感の内、嗅覚と聴覚が特に索敵に役立っていた。

 聴覚だけだと索敵の範囲と正確さが格段に落ちてしまう。


「確かに後半のチュートリアルダンジョンのマスターって、索敵ぐらいしかしてませんでしたね」


 イヌの癖に痛い所を突くな。

 まあ、事実だから否定しようがない。


「2階層に挑むメンバーは私、イヌ、ゴリ将、お菊。あとは移動中に増やす猿山脈の歩兵たちと召喚するユニットが入る予定だ。索敵効率は下がるけど戦闘面での心配はないメンバーだ」


 索敵の問題は、とあるユニットを召喚すれば解決するからそれほど気にすることでもない。

 それより私が役立たずなのが問題だ。

 皆に敬ってもらっておいて、肝心のチュートリアルダンジョンの探索で何もしないでいるのは流石の私も居たたまれない。


「明日の探索は、そのメンバーにしたマスターの班と歩イチさんたち2班でDP稼ぎをするんですよね」


「だから明日の探索で、遠距離武器の試しをしたいんだよ」


 話している内に私室に到着した。

 私は会話を続けながらこれから使う道具を用意する。


「初めての錬金術スキルで自作の武器を作るんですか?」


「私だって簡単に実践で使える物が出来上がるとは思っていないさ。体液毒化スキルの毒液を、ボールか何かに入れて投擲武器みたいなのができればなあって考えてるんだ」


 錬金術スキルが掲示板通りのスキル内容なら出来ないことではないが、実際にやってみない事には分からない。

 

「マスターなら大丈夫ですよ。自分はマスターなら出来るって信じてますから」


「その期待に応えて頑張るとするよ」


 普段はアレなこいつだけど、仲間の中で一番私を信じてくれているのは疑いようがない。

 愛が重いというかキモい奴だけど、それ以外の部分は最高の相棒なのは認めている。

 口に出すとイヌが調子に乗るのは目に見えているから言わないがな。


 包丁で喉を掻っ切ってバケツに血を溜めながら私はそんなことを考えるのだった。


「またですか、マスター!!」

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