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情報を整理しようか



 召喚時に丁度持っていた荷物などを用意された大部屋に置き、食事や風呂を済ませて戻って来た全員はぐだりと室内にそれぞれ倒れ込む。

 絆愛もまた適当な位置で倒れ込むように寝転がった。


 ……いや、こう、何か、あとは寝るだけとなった瞬間にどっと疲れが来たな……。


 学校終わりで家に帰ってもこう疲れたりはしないが、異世界に来て色々能力の説明だのをしたりこちらの食糧事情やら風呂事情やらについて聞いたりをしていたら、思った以上に疲れていた。

 まあ異文化交流みたいなアレに近い為、妥当だろう。

 留学初日みたいなものだ。


 ……あ、でもこれ本当にヤバいぞ。寝落ちる。


 床いっぱいにクッションやら布やらを敷き詰めて、その上にシーツを被せただけという簡易布団。

 しかしそれでも寝床には充分だし、その範囲の広さやら非日常感を思うとちょっとわくわくで楽しい気分になる。

 異世界の時点で非日常極まってるが。

 そう思いつつ己は近くのシーツとシーツの隙間から適当なクッションを掴み、それを枕代わりに胸に抱きしめた。

 頭の下にも体の下にもクッションが沢山ある為、頭の下に枕を用意する必要は無い。


 ……あー……。



「はいはいはーい」



 パンパンパン、と手を叩く音がした。

 見れば、シーツの海の上に座っている優信だった。

 己や他の皆同様、優信もまた寝間着に着替えている。


 ……従人が持っていて良かった。


 そう、自分達は優信の家にお泊り予定だった為寝間着もカバンの中に入っていたが、優信の着替えは当然家に置いてある。

 だが少し前に優信が新しい寝間着を購入した際、着古したスウェットを従人に預けていた。





 従人は大きな体がはみ出したりしないふかふかでこぼこしたシーツの海で身を横にして、腕で少し上半身を支えながら優信を見た。

 着古したスウェットを優信が捨てようとしていたのを見て、捨てるならコレクションするからください! と思わず言ってしまったのだが、あれが功を奏したと言えよう。

 まさか異世界に来るとは思わなかったが、お陰で優信の寝間着を確保出来たので良い事だ。


 ……着古してる分、洗ってあってもしっかり優信の匂いがするからって持ち運んでて良かった。


 不安な時とか寂しい時にクラスの誰かの気配を感じたいと、そう思う事が自分には何度かあった。

 だからこういう物もつい集めてしまうし、手に入れたばかりの時はついつい持ち運びまでしてしまう。時々匂いを嗅いでしまう辺りストーカーを超えたド変態な気がするが、


 ……僕からすればアロマ!リラックス効果のアロマだから!


