わたしの街の魔法使いさん
私は魔法使いという職業に憧れて生きてきた。
夏になると特番が組まれる、霊能系の番組。
いや、季節問わず、動画サイトなんかでUFOが流行ったり、UMAが流行ったりすると、系統が“ミステリー”なこちらの分野も、何故か一緒になって活気づいたりする心霊系。
そして、その波が来たとあらば、新しくテレビ番組が立ち上がったりもする。
それには芸能人達と一緒に、嘘か真か怪しい霊能集団や、専門家なんかが必ず付いてくる。
その中に、いた。
超能力者……占い師や霊媒師、いたこさんやお坊さんに交じって、ちょっと毒舌で、個性的で、だけど妙に人の目を引き付ける存在。
それが彼、魔法使い“無明 長夜”だった。
彼らの活躍を目にし、自分も魔法や霊能力、超能力が使えるのでは?と思った人は結構いたと思う。
私もその一人で、すっかり彼のファンとなった私は、中学生の頃に担任に
「魔法使いになる方法ってありませんか?」
と聞いてドン引きされ、親を含めての進路相談に発展した事があった。
それはさておき。
当時はYotubeなどの動画サイトよりもテレビが娯楽の中で上位を占めていて、その分、熱狂もやばかった。
テレビで流行ればそれはもう、世間で流行っているという事であった。
けれど。
困った事に、心霊現象というのは、カメラに捉えられるものと、そうでないものがある。
彼の魔法は、『見えている人』にとっては結構派手みたいだけれど、カメラには映らず、その場の人のリアクションだけでは、一部の人に演技だと思われたらしい。
何なら、その場にいる人の中にも彼を偽物扱いするような人だっていた。
テレビ局はCGを使って彼の魔法を再現しようとしたけれど、適当にあてがわれたCG技術は未熟で、技術担当者は現場を『見える人』でなかったし、現場にいなかったせいもあってリアリティに欠け、「※CGを使って再現しています。」というテロップを加えてなお胡散臭く映った。
私はというと、他の霊能者がCGを使わない中で彼が特別扱いされているのが嬉しかったし、むしろ「彼の動きからして、そこじゃなくてもっと遠くに出てるはずだ!」とか「もっとシンプルな魔法のはず!」とか勝手に妄想してた。
ホントにファンってやつは。
加えて、番組が人気を博し、能力者個人に焦点を当てた時もわりと酷かった。
どうして、この職業を選んだのか?という問いに対して、多くの霊能者は「不幸を無くすため」「迷える魂を導く為」みたいな『それらしい』事を言った。
宗教観や人生観に交え、霊とは?魂とは?死とは?というのを語ったり、関係者が他視点で語ったり、内容はどうであれ長い話になったが、要約するとそんな感じだった。
だが、彼は「生活の為だから」の一言。
他の霊能者は見て判る動き……カメラに変なものが映ったり、人が倒れたり、物が動いたりするのに、彼は何か唱える事はあれど、杖を振るうだけだ。
彼の魔法が動きが派手なわりにテレビ画面越しに見えない事に言及しても、「マジックとは違うんだ、見えないものは仕方ないだろ。」と一蹴。
そこから延々と塩対応。
空を飛んだことがあるとか?「……(無言)。」
何か目に見える現象を見せてもらえないでしょうか。「無理。」
それ以上を語る事はなく、学生時代の友人や恩師が出てくる事もなかった為、彼のCGだらけの活躍で残りの尺を使うなど、編集の力を駆使してなお時間が余り、後半は次回の特番の宣伝に使われた。
私はというと、彼の新規映像がほとんど無かった事や、関係者すら現れなかった事に愕然とした。
ファンであってもあれはきつかった。
結果、彼の“アンチ”が大量に現れ、テレビ局に抗議の電話やハガキが舞い込んだとか。
いや、そんな反響があるうちは良かったが、ブームとは過ぎ去るもの。
CG枠で予算が余計にかかるのも良くなかったのだろう。低予算で回される稚拙な技術のCGすら削られた。
CGを使わなくなったのではない。CGを使わなければ表現できない彼の登場を削ったのだ。
スキャンダルも無いのに彼はテレビに出る機会を減らしていった。
