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イリディーマブルヒューマン  作者: 成田 春希
6/9

6 情愛

この半年間 平穏無事な生活が続いて、私の心にも体にも少しずつゆとりが出てきた。


浩二も休みをなるべく取ってくれて、キャバクラ通いは月に一回 先輩俳優の誘いでしか行かない生活が続いた。


家族のプライベート映像が全国のテレビに映し出されることもあったけど、段々と抵抗感が無くなった。

むしろモザイクがかけられる私を見ると、やるせなくなってすぐに他のチャンネルへ変えてしまう。


「別にモザイクかけなくてもいいよ。」

「いやいや それじゃ美咲が気の毒だろう。」

「どうして?」

「だって 俺のもとにもファンレターがいっぱい届いてるだろう? 

美咲の顔を写してしまったら 嫉妬する人がいっぱい出てくるだろう。」

「でも もう写ってるし。」

「顔が隠されてるのと隠されてないのとでは全然違うぜ。

なんせ、顔を見たて、知り合いの人がいたら広まるだろう。

ましてや今はすぐに他人にも広まっちゃう時代だぜ?」

「大丈夫だって、人の噂も七十五日っていうし、そんなことで傷つくもんですか!。」

「美咲が誹謗中傷されて悲しむ姿を見るのは嫌だからさ。」

「悲しまないって、でもそんなことを思ってくれてありがとう。」

「そんなことってなんだよ、夫として当たり前の事をしたまでだよ。」


〜心配してくれる気持ちは嬉しかったけど、浩二はどこかずれている。

嫉妬されて罵倒されて傷つくなんて浩二の過剰な杞憂であって、私はスルースキルを持っている。

中傷する悲しい人たちを軽蔑して優越感に浸ることだって出来る。

それなのに浩二は頑なに夫だからと主張してくる。

夫だからといってそこまで介入されたら困る。


やっぱり私達噛み合わないことがある。

それでも私達は今まで問題なく暮らしていけたし、今でも仲睦まじく暮らしていけてる。

全て合わせようとすると窮屈で、息苦しい。

はっきりと食い違いがあって衝突するから、夫婦生活に色味が加わって息苦しさも無くなる

これが私の理想の夫婦〜


一生懸命熱弁する浩二を見ながら微笑ましく考え事をしていた。



結局私の素顔が公開されることは無かった。

浩二の意向でディレクターにでも言ったのは知り得ないけど、浩二の思い通りになったのならそれで良かった。


しかし康介は一向に浩二に懐いてくれない。

2歳を過ぎ、イヤイヤ期を迎えたとしてもわたしにはベッタリとくっつき、浩二が抱き上げようとすると、嫌ってる人に話しかけられたかのように怪訝な顔をする。 


半年近く撮った写真の中で浩二と康介が満面の笑みを浮かべて写っているのは数える程度。

ドラマで笑ってた時が嘘かのように



「そろそろ康介も幼稚園だなぁ。」


幼稚園特集の雑誌を広げながら、探している。

喋れるようになったし、公園で一人で滑り台に乗れるようになったし、ご飯もゆっくりながら一人で食べることが出来る。

まだ腕の中に入っていた康介はあっという間に幼稚園生を迎える。


しかし気がかりなことが2つある。

芸能人の子であることと、社交的ではないところ。


「大丈夫 父親の話題を出さなければいい話だし、

友達も絶対できるから。」


と楽天的に言ってるけれど、簡単に友達を作れるとも限らない。


「ここどうかな?」

〜花川幼稚園 充実した教育で私達がお子様の自主創造性育て上げ、小学生になるまで手厚くサポートをします。

「なんか怪しくない?

書いてあることが曖昧すぎるというか。」


表紙には概要と園内の周りのひまわりが植えられてある花壇や去年撮影された卒園生の集合写真が載ってるだけ 本当にサポートをしてくれる保証はない。


「ほら 次のページ」

浩二が指をさすページには活動内容やカリキュラムが

細かく載っている。 


クラスは全部で4組 3歳から5歳まではモノづくりやボランティア活動 レクリエーションを中心に子供達の親睦を深め、6歳になると小学校進学のために国語や算数の授業に加え、英語の授業も行うらしい。


「ふーん、色々やってるんだね

でも どうしてここがいいの?  近所にも幼稚園いっぱいあるし。」


目に皺をよせながら、長考している。


「そうだなぁー、まずは勘かな?

男の勘ってやつ。」


「何言ってんの? ちゃんと考えて!」


真剣に選んだ結果だと期待していた自分が馬鹿だった。

勘で子供の人生を左右させるなんてまるで親の勝手でキラキラネームをつけられた子供のように振り回される未来が待っているだけだ。

とんだ思わせぶりに対する怒りをこらえながら、ゆっくりと話を聞く。


「後は、康介には主体的に行動できる子になってほしいなぁ。

最近はそうだろ、最近でもないか、自分から行動できないでただ言いなりになって群れてる奴いるじゃん。

そういう人を見ると虚しくなるんだよな。


多分 勝手な予測だよ、そいつにも意見はあるはずなんだよ。

でも古くからの習慣に囚われる上層部のせいで自分の意思を伝えられないままただ従ってるだけになっちゃうんだよ。

輝けるチャンスを持った若い子たちが踏み潰される。

そんな子にはなってほしくないんだよね。

この幼稚園はモノづくりとか積極的に行ってるらしいから自分で考える力を身につけられるはずだと俺は思うから選んだんだよね。


ごめん話長かったな 納得してもらえた?」


「そっか なんかあんたのこと誤解してた。

勘とかふざけたこと言わないで最初から言えばよかったのに。」


後付けでぼさっと呟いたように聞こえた言葉が真意だなんてサプライズプレゼントを渡された以上に不意を突かれた。


「じゃあ ここにしようか。」


「うん」


花川幼稚園は歩いても十分もかからないほどで近くには向かいには業務スーパーがそびえ立ち、向かう途中にはレストランやベビー用品店 鏡屋が立ち並ぶ最高の立地だった。

 

