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イリディーマブルヒューマン  作者: 成田 春希
8/9

8 収容

警察にはすぐに通報をした。


〜私は何もやっていないとくだらない抵抗をして狼狽するよりも、潔く罪を認めたほうが私のメンツは保たれる。 

犯罪者になった瞬間なんて経験するはずなんてないと嘲笑したけれど、ほんの一瞬で私もその立場になってしまった。

しかし なぜ皆逃げまどうのだろうか?

指名手配犯にされて、怯えながら警察の目を逃れるばかりでなく市民の目すら恐怖に感じる生活なんて生きた心地がしないのではないか。

それならいっそのこと、自白して判決を受けて毎日刑務所の中で規則正しい生活をしたほうが出所する希望を見いだせるに違いない。


しかも私は有名人中山 浩二をこの手で葬り去った。

それだけで自尊心は十分に満たされた。

私の中のミッションは完了したのだ。

欲を言えば新聞記事で全国に私の名を轟かせれば一躍有名人になる完璧なシナリオを作り上げてほしい。

新聞記者は私利私欲の為に必死になって記事を作り上げるに違いない。

さぁ私の自尊心の為に働くがいい。


美咲は高らかに笑い、警察の到着を待った。

救急車を呼ぶ気も隠蔽工作をする意欲も起きなかった。

もう逮捕されるのは時間の問題だと悟っていた。


それからまもなく警察が来て、案の定すぐに連行され、取り調べも自首という形ですぐに終了した。

勾留中の檻の中は暑く当然エアコンもテレビもついていない。

就寝中は中年のぽっちゃり体型の男のいびきと蚊の鳴き声でろくに眠れない。

虫除けスプレーを用意してくれと言っても我慢しろの一点張で化粧も厳禁。すっぴんのまま留置所で一時間程の取り調べを終わったらもう後は暇な時間が続く。

テレビも見れない、 暑い部屋で涼むことも出来ないわで汗がダラダラと流れて服から汗が滲み出ている。

これじゃまるで女性の尊厳すら失われているみたいで次第に嫌気が差してきた。


所内の漫画も男が多いからというだけのくだらない理由で筋肉ムキムキの男同士が戦い合う戦闘モノやエロ漫画ばかりがおいてある。

その中で比較的良い方であるギャグ漫画でも読みながらゆっくりと過ぎ去る時間の経過を待った。


テレビの視聴が許される夕食以降の時間も新入りだからという理由でチャンネルの争奪戦からいち早く脱落し、プロ野球やニュースばかりを見せられる羽目になった。


早く抜け出したいというかすかな希望も虚しく、検察官から起訴を言い渡された。

初めて自らの過ちを悔いた。

咆哮しても何も変わらないのは分かっていたが、それでも面会室いっぱいに響き渡るほどの声で喚き声を上げた。


絶望は平穏な日常を掃除機のようにあっという間に吸い込み奪ってしまう。

刑務所内は男も女も関係がない。

四十前半の白髪が少し混じったおじさんからの視線が痛い。

マジマジと胸をイヤらしい目でみられているのに私は知らんふりをしているほかはなかった。


5年前にも私と近い年齢の女子が似たような境遇に遭い、必死に刑務官に訴えていたらしいが聞く耳も持ってもらえず 遂にはトラブルを起こしたとみなされ刑期が3年も延長されたらしい。


「その女性はどうしたんですか?」


シワがところどころに刻み込まれ、シミも目立ち、目もたるんでいるおばちゃんはその女性と仲良くしていたらしい。

私の質問にしばらく答えず、涙を堪えた仕草をしてみせた。


「分からないよ、別の場所へ移されたよ。

あの子は罪を犯したけど、絶対に絶対に更生はするって思ってる。

でも未だに連絡は取れないし、どこにいるかも分からない。」


とうとう涙が堪えられなくなっていた。

ポケットからハンカチを取り出し、差し出した。


「名前はなんですか?」


「久保さん 久保さんっていう。

良くも悪くも本当に普通の子だから、探そうとしても見つからない。」


「向井さんも?」


「うん、ここ一年間は顔すら見てない。

あと2年で出られるっていうのにね。」


ぼそっと向井さんは言ったけど、3年延長されて十年は入ることを考えると先が一気に真っ暗闇となった。

向井さんはあと何年ですか?