それでも本当にヤバイらしい現場では「今回はあの方がいらっしゃらないんですよね…。」と一部の霊能者が呟いたりと、それなりに頼られていたらしい彼の影響はしばらく番組に残ったものの。
たまに人数合わせのような助っ人として稚拙なCGの活躍がチラッと画面に出る端役でしかなく。
そして、季節と月日の経過により心霊ブームが去ると同時に、世間から忘れ去られていった。
そんな彼と同じ街に住んでいた事を、最近になって初めて知った。
初めてUMAなのか妖怪なのかモンスターなのか……生き物なのかすら分からない“蠢くもの”に出会った日。
実はこれ、本当に前代未聞の大事件だったらしい。
無明さんの大師匠さん(師匠さんの師匠さん)が亡くなって、師匠さんと一緒に町……というか日本を離れている間に起きていた事で、師匠さんに助けを呼ばないと不味いレベル。
もちろん助けは呼んだけど、師匠さんは海外というのもあり、大師匠さんのお弟子さん達とのゴタゴタですぐには帰って来れず、私と遭遇した時には満身創痍と言っても過言ではなかったと。
彼は、折れかけの杖でそれらと戦っていて、そんなタイミングで私の前に現れたのだ。
私に彼ら……無明 長夜さんと“蠢くもの”が『見えている』事に、無明さんは驚き、そして私を守ってくれた。
その見えていた事が二重の意味でかなり不味かったらしい。
まず、無明さんは自分の存在の次元というものをずらした。
よって、彼と彼の起こす事象は、他の人から認識外になったはずだった。
それが見えてしまうという事は、私は異界……隠世とか呼ばれる場所に片足を突っ込んでいた、という事みたい。
“蠢くもの”…妖魔とか悪魔とか怪物とか怪異とか呼ばれるそれ。
無明さんは「悪性の”妖魔”」という呼び方で統一していたけど、ぶよぶよの…良く言えばスライムみたいな、悪く言えば透明感のある内臓みたいな“それ”は、人類の敵。
自分を認識していないものにはそれほど興味がないけれど、認識したものには強烈な興味、もしくは凶悪な害意を向けるのだとか。
かといって、認識していなければ大丈夫、という訳ではない。
後から聞いた説明だけど、簡単に言うと、妖魔を認識している者は「今すぐ食べたいもの」で、認識していない者は「これからゆっくり食べるもの」の違いでしかない。
“それ”は付近にいる人にゆっくり波長を合わせ、もしくは引き込んで波長を合わさせて、人間に自分を認識させる。
それが世間で言うところの『憑依』とか『憑りつく』とかいう事らしい。
そうして『見えかった人』が自分の姿を認識できるようになって、驚いたり恐怖したりしたところで、結局は美味しくいただいてしまうのだそうで、いつか必ず人を害する“それ”を見逃してやる道理はないのだとか。
で、目の前でチカチカと憧れの魔法が繰り出されるわけですよ。
光が色んな文字のようなものや図形、現象になってスライムのような塊に向かって展開し、張り付き、時には突き刺さって、その身を焼き消した。
CGなんて目じゃないくらいド派手!多彩!想像の100倍……いや1千万倍すごい!
ただでさえも就職先として魔法使いになれないかと真剣に悩んだほどファンなのに、当時の私は青春真っ盛りの高校生。
逃げる為に手を引かれ、戦う姿を見せられ、守られて。ときめかないわけがないじゃないですか!!!
最初のうちはリアリティが無くて。
途中から……息を切らして休んだり、怪我をしたりして足を止めるたびに現実味が出てきて。
だんだん恐ろしくなって。
私一人なら恐怖で動けなくなってしまったかもしれないけど、そうはならなかった。
ああ、これがトキメキ力。
「今のうちに息を整えろ。」「そろそろ動かないと不味い。いけるか?」
もう無理!って思ってても、口をついて出るのは「はい!」という返事ばかり。
この震えが恐怖によるものなのか、感動によるものなのか、疲労によるものかのかも分からない。
命がけの戦いの中の強引な振る舞いの中にも、優しさを感じてキュンとしてしまう。
景色が回る。
吊り橋効果?しらんがな。
私は今、ドキドキしてる!
