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第20話 黒髪鬼とゴリ将の模擬戦

「ゴリ将の兄貴。模擬戦とはいえ全力でいかせていただきやす」


「吾輩の方こそ手を抜くつもりはありませんぞ。お菊殿もそのつもりで掛かってきてくだされ」


 私達から離れた位置についたゴリ将とお菊が言葉を交わし合う。

 あとは私が開始の合図をするだけだ。


「準備できたようだな。それじゃあ……始めっ」


 私の合図とともに模擬戦が開始した。

 先に動いたのはお菊だった。

 身にまとった黒髪鬼の体を動かしてゴリ将に迫る。


「死に晒せぇ!」


 兄貴呼びしてた相手に向けての殺害宣告。

 イヌとのいがみ合いでもそうだが、お菊はキレやすい性格なのだろうか。模擬戦の相手にすらキレかかっている。


 そう思ってるとゴリ将の間合いに入る直前に黒髪鬼が右手を突き出した。


 手の先から大量の髪の毛が噴出する。

 蜘蛛の巣状に広がる髪が瞬時に編まれていく。


 そうして黒幕となった髪がゴリ将と黒髪鬼の間に広がる。

 ゴリ将の視界を潰す目的らしい。

 言葉とは裏腹にお菊は冷静に戦術を組んでいたようだ。


 覆いかぶさるように黒幕がゴリ将に向かっていく。

 それに対して低く身構えたゴリ将は両手に持った2本の剣を素早く振るった。


「ふんっ」


 銀閃がきらめくと黒幕が斬り刻まれた。

 剣が触れる時に硬質な音がしたから重硬化じゅうこうかスキルが発動していたようだ。

 だが簡単に斬れたことから硬さと重さをそんなに上げていなかったようだ。

 視界を潰す目的だけならただの黒幕で良かったはずだ。

 あわよくばゴリ将を黒幕でからめとる算段もあったのだろう。


「ゴリ将は当然だが、お菊も強いな」


 黒幕を突破したゴリ将の死角から黒髪鬼が不意打ちを仕掛けた。

 あれだけ大声を出していたのが嘘だったかの様に足音もなく移動して殴りかかったのだ。


 身軽な体ならではだろう。髪で出来た黒髪鬼ならば足音を立てる心配がない。


 キレかかったのはブラフだったのか。

 言動に反して隠密行動も出来そうだな。


 ゴリ将の上段から振り下ろされた剣を黒髪鬼が右腕で防ぐ。

 金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。


 黒髪鬼の体に重硬化じゅうこうかスキルを掛けたようだ。

 スキルの弊害か黒髪鬼の動きが、先の移動よりも遅い。


「髪の噴出と黒幕が編まれるスピードが速かったですね。髪結伸縮かみゆいしんしゅくスキルを習熟していないと出来ない芸当ですよ」


「そうだな。それにゴリ将の剣とぶつかり合えるだけの力と硬さがあるようだ」


 接近戦はゴリ将に分があるっぽいが十分な実力があるのは見て分かる。


「マスター。黒髪鬼の足元をよく見てください」


 イヌに言われてゴリ将と近接戦闘を繰り広げる黒髪鬼の足元を見る。

 だが催眠おじさんの視力だとよく見えなかった。

 眼鏡が必要ってほどではないが、中年おじさんの視力に期待してはいけない。


 そんな私に気づいたイヌが堕犬娘の体に置換してくれた。


 着ていたシャツとジャージが催眠おじさんと堕犬娘の体格差でぶかぶかになる。

 ずり下がったシャツの襟元から15歳という少女の体に似つかわしくない深い谷間が現れる。

 着ている服はそのままで、体のみの置換だからこういうことが起こるのだ。

 私は慌てず騒がずジャージの胸元のチャックを押し上げた。


「ああっ、そんな勿体ない」


 イヌが情けない声を上げる。

 こんな時でも私に対して変わらずセクハラをするこいつの頭の中が心配になる。

 さっきまで解説役的な発言をしていた奴とは思えない。


 イヌを無視して五感に優れた堕犬娘の視力で黒髪鬼の足元を注視する。

 するとイヌの言いたかったことが分かった。

 石床に広がる細い髪の毛が何本もあったのだ。


「あれは……」


「たぶん黒髪鬼の感覚器官の役割を果たしているのでしょう。黒髪鬼の弱点である本体のお菊さんは中に閉じこもっています。ですがそれでは外部の情報を得る手段がありませんから、ああして対応しているのでしょうね」