なんて聞けるわけもなかった。


普段冷静沈着な向井さんがここまで感情的に話すなんてことは今までになかった。

それほど男達のセクハラまがいの行為は度を越えたものだと周知していたから、耐えるほかは無かった。



わざと体を触れられることもある。

ごめん 当たったちゃったねと粘りのある気色悪い声でしかも私にしか聞こえない小声で囁くからその場から立ち去りたくなる。


数少ない周りの女性は見てみぬふりをしている。

同じように嫌がらせを受けている女子だっていた。

そんなとき 私も見てみぬふりをするしかなかった。

男共はやりたい放題しても、刑務官の注意だけで終わるのに被害にあっている女性が助けを求めるとトラブルを起こしたとみなされ、大事にされる。

刑務所の中ではカースト制度が存在している。 そんな不条理の中に私は突然押し込まれた。


夫をあやめたんだからすぐに戻って来れるわけがない。

しわくちゃで目次が破れたギャグ漫画を読み、今日も絶望の檻の中で眠りについた。 


「おじょうちゃん  なんで逮捕されたんだい。

優しそうなのによぉ。」


家具設計の宮本に質問された。

逮捕される前は工場長まで勤め上げた立派な経歴を持っているが、職人気質なためか勝手に場を仕切っては新入りの動きが鈍いと怒声を浴びせる。

逆らおうものなら刑務官に言いつけ、ペナルティを与えられる始末

なのに当の本人はペナルティを食らったことがない。

むしろ後継者を育てていってくださいと刑務官に宥められるばかり


もちろん宮本のそばに近づく人も自ら教えを懇願する人もいなかった。

完全に孤立してもターゲットを狙い定め獲物を探す。

次の餌は私になるかもしれない。


「そんな優しくないです。」

「えー 優しそうじゃん でもなんで逮捕されたの?」


デリカシーの欠片も無い質問をくり返されると、隠していた怒りの感情がむき出しになりそうで、それでも抑えないといけないジレンマに襲われる。


「まぁカっとなっちゃって

普段はおとなしいんですけどね。」


「えー誰やっちゃったの?」


笑いながらとんでもないことを詮索するこのオヤジ

そんな大人にはなりたくない。


「まぁ夫なんですけどね。これ以上はちょっと。」


「えー気になるー。

もうちょい聞かせてよぉ。」


「すいません まだ仕事があるんで。」


「なんだよぉ また後で聞かせてね。」


宮本もあのセクハラオヤジに間違いなかった。

ねっとりとした笑顔は忘れられないくらいの気色悪さで吐き気を催した。


また後で聞かせて  性懲りもなくまた後で聞きに来ることは確定している。

もうあの集団から逃げる道は閉ざされていた。



ある日のことだった。

男たちが囲碁や麻雀 将棋に夢中になっている隙に初めてチャンネル争奪権を手に入れた。


ゴールデンタイムはやはりバラエティに限ると自負していた美咲はチャンネルを変え 興味のある番組を探す。

鉄道の乗り継ぎの旅番組  ニュース

クイズ番組 どれも心を揺すぶられない番組ばかり。

新聞は男共が大雑把に読んではポイ捨てを繰り返し、唾やタバコの灰が付着してるから読む気にもならない。


消去法でクイズ番組をかける。

インテリからおバカまで均等にチームを振り分け遊園地のアトラクションじみたステージでポイントを稼ぐという企画は昔風たがCGは今の技術をフルに活かしたような番組。 


「こんなのわからねえよ」

ピアスの跡が所々に残る若者の無知さに呆れながら、頭の中で回答者になる。


「さぁ次の挑戦者は中山浩二さんです。」


中山   浩二?

何で 何でここに浩二がいるの?

だって浩二は私の手で葬ったはず、なのにどうして元気な姿でテレビに出てるの?

再放送? この時間帯に再放送なんてやるわけない

収録? そういっても半年は経ってる。 大体一ヶ月二ヶ月まえに撮ってると聞いたことがあった。


同姓同名? 間違いなくバイプレイヤーの中山 浩二

でもなんで なんで生きてるわけ?


「いやー 浩二君 怪我から復帰した訳ですが。」

 

「そうですね 無事このテレビの場に戻ることができて光栄です。 本当に多くの人に迷惑をかけてしまって申し訳ございませんでした。

これからまた 少しずつ復帰をしていくので応援の方よろしくおねがいします。」


バラエティー番組にそぐわない低温で暗いボイス

怪我なんかじゃない。 致命傷を与えたつもり

それなのにどうして復帰なんかできるの!

もし若者が近くにいなかったら咆哮していたに違いない。


いや待てよ もしかしたらこれはチャンスなのかもしれない。

脳内にある考えが画策する。

早くこの窮屈な空間から抜けだせるに違いない。

だって私は殴っただけなのだから。

笑いをこらえきれなかった。

クイズに挑戦する浩二を高みの見物で見てやろうと企んだが、我慢の限界を迎えた若者が瞬時にチャンネルを変えだした。


「ちょ ちょっと」


「刑務所内でクイズだなんておばさん珍しいね。」


「ちょ おばさんって何よ」


「だって俺から見たらおばさんじゃん。

それよりサッカー見たかったんだからかけるよ、

勝手に変えないでね。」


また興味のないスポーツを見せられる羽目になってしまった。

しかし この刑務所から早く抜け出せるかもしれない希望が照らし始めたことは間違いなかった。

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