それだけでいい。だって、それが青春ってものでしょ!
それで、目の前の敵がすべて倒れた時に、彼が構えを解くのを待って、弟子入りを志願したわけですよ!
といっても、体力限界の私はしゃがみ込むどころか、お尻をべったり地面について、息を整えながらの酷い状態だったけれども!
「めっちゃ憧れてました!!
というか今も憧れてます!!!
魔法使いになりたかったんです!!!!
弟子にしてください!!!!!」
「嫌だ。」
一世一代の告白と言っても過言ではない私の願いは、すげなく断られ。
「せめて魔法使いになる方法……簡単な魔法を使う方法……いえ、瞑想とか心構えだけでも教えてください!
一度でいいから魔法を使ってみたいんです!
中学の頃に先生に『魔法使いになりたい』って言ったのに、全然相談に乗ってくれなくて。
私も調べても分からなかったので、具体的な事じゃなくていいので、大人の先生が一緒に調べてくれたら何か分かるかもしれないと思ったのに、進学を勧められて。」
「その先生はマトモだと思うぞ。」
その場で思いつく限りのアプローチをしてみたけど、だめでした。
せめて記念に杖を触らせてくださいと、触れさせてもらった。
本当は自分の考えた(さいきょうの)呪文を唱えて振ってみたかったけど、無明さんに怒られそうなのと、ヒビとかいうレベルを超えて杖がねじ曲がっていて、ちょっと乱暴に振っただけで壊れそうだったので、さすがにやめておいた。
その代わり、光にかざしたり、見る角度を変えてみたり、鑑定団もかくやといった感じで見させてもらった。
あんまりしつこいと嫌われてしまうと思ったし。うん。常識の範囲内でね。さすさす。ペタペタ。
無明さんにせっつかれ、名残惜しくも杖を手渡し、お礼を言って別れを告げようとした……
その瞬間。
当時もっと汚かった溝川の中から、巨大な妖魔が私達に襲い掛かってきた。
それまでのそれほど大きくないやつだって手古摺ったのに、その何倍だろう。
それまで戦ってた中でも「大きい」と思うのが軽自動車よりも小さい…2人乗り自動車くらい?だったのに、大型バスより大きいのが至近距離から現れた。
動揺している間もなかったと言っていいと思う。彼はとっさに私の腕を引き、跳んだ。
それまでの気遣いのある動きではなく、命優先で思いっきり引っ張られた。
痛かったけど、そんな事を気にしている場合じゃない。
本当に一瞬の事だった。
重力とか物理法則とか、そういうものに縛られていないような動き。
逃げる一択。
無明さん単独なら逃げるのに苦は無かったんだろうけど。
万全な状態なら迎え撃つ事もできたのかもしれないけど。
本当にギリギリ、その初撃をなんとか躱したけど、あの巨体では考えられない程素早い動きで彼の杖を持つ腕に絡みついた。
「う……あっ」
その時、彼の中のエネルギーみたいなもの……マナというのが、そいつに結構食べられたんだそうで、本当に危ない所だったと後で知った。
ブクブクと膨れ上がるでスライムを全力で振り払うと、ついに折れかけの杖が完全に2つに分断された。
「くそが!!!」
無明さんは、日本語ではない何かを唱えて杖をスライムに投げつけると、強引に距離を取り、物陰に隠れた。
一泊置いて、轟音と衝撃が襲ってきて、突風が住宅街を駆け抜けた。
一瞬の攻防で、理解が追い付いてなかった私は、物陰で鼓膜が震えすぎてビリつくのを、首をすくめて身を縮める事で何とかやり過ごす事しかできなかった。
え?これ手りゅう弾か何かですか??