一日たりとも目を離さずに暮らしてきた康介を幼稚園へ預ける抵抗感と友達と馴染めるかという一抹の不安のジレンマに苛まれて電話をすることを躊躇う。


「電話しないと始まらないぞ 頑張れ。」


浩二に後押しされて発信ボタンを押す。


「はいもしもし お電話ありがとうございます。

花川幼稚園園長の近藤と申します。」


園長の近藤先生 年齢は五十歳らしいが、声は透き通って三十代後半でも可笑しくない若々しさだった。


四時を回ったせいか、薄ら薄らとしか遊び声は聞こえず、静寂に包まれていた。


「すいません 突然電話をしてしまって。

来年うちの子供を御社いや、花川幼稚園さんに入園させたいと思いましてお伺いしました。」


「はい、入園の申込みですね。

お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「中山美咲と言います

子供の名前は中山康介です。」


その瞬間 周りの先生のざわめきが電話越しから鳴り響いた。

あの人の夫 俳優さんだよ えー

合唱のように混じる。

幼稚園中でも有名になっているのかと知ると、高揚感と羞恥心で何だか複雑な気持ちになる。


園長は冷静で声色を変えず 手続きへと入った。

3歳半に入園することが決まり、手続きや説明会 準備などで忙しくなる事は目に見えている。



二週間後には再び浩二のドラマ出演が決まった。

2時間サスペンスドラマで犯人役 三ヶ月の撮影期間で撮影場所は広島 京都 横浜を行ったり来たりするハードスケジュール。


「ごめんな、康介 パパまた仕事で忙しくなっちゃうから、暫くはママと一緒だよ。」

と頬をつけて言っても 康介は相変わらずの無表情


浩二がいない期間は服の準備 見学会 説明会 を挟みながら 一人で料理 散歩 公園巡りを毎日して自分の時間は幻と化していた。


日課の体操も怠惰になり、フワフワのスクランブルエッグを作ると油がはね、頬に当たり眠気が覚める連続


貴重なスキマ時間に撮り溜めておいたドラマやバラエティ番組を見てもイマイチ頭に入らない上に持続力も続かない。


浩二の出演番組は一週間かけても全部見ることが出来ない量が溜まっていた。


美咲をよそに康介はお絵描きしかしないから、ストックをしてもクレヨンと画用紙は減るばかり。

もう3歳だけど、まだまだお子ちゃまの絵を描くとしらを切ってた私の予想とは相反して キレイな群青色の青空に、綿あめのようにフワフワした雲 その上を飛び立つカモメが繊細かつ麗美に描かれていた。


この子には隠れた才能があるかもしれない、そう信じて疑わなかった。


もっともっと絵を描いてほしい欲求が生まれたとき、百円均一の画用紙とクレヨンを爆買いして、リビングを埋め尽くし、色が混ざりあったテーブルは透明だった面影は全く無くなった。


そんな違和感を気にせずに美咲は浩二の番組を見漁っていた。

今日はリアルタイムで見よう。 家族写真グランプリと題された企画はその名の通り、各業界の芸能人が家族写真 動画を出し合って、審査員が家族愛を一番感じたグループが優勝 賞金百万円が送られるという内容だった。


全く興味のない内容だったが、百万円の動向が気になったのでBGM代わりにかける。

夏らしく海の家でビールを飲み合うベテラン芸人夫婦

潮干狩りを家族で楽しむ若手ミュージシャン

花火大会を満喫する中堅俳優

どれもアウトドアにまつわる写真ばかりで味気がなかった。


「では 続いては中山浩二さんです」


司会者に名前を呼ばれた浩二は自信満々にプレゼンをする。 いかにも優勝が確定したかように


私もこの時間だけは凝視していた。

殆ど康介が泣いて、ボツだと思われる写真が山程並んでる中で 何を厳選するか。



「写真はこちらです。」

写されたのは普段の日常の夕食風景でいつ撮ったかも分からないくらいのよくある写真


しかしいつもと違ったのはモザイクがかかっていない私と康介の顔。


康介が満面の笑みで写ってる写真はこの一枚だけだったのかもしれない。

趣向が変わった写真にスタジオ内は一瞬の沈黙が起きたが、すぐさま歓声が湧き上がる。


「浩二くん 皆と違って ありふれた写真で勝負してきましたが?」


「いやぁ 皆さん旅行とかの写真ばかりで自分の写真が浮いてるように見えちゃいましたね。


でもあえてこの写真をチョイスしました。

折角エントリーしたのにもったいないと思う人もいるかもしれないですけど、毎日訪れる普通の日常に本当の家族の姿があると思うんです。


旅行も滅多に行けないので 一生の思い出づくりに写真を取りますけど、普段の日常の一家団欒も家庭の絆があるからこそ成り立つものなんで、あえてこの写真にしてみました。

簡単に言えば 平和に暮らしていけるのは家族のおかげってことですかね?」


無意識のうちに涙が流れ落ちる。

普段私でも聞かない康介の想いにスタジオ内も感動の渦に包まれ、号泣するアイドルもいた。


結果は優勝 100万円を持ちながら 美咲 康介ありがとうと叫ぶ姿は一生忘れることはない。


「浩二 いつもありがとう。

これからも宜しくね」

スタンプを送ってから一ヶ月近く連絡無しの浩二のLINEを久し振りに開き心を込めてメッセージを打つ。

しかし既読が付いてから 家へ戻ってくるまで返信が来ることはなかった。

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