第16話 2階層の様子見
「――という訳なので、マスターはもう心配ありませんよ!」
「ああ、うん。そうなんだ」
気が付いたら知らない間にボスモンスターが倒されていた。
しかも私が憑依してた催眠おじさんの封印されていた心が体を取り戻し、皆に迷惑を掛けたとイヌたちに聞かされた。
詳しく話を聞いたところだが、それでもよく分からない私だった。
「とりあえず、もう問題ないんだな」
「もちろんです。マスターの内側に巣くってた害虫もストーンゴーレムも自分が倒したので大丈夫です!」
やけにハイテンションなイヌが言うには、催眠おじさんの心を基にして私に新しいスキルが出来たらしい。
「そうか。ありがとうな、イヌ」
済んだことなら別にいい。
そんなことができるイヌの正体や考えが気になるけれども、短い付き合いだがこいつが私を裏切らないという信用はしている。
イヌが大丈夫と言うならその言葉を信じよう。
「主殿の方こそ体の調子は大丈夫ですかな」
ゴリ将が心配そうに聞いてくる。
どうやら私が体を奪われた影響を案じているようだ。
歩イチたち猿山脈の歩兵もこちらを心配げに見上げている。
「大丈夫だ。むしろ調子がいい気がするほどだよ。ゴリ将たちもありがとう。迷惑をかけて済まなかった」
ゴリ将と歩イチたち猿山脈の歩兵はストーンゴーレムの相手をずっとしていたそうだ。
歩兵の中には軽傷だが怪我をした者もいたので、イヌの再生スキルを使って俺が触れて傷の再生を済ましてある。
「いえ、主殿が大丈夫だならいいのです。そういえばボスモンスターの討伐報酬はどうしますか?」
ゴリ将が少し離れた石床の上に置かれた金色の宝箱を指さした。
久しぶりの宝箱だ。
ボスモンスターのストーンゴーレムを倒すとその討伐報酬が金色の宝箱として出るのだ。
「宝箱か。罠の可能性もあるから離れた位置からゴリ将の鎖で開けてくれ」
掲示板情報だと罠が出た報告はなかったが出来る限り危険性は排除すべきだ。
こういう時、自由自在に鎖を扱えるゴリ将がいて助かる。
私の指示に従いゴリ将が鎖を手足の様に操り宝箱を開けた。
金色の宝箱の中にはチケット2枚が入っていた。
チケットを見ると偽装スキルチケットと従魔召喚チケット(異性限定版)だった。
私は偽装スキルチケットの切り取り線を千切った。
相変わらず見た目の変化は起こらなかったが、これで偽装スキルを手に入れたはずだ。
マイルームに帰ったらステータスを確認しよう。
「あとは従魔召喚チケット(異性限定版)ですね。この場で使うのですか?」
イヌが首輪のアクセサリーを揺らして聞いてくる。
「これはマイルームに戻って落ち着いてから使うよ。それより2階層へ行く転移陣がどこかにあるはずなんだけど……」
従魔召喚チケット(異性限定版)をイヌの亜空間に閉まって周囲を見渡す。
掲示板情報だとボスモンスターのストーンゴーレムを倒せば転移陣が出ると説明されていたのだ。
すると金色の宝箱が溶ける様に消えて転移陣が石床に現れた。
半径2mほどの大きな円とその中に幾何学模様が描かれている転移陣は淡い光を放っていた。
ここを通れば2階層に行けれるはずだ。
「手の込んだ演出ですね。このまま2階層に向かいますか」
「吾輩は構わないですぞ。怪我もしてませんし歩兵たちも軽傷で様子見だけならば支障ありませんからな」
「それなら折角だし2階層がどんな所か確認してからマイルームに戻ろうか」
歩イチたちから1体の歩兵を選んで危険が無いか先に行ってもらい安全確認を済ませた。
2階層へと続く転移陣に足を踏み入れる。
視界がぶれて浮遊感を感じると私は別の場所にいた。
「おおっ。これは!」
冷たい空気と生暖かい風が肌に吹き付けた。
月夜の明かりと星々が薄毛の頭皮を照らし、夜だというのに1階層より若干明るく感じた。
私たちが立っている転移陣の近くには遮蔽物がなかったが、雑草が生えた地面には数えきれない墓石がそこらじゅうに突き立てられている。
そして遠く離れているが右手には暗い森が見えて、左手には洋風の城が丘の上に建っていた。
「まるでホラーゲームの様な場所だな」
「主殿。ホラーゲームとはなんでしょう」
周囲を警戒しているゴリ将が2階層の何かしらのヒントにならないかと聞いてきた。
「幽霊とかゾンビが出てきて怖い思いをする娯楽遊戯の一種……みたいなものだよ」
ホラーゲームを知らない相手には説明しずらいな。
「恐い思いを味わう娯楽ですか。マスターのいた世界は娯楽に飢えているんですね」
「私がいた元の世界だと人気だったけどね」
「吾輩たちのいた世界では戦争ばかりだったので信じられない話ですな」
生体兵器とか言ってたしゴリ将がいた世界は娯楽が少なかったようだ。
軍隊を猿山脈に持ってたようだし争いの絶えない所だったのだろうか。
「それでは2階層のモンスターは幽霊やゾンビとなるのでしょうな」
「確定じゃないけどね」
「あっ、マスター。言ったそばから何かが地面から出てきましたよ」
墓石の辺りの地面が盛り上がると2種類のモンスターが這い出てきた。
腐肉と死臭を漂わせて穴だらけの服を着たゾンビと、兵士が着るような簡素な防具を身にまとい片手剣を持った人間の骸骨――スケルトンソルジャーだ。
ゾンビはうめき声を出しながら近づいてくるが歩みが遅い。