これまでの無音の戦い……光って焼けて消滅、とは全然違う高威力に、思わず目を閉じる。
例えるならば、これまでが機関銃、今のは爆弾……それも、かなり高威力なものと言っていいだろう。
舞い上がった土埃のような水蒸気のようなものが晴れてゆく。
杖の当たったところからスライムが爆散したのだろう。
……さすがにあの巨大な塊も、わずかな残骸を残し吹き飛ばされたようだった。
でも、その代償に無明さんは杖を失った。
杖というのは、魔法使いにとって本当に重要なものらしい。
運命の一振りに出会えるかどうかも難しく、予備というものは存在しないと言っても過言ではないという。
幼少から持ち主と一緒に緩やかに成長し、100年使い込まれた杖は現実世界さえも捻じ曲げる力をつけるとか。
持ち主に馴染むまでにも時間が掛かり、よほどの事が無い限りは一生同じものを使うのだという。
杖の長さは射程に関係していて、折れた時点で魔法が飛ばせなくなったという。
それでも、状況が許せば……修理さえできれば元に戻す事はできた。
さっきの襲撃で、戦闘中にボッキリ折れてしまった為、そういうわけにもいかなくなった。
このままだと襲撃を受け、生きていくのに必要なエネルギーが全て吸い取られ殺されてしまう。
相手の動きが鈍かったり、弱ければ、ゼロ距離で殴る事で凌げるけれど、残念ながら決して弱い相手では無いし。
使い勝手の悪い杖であの素早いスライム(仮)を倒すには死ぬリスクかなり高い。
なので、強いエネルギーの残っている杖に爆発の魔法をかけて投げつけたのだそう。
で、自分は杖を失った今、知識こそあるものの“ひよっこ”同然なので、弟子どころじゃないと、何も言ってないのにもう一度説明の上、断られた。
いや、落ち着いたらもう一回頼むすもりではいましたけれども。
それで終わり……ではなかった。
爆散したスライムの残骸が蠢いて分裂し、私達を囲んでいた。
水に沈んでいた部分が、まだ生きていたんだ。
水と言うのは色々なものを遮断する力があって、清ければ清める力を持つけれど、不浄ならばそれを覆い隠してしまうらしい。
溝川というのは、ある意味で絶好の隠れ場所なのだそうだ。
それなのに、これほど大きな妖魔を見逃していたというのは油断だと後で悔しがっていたけど、私と会う前から数日かけて結構な数と戦って消耗していたみたいだし、気を抜く場所とタイミングが悪かっただけの気がする。
そもそも気を抜いたのは私が原因のような……。
順当に一抱えぐらいあるけど絶対に触りたくない雑魚、雑魚を纏めてかかってくる小ボス、小ボスを束ねる中ボス、そして一回り大きいボスみたいなのも倒したのだ。
で、ラスボスみたいなのを吹き飛ばしたら、終わった気になってしまうのも仕方ないと思うんだけど。
そもそも、妖魔っていうのは基本的に我慢なんてできず、本能のままに襲い掛かってくるものらしいし。
何も考えずに…というか、思考能力を持たず、目の前にある獲物に襲い掛かるのが普通。
でも例外的に、一般的な妖魔とは一線を画す存在が時々現れるらしい。
たまたま、その例外にぶち当たってしまっただけなのだ。
そういうわけで、敵は決して侮っていい相手ではなかった。
ダメージが溜まってるのか、先ほどの素早さはないけど、それでも遅いというほどではなくて。
少なくとも隠れたり、ある程度の状況判断ができる程度の知能がある。
「俺達を喰らって回復するつもりのようだ。」
ピンチだった。一生に1本出会えるかどうかの杖にスペアなんてものは無いという。
そして、杖が無ければマジックにも劣るような魔法しか使えないという。
つまりは、杖の無い魔法使いはほぼ只の人といってもいいわけだ。
万事休す。
だからこそ、生き残った“そいつ”は、逃げるのではなくトドメを刺す事を選んだ。