 先ほどのセクハラなんて無かったようにイヌが解説してくれる。

 こいつの精神構造はどうなってるのか。


「感覚器官か……どうやら足元の髪の毛だけじゃないみたいだぞ」


 黒髪鬼を注視していると、その体からも足元の物よりも細い髪の毛が空中に漂いながら生えていることに気づいた。

 重硬化じゅうこうかスキルは発動していないようでゴリ将が振るった剣で簡単に切られていた。  


 だが斬ったそばからすぐに伸びてしまうので黒髪鬼の戦闘に支障はないようだ。

 ゴリ将からしたら鬱陶しくて仕方ないだろう。

 戦闘中に足元や目の前で髪の毛があるのだ。

 私なら気になってしょうがない。


 しかも意識を外した髪が針状に束ねられてゴリ将の背後から襲い掛かってきた。

 寸前で髪針かみばり攻撃に気づいたゴリ将が横に飛んで躱す。

 このままだとマズイと思ったのかそのまま黒髪鬼から離れた位置に下がる。


 周囲に広がる髪の領域。

 その全てが黒髪鬼の感覚器官であり武器となるのか。

 これは手強いな。


 黒髪鬼はその場から一歩も動くことなく攻撃を仕掛けた。

 体から髪の毛を大量に伸ばし8本の槍を編んだのだ。

 柄の先端から黒髪鬼に繋がった髪の束で軌道修正も可能なようだ。

 8本の槍がゴリ将に向けてミサイルの様に放たれた。


「これでしまいじゃぁ!」


 息もつかせぬ猛追。

 お菊が気炎を上げて止めを刺そうとする。


「これで勝負は決まったかな」


「いえ、ゴリ将さんが勝負に出るようですよ」


 軌道修正された8本の髪の槍が四方八方からゴリ将を襲う。

 それに対してゴリ将は正面から突っ込んだ。

 前方の2本の槍の軌道を双剣で巧みに逸らして黒髪鬼に接近したのだ。

 目標を外した槍が石床をうがち突き刺さる。


 今度は逆に黒髪鬼がゴリ将を迎え撃つ形だ。

 髪のテリトリーに入ったゴリ将の足に髪の毛が絡みつく。

 だがそれではゴリ将の動きを止められない。


 絡みついた髪の毛を足を止めることなく、足の力のみで無理やり千切って進む。

 髪針を斬り払ってゴリ将は再び黒髪鬼の元にたどり着いた。


「ちっ。ならこれでどうじゃ!」


 黒髪鬼の全身がうねり無数の髪針かみばりがゴリ将に向けて飛び出した。

 攻防一体となった針山の黒髪鬼。

 対するゴリ将は両肩から鎖を伸ばして黒髪鬼の周囲を覆った。


「な、なんじゃあこれはっ!?」


 黒髪鬼の針山よりも鎖の展開速度が速かった。

 黒髪鬼は何重にも巻かれたドーム状の鎖に閉じ込められてしまった。


「これで勝負ありですかな」


 ゴリ将がそう言うと鎖のドームが縮小し始めた。

 黒髪鬼は鎖の隙間から髪の毛を伸ばして抵抗する。

 ゴリ将は双剣でその全ての髪の毛を斬り落とした。


 次第に鎖のドームが狭まっていく。

 すぐに縮小しないのはお菊の降参宣言を待っているからだろう。

 お菊はこれ以上どうすることも出来ない。


 黒髪鬼の体を重硬化じゅうこうかスキルで守ればいいかもしれなが、それでは自分から髪の牢屋に閉じこもったも同然だ。

 抵抗を最後まで続けたお菊だったが、ついには本体であるお菊のサイズまで鎖のドームが縮小してしまった。


「ああっもう! 降参じゃ! ウチの負けを認める!」


 お菊が鎖の中から降参を認めた。

 模擬戦の終了だ。


「なかなか見ごたえのある模擬戦だったな」


「ええ。お菊さんの戦闘力は十分モンスター相手に通用するものでしょう。とはいえゴリ将さんの方が一枚上手でしたね」


 お菊は大量の髪の毛による物量と手数の多さで着実にゴリ将を攻めたてていた。

 普通ならあの猛攻で勝負は着いてしまっただろうが、ゴリ将の技量はお菊を含めて私達の予想以上のものだった。


 定期的に召喚された者同士で模擬戦をするといいかもしれないな。

 それぞれの実力を把握できるし、これから仲間が増えれば上下関係もできてくるだろう。

 なかなか悪くない考えじゃないだろうか。


 そんな事を考えていると、ゴリ将とお菊が私たちの所に戻ってきた。

 黒髪鬼は解除されたのでお菊はゴリ将の肩の上に乗っかっていた。


「ゴリ将もお菊も私が思ってた以上の実力を示してくれたな。素晴らしい戦いぶりだったぞ」


「お褒めの言葉をいただき感謝します。主殿」


 ゴリ将が謙遜しながら答えた。


「ゴリ将の双剣術は凄かったぞ。格闘術と鎖以外の技を使えるとは知らなかったよ」


 薄く細い髪の毛を難なく斬っていたのだ。

