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イリディーマブルヒューマン  作者: 成田 春希
4/9

4 豹変

浩二が出ているTVは見たくないと自負したけれど、毎週ドラマのチェックだけは欠かさなかった。

終盤にさしかかるにつれて、エリートだった銀行員がどんどんと豹変していく演技はバイプレイヤーと言われる所以も合って、視聴者を引き込んでいく。


優しかった頃の夫 紳士的な銀行員 プレイホーイ

DV男 何重もの人格を巧みに演じ分けられるのは彼だけ  あまり認めたくないけど


今日のシーンは妻と一回りも違うOLとの不倫がバレて開き直るように怒声をあげていた。

「お前が悪いんだよ  いつも俺を満足させなかったお前が

なのに文句を言われる権利はねえんだよ。」

殺気迫る怒号をあげて 無我夢中に手を上げている。


康介は目を覚まし、TVを凝視してニヤリと微笑んだ。

クマのぬいぐるみでもミニカーをあげてもほとんど笑わなかった康介が満面の笑みで、狂人と化した父を見つめていた。


見せてはいけないものを見せてしまった。 ポテトチップスを食べていた手を止め、電源OFFボタンを押し、画面が消えた瞬間 康介が表情を変え、大声で泣き喚いた。



―どうしてなの あんなに泣いたことがなかったのに―


抱きあげても、高い高いをしても、ガラガラをならしても一向に声色を変えることなくぎゃあぎゃあと泣いている。


真っ白担った頭に、湧き出る血が上り 押し付けるように康介をベッドに入れると、油ぎった電源ボタンを押し再びドラマを視聴する。

エンドロールが流れ始めても、浩二の豹変ぶりは健在だった。


ウヒャヒャヒャヒャ

ドラマにはない笑い声がスラリと耳の中に入る。

康介が泣き止み 今度はベッドから飛び出しそうな勢いで激しく身体を揺らす。 


狂気に満ちた男のどこが面白いのか? 自分の子供のはずなのに感情を汲み取ることすら困難で周りの漆黒の闇にコントロールされ自分の感情をなくしてしまったと絶望の淵に叩き落された。


その闇を振り払おう 振り払わければ康介はコントロールされたままのクローン人間になってしまう。


康介を優しく抱きしめ、ゆっくりと口付けをする。

クリスマスの夜浩二とイルミネーションでキスをしたあの時の感覚と同じように、炊きたてのご飯のように柔らかく脆いけれどピッタリと密着されているのがよく分かる。


両頬にゆっくりと手を当てて、更に深くまで口付けをする。

康介は動かない。 口を離そうとも近づけようともせず、ただ私に身を委ねている。


「康介 あなたは本当は感受性豊かでよく笑ってよく泣く子なの わかるかしら?

まだわからないわよね? でも安心して これからママが()()()()()()に戻してあげるから、それまで待っててね。」


ドラマは終わり 天気予報の時間になっていた。



ドラマもクランクアップ目前になったけど、段々と浩二の態度が横暴になってきた。

一歳になろうとしている康介の育児をしなくなり、あれだけ張り切って作った離乳食もドラマの始まりとともに作らなくなる上に、帰宅すれば酒を持ってこいとキレ気味の命令口調で、私をにらみながら350ミリリットル缶のビールを一気に飲み干すと次は つまみは? と急かし 何も持ってこない日には思い切り頭を引っ叩かれるから、常に枝豆 イカゲソなどはストックする生活になった。


「なんで手伝ってくれないのよ。」

掃除機をかけながら、愚痴を言うとドアが一気に開き全体に轟音が響く。


「今なんて言った?」


静かな口調 でも今にでも身の危険を感じた。


「何も 言って」


「なんて言ったて言ってるんだけど、俺の愚痴はいたよな?」

また怒鳴られる、さっきのドアより明らかに大きく響いたけど、もう慣れた  そう思った。


「あぁ あぁ、俺がいないと生活できない癖に、そうやって陰で言うんだ。

いいご身分だな。  

あのな、別に今すぐ離婚してもいいんだぞ、変わりはいくらでもいるんだから。

でも、どうする俺がいなくなったらお前のお金はどうなるのかなぁ?


あぁ養育費払えっておもってた?  ザーンネーン

知り合いに弁護士いるからうまく言いくるめられるから、払う気なんてありませーん。


それともシングルマザーとしてずっと貧しい生活すんのか?  あーあ可愛そうだなぁ。」


高笑いを浮かべる彼を思い切りビンタしようと振り払った手 だけど、浩二はすぐに私の手を掴み、静脈が圧迫される程力強く握られた。


「残念!

今ビンタしようとしてたみたいだけど、俺元野球部でキャプテンも務めたことがあるから、無駄無駄ー。」


しまった。 交際まもなく彼が野球部だということを知ってキュンとした過去を今頃になって思い出す。


あの時はメロメロだったのに、今となっては浩二の最大の武器であり、私にとっての脅威


もう為す術もない。 このままシングルマザーとして康介を養う自信もない。

ならば今は彼に服従するしか他はなかった。


「すいませんでした。」

沸々と込み上がる怒りを抑え、ゆっくりと頭を下げる。


浩二は私の髪をゆっくりと撫で下ろした。


「いいんだよ、最初から素直になればいいんだよ。

いいか次みたいに俺の悪口を吐いたらこれだけじゃ済まないからな。 

お前の代わりの女はいくらでもいるんだから。

養ってもらえるだけで感謝しろよ。」

 

撫で回した頭を押し出すと、カーペットとテーブルに肩が当たり飲みかけのビールが溢れ やがて肩に滴り落ちる。


もうあの清純な中山浩二ではない。 

ドラマの浩二は幻だと思っていた。

それは単なる私の淡い幻想に過ぎなかった。

あの役を演じてからはすっかりと現実の浩二でさえも道化させてしまったようだった。

きっとメディアの中ではずっと清楚なイメージを保ち続けて、視聴者でさえも味方につけていくだろう。


そんな不条理な世の中にピリオドをうってしまいたかった。

考えてるうちにいつしか刃が錆びたカッターナイフを手にしていた。


「ごめんね、ごめんね 情けないお母さんで。」

ウェーーーん ウェーーーん ウェーーーん


達也が手足をばたつかせながら、今まで見たことの無い声を上げて泣いた。

全身の力が抜けて、風船のように萎み その場で蹲った。


私には達也がいる。 なのに私は達也を置き去りにしたまま一人で逃げようとした。

どうしてそんな愚かな事をしたのだろうか。

頬を自分で何度も叩く。 自分の気が済むまで何度も何度も何度も……


康介一歳の誕生日

赤箱に入ったプレゼントとちょうど一年前の3ショットだけが光を放っていた。



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