取り逃がしても、再び脅威となって帰ってくる可能性がある。
反撃される可能性もあるけど、賭けとしては十分成り立つ……むしろ、杖の無い魔法使いと『見える』だけの女子高生は相手にとって文字どおり「おいしい」相手。絶好のカモでしかなかった。
相手が“一般的な妖魔”だったのなら、これだけやられれば逃げ失せる事も考えられた。
そうでなくとも、ただ闇雲に襲ってくるだけだっただろうし、返り討ちはできずとも逃げ出す隙もあったかもしれない。
けど、現状を把握し、汚水の中で分裂し、水路を通って逃がさぬように配置をし、狩りの準備を整えた。それだけの知能があった。
――私達は、もはや抵抗する術を失った、ただの美味しい餌に過ぎなかったから。
囲いが狭まり、厳しい逃げ場がどんどんなくなっていく。
そもそもあの3体の隙間をかいくぐって行くには、相当のスピードが求められた。
爆散させた時に飛び散った残骸の位置関係から、すでに逃げ場は塞がれていた。
それまで散々手を引いて逃げ回ったせいで癖になっていたのか、思わず私の手を握り、そして。
「?」
空を駆けた。
あれっ?杖が無いとほとんど魔法が使えないって今言いませんでしたっけ?
無明さんの顔を伺うと、私と同じような顔をしてこっちを見ていて笑いそうになった。
「……。」
無明さんが何かを唱えると、周辺が光に包まれる。
問題なく魔法が使えるって事??
しばらく様子を窺うように、いくつかの魔法陣を展開した後、無明さんは、空中からドッカンドッカンと魔法を連打する。
話が違うと言わんばかりに、右往左往と逃げ惑うスライム。
けれど、物量(?)で圧し潰すような圧倒的な火力差で、逃げ場から集約されるように攻撃範囲が狭まっていき…
あんなに苦戦してたのが嘘みたいに、スライムはやがて粉々になり、地面に浸み込むようにして消えた。
ピンチ……じゃなかったの??
でも、助かったのだから良かった。
あの時の空気はまさに絶体絶命で、死を覚悟したけど、生きて乗り越える事ができた。
まぁ私は何もしてないんだけどね。
地面に降り立って、その手を放す。
今度こそ、片付いたみたい。
ああ、これで終わりなんだなぁと思うと、さっきまで見てるだけで震えていたというのに寂しくなってしまった。
憧れの人。憧れの魔法。こんなに近いのに、手が届かないんだな、なんて思った。
片手の小さな光を浮かべる無明さん。
杖が無くても魔法が使える事を確認してるみたい。
良かった、やっぱり無明さんは最強なんだ。
嬉しいような、悲しいような気持ちでそれを眺める。
「何故だ。」
けど、なんだか納得いってないような無明さん。
「?」
おもむろに、私の手首を握る。
これって……何? …えっ?えっ?
光り輝く世界。
テンパる私の横で、魔法陣がいくつも展開し、回転する。
光の粒が繊細に形を変え、ふわり、と儚い花びらのように舞い広がる。
そして縦に伸び上がると、そのまま天高く昇っていった。
一瞬、変な期待をしてしまったけど、最後に私の憧れの魔法を見せてくれたのだろう。
これがファンサというやつか。疲労困憊であろうに、神対応としかいいようがない。
素晴らしいデモンストレーションだった。
これで見納めか… 彼が私から手を離すと同時に、その光は空の彼方へと消えた。
「…お前、魔法を使ってみたいとか言ってたな。」
ぼうっと飛んで行った魔法を見送っていると、無明さんが話しかけてきた。
唐突に、真面目な表情を向けられ、ドギマギする。
これまでのやりとりは、あちらからはほとんどが単語に毛が生えた程度の短文で行われていた為、久しぶりの長文(?)に面食らった。
「えっ……は、はい。」
もしかして、やっぱり弟子入りできるという事だろうか?
それとも、最後にもう一度断られてしまうんだろうか?
