節分の約束
「鬼は外、福は内、外に出された鬼は何処?」←執筆前に思い浮かんだ一文(大体こんな感じの思い付きです)。
相変わらず軽いノリで書きましたので内容もふわっふわっかと思いますが読んでくれると嬉しいです。
「おには~そと~! ふくは~うち~!」
2月3日の節分。幼子たちが元気よく豆を投げる。童歌にもあるようにパラパラと鬼役の大人に向かって。とは言え、幼稚園児の力では少し離れただけでも届くはずはなく、鬼役は子供達と適切な距離を保たなければいけない。
木戸 葉子は小走りでグラウンドを駆け回る。あたかも鬼が逃げているように痛がるような演技もしながら。
彼女はとある町で保育士をしており、勤め先の幼稚園では毎年くじ引きで鬼役を決める。今年は外れを引いてしまった彼女は鬼役の真っ最中だった。
豆の集中砲火を浴びるのは特に問題ないが、園児達が豆を投げている間は逃げ続けなければいけない。逃げるだけと侮ることなかれ、幼稚園児達の体力をなめてはならない。彼らが疲れ果てるまでグラウンドを走り回るのはかなりの重労働だ。
おまけに貰えるものと言えば豆まきに使った豆の余り。これは誰もやりたがらない。選出方法がくじ引きになるのも納得できる。
ただ、ここを乗り切れば今日の山場は超える。出来るだけポジティブに考えながら葉子は鬼役に徹した。
「みんなやれやれ~! やっちゃえ~!」
「ウワー、豆コワーイ。逃ゲロー」
ちなみにだが演技が下手すぎると言うのは禁句だ。走りながら演技が出来るのは役者ぐらいなものだ。一般人が簡単に出来るようなものではないのだ。
そうして葉子の犠牲で今年も豆まきは何事もなく終わった。葉子は息を切らせながら豆の余りを受け取りロッカーへと戻る。後は着替えて通常業務をいつも通りこなせば業務終了。
葉子は上司に目を付けられないよう逃げるように退勤するのだった。
向かった先は山の中にあることで知られる月輪神社。気の遠くなるような長い階段の先に本殿があった。葉子はその社さえ後にして裏山へと入っていく。裏山は鬼月山と言い、その名の通り鬼が住むという伝承が伝わる山で山道と言う山道もない険しい山だった。
ただ葉子にとって鬼月山など自分の庭のようなもの。
彼女が右手の数珠を外して目を閉じると周りに紫色の妖気が放出される。そして力強く目を開くと、額の左右からは2本の角が生え、歯は鋭い牙となり、手足の爪は刃物のようになった。肌は死人のように白く染まり、黒い瞳は光が灯るように紫へと変化した。
そう葉子こそ鬼月山に住む鬼その者だった。葉子というのも偽名で本当の名前は葉鬼と言う。長い寿命を持つ彼女はこれまで人間に紛れて名を変え、職を変えてひっそりと生きてきた。右手に着けた数珠も人間を傷つけないために鬼の力を封じるもので、何代前かの月輪神社の神主に作ってもらったもの。人を遥かに凌ぐ力を持つ鬼だが人を傷つけるつもりは無い。
すべては、あの男と交わした約束のために。
葉鬼は天高く飛び上がり、山の斜面を覆う木から木へと飛び移り山頂へ降り立つ。そこには適当な巨岩で作られた屋根と拾い物の家具が置かれ家があり、彼女は住処としている。
帰って来た彼女は洋服から着慣れた和服へと着替え、それから貰い物の豆と一升瓶に加えてお盆と見間違えるほどの大きな盃を持って外へ出る。そこは岩に囲まれた石の広場があり、彼女は一番奥の岩に腰掛けて傍らに豆を置くと盃に酒を注いだ。
そして豆を1粒かじり注がれた酒を流し込む。それから疲れた体に酒が染み渡るのを感じながら四肢を伸ばした。
「ふぃ~! 今日も疲れたわ~!」
葉鬼の満面の笑みを月が照らす。軽く100歳は超えている彼女だが、その姿は若々しく晩酌をしていても絵になる。
