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4話

       四


 直後、礼拝堂には警備員たちが入ってきた。神白たちを見つけると安堵の表情を浮かべ、コートに戻るよう告げてきた。

 神白は指示に従い、コートに向かって歩き始めた。どういう訳か、エレナも従いて来ていたが。

 試合終了後の挨拶を終え、コートの外でヴァルサ・フベニールAの面々は輪になり、監督の話を聞いた。責めの言葉こそなかったが、敗北の原因の分析があった。

 神白は、苦々しい思いと共に、監督の論評を傾聴していた。真剣そのものな顔付きで当然のように輪に加わるエレナが気になってはいたが。時折ふむふむといった感じで頷く様が、可愛らしくて目を惹かれた。

 監督の話が終わり、選手たちは各々でクール・ダウンのストレッチを始めた。神白は皆から少し離れたところに腰を下ろした。今は一人でいたい思いだった。

 エレナの件は気になってはいた。だが、敗戦の責任者という自責の念は、あまりにも強かった。

 神白は股割り前屈の姿勢になり、左足の爪先へと両手を伸ばす。すると、すぐさま肩に手の感触が生じ、ぐっと身体が前に行った。

「痛っ! 誰だよ、いきなり……」突然の痛みに、神白の口から言葉が漏れた。

「本日からフベニールAの第二GKコーチを務めます、みんなのアイドル、エレナ・リナレス・ハポンです♪ 以後お見知りおきを。って言っても、あなた以外の人は、みんな、私はずーっと第二GKコーチだった、って認識なんだけどね」

 背後から、女性の愉快げな声が聞こえてきた。

「何を訳のわからない……。礼拝堂での催眠術めいた真似といい、君はいったい何者なんだ?」

 ストレッチに耐えつつも、神白は疑念を口にした。

「『君』だなんて、失礼しちゃうな。私の年齢、まだ知らないでしょ? もし年上だったら、笛が鳴ってる。君はレッドで一発退場、だよ」

(そういやそうか。迂闊だったな)神白は小さく後悔する。

「まあでも私は十八歳。君からすると、見目麗しい美人同級生。だから気易くタメ口で、呼び名は気易く「エ・レ・ナ」でよろしくね」

 エレナは親指を立て、にこりと愛嬌たっぷりに微笑む。

(ってか見目うんぬんは年齢とは関係ないだろ。見た目は凄い聡明そうなのに、奔放というか自由というか。掴み所のない人だ)

 アップダウンの激しいエレナの台詞に、神白は思考を巡らせる。

「初耳な情報がてんこ盛りだろうから、順を追って説明するね。私は、日本人の血が混じったスペイン人。ハポンっていう姓は、江戸時代にスペインに渡った慶長遣欧使節団の末裔だからなの。芸術の都ヴァルセロナで生まれて、優しい両親の元でのびのびと育って、六歳の時にサッカーを始めた」

 エレナは落ち着いた調子で説明を始めた。エレナの特異な経歴に、神白は興味を惹かれる。

「私は必死で練習した。やるからには頂点! トップ! 全プレイヤーの目標だもんね。弛まぬ努力と、ある程度はあった才能のおかげで、十七歳の時にヴァルセロナSC・フェメニのスカウトの目に留まった。十八歳でトップに上がって、すぐにレギュラーを奪取したのよ」

 一転、エレナの声は弾んでいた。

 背後なので見えはしない。だが、神白にはエレナの得意げな表情が目に浮かぶようだった。

(女子と男子じゃ状況は違うけど、十八歳でレギュラーは大したもんだよな。俺も日本にいた頃は、神童だ何だって身の丈に合わない騒がれ方をしてたけど、エレナもそういう人の一人ってわけだ)

 神白は一人、納得していた。

「でも、あれこれ事情があって、私はクァンプ・ナウの礼拝堂であなたと出会い、怒り狂うファンから催眠術の力で救った」

 ストレッチを中断し、神白は振り返った。

「説明、飛ばし過ぎでしょ。いったい何がどうなって、ヴァルサ女子期待の若手キーパーが、マリア様の御使いみたいな存在になってるんだ?」

 努めて穏やかに、神白はエレナに問い掛けた。

「教えてもいいけど、私の使命とは無関係だし止めとくね。あまり進んで話したい内容でもないし」

 諦めたような雰囲気で、エレナはぽつりと言葉を漏らした。

「使命って、何?」神白が静かに疑問を口にする。

「あなたがサッカーで成功するための支援。それが私の全て。使命にして生きがい」

 エレナは一瞬にして真顔になった。これまでの飄々とした佇まいとは一線を画していた。

 神白が言葉を失っていると、エレナはふいに余裕たっぷりの笑顔になる。

「そりゃあ気になるよね。こーんな絶世の美人が急に現れて、『私には使命がある』だなんて嘯くんだもの。引っかからないほうが嘘だよ、うん。でも今はとにかく私を信じて腕を磨くのよ。今日の失敗程度でへこたれちゃあダメだよ。勝利も敗北も、全ての経験を糧にもっと上を目指すの。そうすりゃ自然と道は開けるから」

 確信に満ちた口振りで、エレナは言葉を紡いだ。神白は思いを巡らせる。

(正体はめちゃくちゃ気になるけど、俺を助けたいって気持ちは本物なんだろな、うん。誠意には誠意でもって応えなくちゃいけない)

 結論づけた神白は、「ありがとう。そんじゃあこれからよろしく」と右手を差し出し握手を求めた。

「ちょっとちょっとちょおっとぉ。握手はいいけど聞き流さないでよ。まさかの二度目よ。『見目麗しい』とか『絶世の美人』とかはきっちり突っ込んでくれないと。私を自分大好きな痛い女にしないでよ」

 慌てた様のエレナは早口で一人喚いた。

(んなむちゃくちゃな。怒りそうな気がしたからスルーしたんだっての。……良い人そうだけど、一癖も二癖もある感じだな)

 神白は声には出さず、呆れるのだった。


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