その期待と不安は、あらぬ方向で裏切られる事になる。
「お前、アルバイトしないか?俺の杖として。」
「……え???」
杖?????
杖を失った無明さんだけど、魔法が使えたのは……。
というか、そもそもこの騒動に巻き込まれたのは、私がこの魔法の周波みたいなのを拾って自分を調整してしまったせいらしい。無意識に。
それで、折れかけた杖に触れた時にも、同じ原理で適合してしまったらしい。無意識に。
無明さんが杖なしで魔法を使おうとしたところで、最適化してしまったらしい。無意識に。
私、どんだけ魔法に飢えてたの?と思ったけど、これ体質的な問題らしいのよね。
通常、杖で使える魔法は複数展開できない。
飛んだら攻撃できない、攻撃中に守れない。
それが、私だと同時に複数展開できるらしい。
杖に刻める回路がどうとか、人間(私)の回路がどうとか難しい事を言ってたけど、簡単に言うとキャパシティの問題みたいなもののようだ。
あと、魔法の効果範囲も数十メートルくらいが普通なんだけど、先ほどの空の彼方まで消えない魔法。
あの射程は異常なんだとか。
……才能ってことか?見込まれて魔法使いになれちゃうのか、私。
と思ったけど。
「いや…マイクは入力専用の装置だ。
音が入るけど、出ないだろう?それと同じで、受け取れるけど操れない。
俺は両方できr……た。が、杖が壊れた事でできなくなった。
俺はさしづめ入力のできなくなった出力装置といったところだな。電源も音源もあるがスピーカーがない再生装置みたいなものだ。
お前は杖、つまりマイクを失ったスピーカーみたいなものだ。操れるけど受け取れない。
だから、お前が魔法に興味があるというのなら、良い提案ではないかと思うんだが。」
せっかく長文を喋ってもらったけど、この人の例えはものすごく分かりずらい事が判明した。
後で、その場で簡単に説明しようとしたけど、すぐに良い例えを見繕う事ができなかったって言うけど、大体いつもが分かりにくいので、これがこの人の普通みたい。
正直、この説明で良い提案かどうか判断するのは難しいと思う。
でも。でもね。すごく怖かったけど、私の魔法への憧れは前よりも輝いてるんだ。
吊り橋効果?何とでも言え。
憧れの人に会って、助けられて、目の前で夢にまで見た光景を見せられて。
それでドキドキしないほうがおかしいだろう!?
時間がある時なら、色々な魔法を見せてくれたり、説明してくれたりするという特典付き。
「よくわからないけど、それって弟子みたいなものでは?」
「うーん?まぁ……そうなるのか?確かに教える事はあるし、そうなるのか。」
「やります!やらせてください!」
やらないわけがなかった。
こうして、私は憧れの魔法の世界に飛びついたわけだけど。
「そうか。では契約成立だな。
ところで、お前の今の状態は不安定だ。
無意識での行いは無意識にできなくなる可能性がある。
何か要因があれば、別の事に切り替わってしまうかもしれない。
まずは訓練だ。良かったな?魔法の勉強ができるぞ。」
憧れの人の笑みに、何故か底知れぬ恐ろしさを感じた気がして。
それが、気のせいでない事を思い知るのは、割とすぐそこにある近い未来の出来事だった。
地獄の訓練を終えて、ようやく魔法が使えるのかと思いきや、よくよく説明を聞いてなんとか理解したんだけど。
私にある才能は「魔法使い」ではなく「魔法使いの杖」の才能だと訂正されて落ち込んだ。
要するに、私は魔法使いとしての才能は無くて、魔法を使う為の『杖』としての才能があるらしい。
魔法使いの才能があったら、歴史を変え得る魔女になれたかもしれないそうだけど……残念。
その後、あのスライムのような物体は、能力的に「吸血鬼」とか「サキュバス」と呼ばれるものであると知って戦慄したり。
妖魔を分類しようとするのは無駄で、姿形だけでは能力の区別が付かない事が多いと知ったり。
人間、わりと妖魔と共存してる事に驚いたりするのだが、それはまた別のお話。