この1杯が葉鬼の楽しみ。多くの鬼がそうであるように葉鬼もまた酒が大好きだった。
ただ晩酌の相手はいない。鬼族は大昔に廃れたのだ。人間に狩られる者、自ら角を切り落とし人となった者、寿命を迎えた者、様々な要因で鬼は消え現代に残っている鬼は極めて少ない。
酒を注ぎ合う仲間がいないのは少し寂しい。戯言を言っても所詮は独り言、聞いているのは月くらいだろう。そんな寂しさを流すように葉鬼は盃を傾ける。
そうしている内に軽く酔いも回り、独り言は次第に職場の愚痴になる。
「なんで今年は儂が鬼役なんじゃ~!鬼じゃけど~!」
機嫌よく笑っていたかと思えば今度は赤子のように泣き始める。月に向かって愚痴を吐くのも彼女にとってはいつものことだ。
しかし、約束の日である今日だけは違う。彼女の元へ1人の少年がやって来たのだ。
黒髪の短髪で背が低く体格は細め。長袖とベストを身に着け、長ズボンにスニーカーを履いて背中には長い筒を背負っている。見たところ男子小学生といった風貌だ。しかし、その表情から長い年月を生きてきたような、どこか達観しているような雰囲気を感じ取れる。
彼は背後から葉鬼に声をかけてきた。
「おーおー、今年は荒れてるねぇ」
「うるさい! 貴様こそ遅すぎるぞ!」
即座に少年の方を振り向き、少し怒ったように言い放つ。すると少年は軽く謝りながら葉鬼の元へ歩み寄ってきた。
人の一生ほど歳が離れているにも関わらず、2人のやり取りは気さくで互いに心を許し合っていることが分かる。まるで長年一緒に過ごしてきたかのように。
それもそのはず、彼こそ葉鬼が約束を交わした男、梅丸である。正確には生まれかわりだが、目の前にいるのは梅丸その人だった。
葉鬼との約束のせいか彼は死ぬ度に生まれ変わるようになり、年に1度は必ず葉鬼の元へ現れていた。ただ生まれ変わり先が人であってもまだ幼児だったり、人でなかったりして葉鬼に気づかれなかったりという理由で来られない年もある。ちなみに彼が最後に来たのは10年前、人間の感覚に合わせて言えば約束の時間から5時間は経った感じだろうか。
そんな大遅刻をした梅丸を葉鬼は罵ったが、彼のあっけらかんとした顔を見ると怒る気も失せてくる。
「もういい。さっさと始めるぞ」
「急ぐねぇ。そんなに俺が恋しかったのかい?」
「うるさい! 早く獲物を寄越せ!」
「はいはい、わかったから怒りなさんな。……ほらよっ!」
梅丸は背中の筒を地面に置いて中身を取り出して葉鬼に投げ渡す。筒の中身は剣道で使われるような木刀で葉鬼が一方を受け取ると、梅丸はもう一方を手にした。
さて、葉鬼が梅丸と交わした約束とは「年に1度だけ戦ってやるから、それまで人間を襲うな」と言うものだった。まだ葉鬼が人間の村を荒らしていた頃に梅丸に敗れて半ば無理やり結ばされた約束だったが今や葉鬼の楽しみになっている。
今日は本気の力を出せると心を躍らせながら木刀を構える。今でこそ大人しい葉鬼も他の同じく鬼というわけだ。
はじめは互いに睨み合い相手の出方を窺う。訪れるのは静の世界、2人の間には何人も立ち入ることの出来ずただ風が吹くのみ。ここまでくると武人同士の立ち合いである。
そして静は動へと移り変わる。
最初に仕掛けたのは葉鬼の方。一気に間合いを詰め、腕力にものを言わせて力強く振りぬく。葉鬼の戦いに武術の型など洗練されたものは無いが適当に刀を振っているだけでも十分に威力がある。
対する梅丸は刀を下段に構え葉鬼の刀を躱すことに徹している。その動きは子供の体であるにも関わらず小川に流れる水のように静かで無駄がない。