 並大抵の腕前ではないだろう。


「元の世界にいた時は戦い続きの日々でしたからな。使える物はなんでもモノにして戦闘技術を磨いておりました」


 SRユニットである猿山脈の大将の名は伊達じゃない。

 改めてゴリ将の強さを知れたな。


「お菊も髪をあんなにも自由自在に操れるとは思わなかったよ。髪結伸縮スキルLv5であれだけ出来るなら、もっとスキルレベルが上がれば更に強くなれるだろう」


 スキルレベルの無いスキルを持って召喚されるユニットと違い、お菊の髪結伸縮スキルは成長性がある。

 今回はゴリ将に負けたが、次がどうなるかは分からない。


「おやっさん……いや、今はあねさんですね。姐さんにそう言われると恐縮しやすね。その期待に応えるためにも、ウチはもっと精進いたしやすよ」


 お菊は前向きに私の言葉を受け止めてくれたようだ。

 実際に堕犬娘となった私の姿を見て、少し戸惑った様子で呼び方を変えたのはご愛敬だ。

 中年おじsんから少女となった私に、変わらずおやっさん呼びをするのは違和感あるしね。

 

「それならば吾輩たちの訓練に付き合いますかな?」


「そりゃあ……ありがてえ申し出ですけどウチなんかが入っていいんですかい」


「お菊殿も吾輩たちと同じ主殿の配下ですからな。戦闘技術は既に身に着けているので、あとは経験を積めばそれだけでも強くなりますぞ」


「ならゴリ将の兄貴のお言葉に甘えさせていただきやす」


「うむ。お互い切磋琢磨して主殿の御力になりましょう」


 模擬戦闘であれだけ激しく戦った2体だが仲は深まったようだな。

 私に忠実な様子だし従魔のお菊とは上手くやっていけそうだ。


「お菊さん。女同士ちょっと頼みたいことがあるんですよ。ちょっといいですか?」


 そんな2体を見てイヌが親し気な様子でお菊に声を掛ける。

 こいつはお菊に失礼な態度を取っていたのを忘れたのだろうか。


「誰がおどれの頼みなんて聞くか。一生黙っとれや」


 やっぱりイヌの態度が気に入らなかったみたいだ。

 お菊は辛らつな言葉をイヌに吐いた。

 それだけイヌと関わりたくないのだろうが、こいつはそんな事で簡単に引く奴じゃない。


「嫌だなあ。もしかしてさっきの自分の発言を気にしてるんですか。まあ、怒るのも仕方ないですよね」


「なんじゃ……よう分かっとるやないかい」


「ええ、分かりますとも。ですが今からお菊さんに頼むことはマスターに関わる事なんですよ」


 こいつ……私を巻き込んだな。

 一体どうするつもりなのか。


「本当ですかい姐さん」


 お菊が疑惑の目でイヌを見つめながら私に問いかけてくる。

 ここはイヌの頼み事とやらに乗っかってやるか。

 このままイヌとお菊の仲が悪くなると、これから共同生活していく上で精神衛生上良くないしな。


「ああ、そうだよ。お菊にはちょっと頼みたいことがあってね」


「姐さんがそう言うなら……いいですけど」


 お菊が嫌そうな声で了承した。

 こうしてイヌの頼み事とやらの話に巻き込まれることになった。


「快く受けてくれてありがとうございます。それでは今からお菊さんの髪を使ってマスターの写真を撮るので手伝って下さい」


 私はイヌのこの一言で全てを理解した。

 自撮り写真だ。

 こいつはお菊を私の自撮り写真の撮影に巻き込むつもりなのだ。


「写真撮影ですかい? それくらいなら別に構いやせんが……」


「いやあ、助かります。実は1階層攻略のお祝いをしたいとマスターが言ってましてね……お菊さんの仲間入り記念と合わせて盛大にお祝いをしたかったのですよ」


 うーむ。

 確かに私はボス部屋に入る前にお祝いをしたいと言った記憶がある。

 イヌが言ってる事とやるつもりの事は私の意に沿ったものだ。


「ですから一緒にマスターの淫らな写真を売ってDP稼ぎをしましょう」


「はあ?」


 やっぱりオークションで自撮り写真を売ってDP稼ぎをするんだな。

 

 別に今日中にする必要はないが……明日DP稼ぎをしにチュートリアルダンジョンに行って、疲れた体で帰ってからお祝いをするよりはマシだろう。

 今からチュートリアルダンジョンでモンスターを倒しても、数時間では微々たる稼ぎにしかならない。


 よし。折角だし私もみんなの為に一肌脱いでやるか。

 こうして私とイヌとお菊により自撮り写真撮影会が始まったのだった。

 

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