先にスケルトンソルジャーが武器を構えて突撃してきた。
「死者とはいえ剣の扱いは持っているようですな。ですが――」
「ウッキー」
3体の猿山脈の歩兵がスケルトンソルジャーに向かう。
スケルトンソルジャーが近づいてきた歩兵に片手剣を振り下ろした。骨のみの体なのに剣を振る速度はなかなかだった。
先行した1体の歩兵が片手剣を盾で逸らして肉薄する。
スケルトンソルジャーが下がった剣先を上に向けて振り上げた。
だが、その剣先を別の歩兵が盾で止めてしまった。
それに気づくと片手剣を離して後退するスケルトンソルジャー。
その横からもう最後の歩兵が飛び掛かり、スケルトンソルジャーの頭蓋骨を持っていた片手剣で粉砕した。
「チームワークが上がっているな」
風に吹かれて粒子となって消えるスケルトンソルジャーの残骸を眺めながら私は感心した。
ゾンビが近づく前にあっという間に片付いてしまった。
ゾンビの方はスケルトンソルジャーの片がついたと判断した2体の歩兵が既に対処している。
囮となってスケルトンソルジャーの行動を誘導したのが済むと、すぐさまゾンビの足止めに行ったのだ。
ゾンビは掴みかかって噛みつこうとしたり、異様に伸びた爪で引っ掻こうとしてくる。
歩く速度は遅かったが攻撃する動作はそうでもなかった。とはいえスケルトンソルジャーのような武術の動きではなく素人の動きなので歩兵たちは余裕で躱していた。
歩兵たちが同時に片手剣でゾンビの両ひざを斬り飛ばした。
脆くなっていた膝は簡単に斬られてしまい、立てなくなったゾンビが地面へと倒れ込む。
そこにスケルトンソルジャーにとどめを刺した猿山脈の歩兵が走り寄り首を切断した。
スケルトンソルジャーに続いてゾンビも粒子となって消えた。
「うむ。見事であるな」
ゴリ将は配下たちの働きに満足そうに頷いていた。
息の合った動きと流れるように交代して襲う攻撃方法は相手からしたらたまったものではないだろう。
しかし――
「鼻が曲がりそうな臭いですね」
イヌがわざわざ鼻声になって話しかけてくる。
鼻もないのに鼻声を出すとは器用な奴だ。
まあ、確かにこの臭いは辛いものがある。
ゾンビ自体は粒子となって消えたが腐臭はこの場に残っているので臭くてたまらなかった。
「この臭いだと堕犬娘の嗅覚だときつ過ぎるだろうな。鼻が馬鹿になって嗅覚による索敵が難しくなるだろう」
「臭いは我慢するしかないでしょうな。それに、ここに広がる墓地ならば隠れる場所もないので目視で索敵可能でしょう」
「問題は森と城ですね。おそらくあの2つのエリアのどちらかにボスモンスターがいるはずですよ」
確かにあからさまに怪しい感じがする場所である。
モンスターも1階層より違う所が多かった。
ゾンビは臭いの問題があるし、スケルトンソルジャーも戦闘技術を持ち思考して行動していた。
2階層に入ってすぐに複数出現したことから、どちらも数が増えれば面倒な相手になりそうだ。
「とりあえず様子見も済んだことだしマイルームに戻ろう」
私たちは2階層を後にして転移陣で1階層に戻ると、マイルームへと日にちを掛けて戻るのだった。
7日後。
無事マイルームに戻った私たちは体を洗い、中部屋で各自食券を選んで買うと食事をとった。
そしてゴリ将たちには中部屋で休むよう伝えて、私は私室の小部屋で休むことにした。
寝る前にサモンマルチバースカードのスキルを発動する。
この7日間で引いたカードはマナカード4枚、ユニットカード2枚、オブジェクトカード1枚だった。
今の私の手札はスペルカードのヒール1枚。
そして新しく引いた黒マナカード3枚。白マナカード1枚。ユニットカードだと、信仰篤きユニコーンと火鼠の2枚。オブジェクトカードの運命のサイコロ1枚――となっている。
すぐ召喚できるのはヒールと運命のサイコロである。
ヒールは怪我の心配がない今は使うべきでないし、使用頻度が高くなるだろう運命のサイコロを召喚するか。
黒マナカード3枚を消費して運命のサイコロを召喚した。
カードが消えて粒子へと変わり、手の平に黒地の六面サイコロが現れた。正六面体の各面に1から6の小さい点が白くされている。
運命のサイコロには、運命の瞬間という一風変わったスキルがある。
サイコロを振って出た目が偶数か奇数かでスキル効果が変わるのだ。
偶数の場合、次にデッキからドローする時にもう1枚カードを引けれるようになる。
奇数の場合、死の運命が私を襲うのだ。
このスキルは私にとって非常に助かるものだ。
チュートリアルダンジョンにおいて私たちダンジョンマスターに死は絶対ではない。
二分の一の確率でドロー回数が増えるのならかなりお得なアイテムと言えるだろう。
ベッドの上に座った私は運命のサイコロを転がした。
固唾をのんで回転する運命のサイコロを見つめる。
出た目は偶数の2。
「よっし!」
私はガッツポーズで喜んだ。
死に慣れたけど無駄に自分から死ぬつもりはないのだ。
今日はいい夢が見れそうな気がするな。
「おやすみなさい、マスター。ふふっ、今日もマスターと一つ屋根の下で同衾……」
布団をかぶり横になるとイヌが小さく呟いた。
イヌの一言多い就寝の言葉を耳にしながら、疲れがたまっていた私はすぐに意識を手放すのだった。