相対する戦い方をする2人の実力は拮抗し、初めて戦った時と同じく戦いは長引いた。もちろん武道の試合とは違い一本取れば終わりというわけではない。一方が音を上げるか気絶するまで刀を交え、刀が折れると最後は素手で殴り合う。
要するに人と鬼との真剣勝負というわけだ。
「どうした梅丸! 童の姿とて容赦せんぞ!」
「調子に乗るな! この馬鹿力が!」
しばらくして互いに素手となり梅丸を抑え込んだ葉鬼は得意げに言う。楽しそうな表情をしているが目は血走り殺意は常にむき出しだ。
しかし、慢心が命取りになった。梅丸は小柄な体を生かして、するりと手から逃れると葉鬼に組み付いてきた。驚いて振り落とそうとするも髪についた蜘蛛の糸のように絡んでほどけない。それどころか組み付く場所を移動され四肢の関節を外された。
これでは命を取られたも同然。葉鬼はとどめを覚悟して目を閉じたが感じたのは痛みではなく、ふわりと頭を撫でられる感覚だった。
目を開けば傷だらけになった梅丸が優しい笑みを浮かべている。
「うっし、今年は俺の勝ちだな」
「ぐ、ぐるるるるる……」
葉鬼は悔しさで唸り声をあげる。こうして今回の決着は梅丸の勝利で終わった。
* * *
さて、戦いを終えたら宴の始まり。これは鬼でも人でも変わらない。
葉鬼と梅丸は並んで岩の上に座り月明りの元で互いに盃を交わした。ただし梅丸の体は子供であるため飲むのはオレンジジュースだ。
「七つ、八つ、九つ、十……はぁ、まったく人は何故いつの時代も数にうるさいのぉ。どうせ後でいくらでも食べるだろうに」
「節分ってのはそんなもんなんだよ。つべこべいわずに残り2つ寄越せ」
1粒ずつ数え間違いのないように豆を梅丸に手渡す。煩わしいが勝負に負けたのだから文句は言えない。自分の分はというと量が多いため袋のまま傍らに置いた。
梅丸も細かいもので渡された豆を1粒ずつ食べている。そんな彼を見て葉鬼は疑問を投げかける。
「男のくせにちまちまと。十三と言わず好きなだけ食べれば良かろう」
「お前さん、そりゃあ風情が無いねぇ。歳の数より1つ多く食って幸せを願うのが節分ってもんだ」
「そうは言っても豆を数えるのが面倒だ。お主と会った時から数えているが、523もあるのだぞ」
全て言い終えると葉鬼は我に返り、口が滑ったと手で押さえた。これでは自分が梅丸と会うのが楽しみみたいではないか。
そんな葉鬼の慌てた様子を梅丸は悪い笑みを浮かべながら見てくる。
「へぇ、こりゃ驚いた。わざわざ数えてくれてんのかい」
「ち、違うぞ! これは……そう、来年まで暇だから、それまでの暇つぶしじゃ! 別にお前がどうこうなどど思ってはおらんぞ!」
「そうかい。そうだとしても誰かが自分のことを思ってくれているってのは嬉しいもんさ」
そう口にした梅丸の横顔は遠くの月を見ていた。誰かを偲ぶような面持ちに、初めて会って話した時の姿が重なる。どんな姿になろうとも梅丸は変わらないようだ。その広い器で誰であろうとも優しく受け止め内に包み込む。たとえ自分のような鬼であっても、皆が「鬼は外」と口をそろえて言っても。
と思ったところで、自分が見とれていることに気づいた葉鬼は誤魔化すように酒を煽る。
「おう、お前さんもう酔ったのかい? 夜はまだ長いぜ」
「鬼が人の酒で酔うわけなかろう! 勝負の火照りが冷めとらんだけじゃ!」
勘違いしている梅丸に葉鬼は語気を強めて言い、213粒目の豆を口に放り込んだ。
お疲れ様です。読んでいただきありがとうございました。今回は友人から1日突貫工事で節分ネタの作品を書こうというアイデアが出され、それに便乗した形で生まれた話です。
また、戦闘描写に挑戦してみました。うまく伝わってるといいなぁ~。
それでは、またいつかお会いしましょう。今度もよろしくお願いします。