 内心でそう言い訳をする。

 あまり意味の無い言い訳だが、脳内の大義名分は色々大事だ。

 実際今回は思わぬ役に立ったわけだし。


 ……あ、でも追従の能力で出す動物の嗅覚に繋げてもっと皆の香りとか嗅いでおけばよかったかな? 何人かこっちのお風呂用品使ってたし。


 何人かはお泊り用にと自分用のお風呂用品を持参していた為それを使っていたが、持ってきていない組は頓着しない組でもあるので備え付けられていたのを普通に使った。

 大きなお風呂に男女別で時間をずらして入ったとはいえ聞けば皆答えてくれた為、それはわかっている。


 ……僕も持って来ておけばよかったかも。


 先代勇者が通販で買ったのか、それを元にしたのか、もしくは他の勇者によるものなのか、この世界にもドライヤーはあった。

 機械っぽくはないが確かにドライヤーなので多分ドライヤー。名称もドライヤーだったので合ってるはずだ。

 とにかくそのドライヤーでしっかり髪を乾かしたから良いが、それが無かったら大変だった。

 何せ己の髪はかなり癖がある為、乾かさないで寝ると物凄く大変な事になってしまう。


 ……それでも纏まらないから伸ばしてるくらいだし。


 安堵から押し寄せて来る疲れで寝落ちないようにしながらもそうやって思考を寄り道させてしまいつつ、従人は優信の方を見た。





 優信は、皆眠そうだなー、と思った。

 でもそれはそれとして、今の内に把握出来る情報は把握しておきたい。


 ……僕、先生だからね。


 情報収集に長けた能力の生徒が多いからこそ、情報を共有するべきだ。

 そして皆が寝ている間にある程度考えた方が良いだろう。

 自分も途中で寝落ちする気が物凄くするが、それでも考える事は放棄しない方が良い。

 正直言って情報を聞いたらそのまま情陶の能力に精査を任せて寝た方が良い気もするけれど、最年長である先生として頑張らなくては。


 ……あ、でも僕達基本的に対等って感じだし、無理に無駄な事するよりは頼って素早く済ませた方が効率的にも良いかもしれない。


 これは甘えや現実逃避だろうか。

 よくわからないが、とりあえず言うだけ言おう。



「皆、一旦こっち注目。良いかい? 注目したね? よし、それじゃあまずは宝と幽良と心声、能力使える? いける?」


「優信、もう少し言ってくれないと私達も反応がし辛いんだが……」


「確かにそうだね」



 挙手した宝の言葉ももっともなので、頷きを返す。



「これからやるのは、軽い情報交換。絆愛がまだ報告出来てない神との会話だとか、心声が把握したブナ王達の事情とか、そういう色々を知っておきたい」


「それ今日じゃないと駄目~?」



 完全にうつ伏せ状態で枕を顎の下に置いている飛天が足をパタパタさせながらそう言った。

 目が殆ど開いていないところを見るに、相当に眠いのだろう。


 ……食べ物が少なかった分、眠る事で体力を温存しようとしている部分もあるんだろうね。


 食料的に色々アレらしいから仕方が無かった。

 幸い食欲が無かったり小食だったりでちょっと余らせていた組が分けた為丁度良いバランスになったと思っていたが、大食いである飛天からすると足りなかったのだろう。



「確かに、本当にブナ王達がアウト枠で夜更けに闇討ちやら隷属化を考えているようなら、心声がすぐに報告してくれると思う。そして今それをしていないという事は大丈夫だろうという事も」


「……それ、だけど……」


「ん?」



 クラスの皆しか居ない空間だからか、再無が挙手しながら発言した。



「…………心声、寝てるよ。……あと、犬穴も……」



 見れば、仰向けでぐーすか寝ている犬穴が居た。普段はオールバックにして上げている前髪が下りているので、その寝顔はあどけなくも見える。

 いや、がっつり大口を上げて涎垂らしている辺り、違うベクトルのあどけなさな気がするが。

 心声はそんな犬穴の腹に頭を乗せてすやぁっと寝ていた。

 こちらは幼さが残る顔立ちもあって言葉のイメージ通りなあどけない寝顔。


 ……わー、良い寝顔ー……。


 起こすのを躊躇う寝顔だが、しかし安全や安心の為にも情報は共有しておきたい。

 いやでも本当に起こすのを躊躇う寝顔だし、実際そろそろ寝るのに良い時間だし、やたらと疲労感が襲ってくるので眠気に負けるのもわからなくはない。



「起こすわ」



 しかし地狐は容赦が無かった。





 地狐からすると、情報とはとても大事なものだ。

 宝という感じ。

 いやクラスメイトの方では無く。

 とにかく今はその大事なお宝を得る時間帯なので、寝るには早い。



「起きなさい」



 二人の鼻を摘まんでやった。





 呼吸を奪われた事で酸欠となった二人が飛び起きたのを、優信は見ていた。


 ……うん、まあ、助かったかな。



「ありがとう、地狐」


「いいえ」


「え、いや、おい、待て待て待て。今お前思いっきり俺の鼻摘まんでたよな? どういう何があってそうなった?」


「心声もされたよ!?」


「まだ寝るには早い時間帯と、そういう事よ」



 地狐はお風呂上りで下ろしていた髪を、肩の辺りで軽く纏める。



「一瞬でも寝た以上は他より頭もスッキリしているはずだから、頑張って起きて話をしたり聞いたりしていなさい」


「…………あー、成る程ねん」



 んー、と伸びをしながら、心を読んだらしい心声が眠そうな目で笑った。



「ブナ王達の内心について聞きたいって事かァ。で、この部屋が安全かどうかを確認してねェ、と」


「ああ、さっき私達に能力が使えるかと聞いて来たのはそういう事か」


「私達はどうも常時発動型? って感じだから、特定の情報を得ようとしなければ問題無いみたいだけど……」



 幽良は眠そうな不崩に肩を貸しながら、言う。



「…………うん、盗聴してるような音は無いわ。こっちに気を遣ってるのか近くに人の気配すら無い。呼吸音や服の擦れる音が無いもの。多分、護衛すらも監視みたいに思われかねないからって事で置いてないんじゃないかしら」


「だろうな」



 宝は下ろしている長い髪を邪魔臭そうに後ろに払った。



「盗聴器とか、そういうのも無いぞ。こっちのドライヤーは魔法が仕込まれているのか魔力らしき何かが見えたが、ここにはそれも無い。監視カメラ系も無いな」


「昔はあったかもしれないけどォ、今はそういうのを置く余裕も無ければ狙われる危険性すらも無いレベルで困窮してるみたいだからねん」



 ふぁ、と心声はあくびを漏らしてむにゃむにゃと眠そうにしながら、隣に座る犬穴の膝に上半身を倒れ込ませる。



「それじゃ安全確認した上で言うけど、ブナ王達は召喚法こそ知ってはいても心声達を元の世界に戻す方法は知らないみたいだよォ」


「まあ、そこ含めてテンプレだよな」



 周辺のクッションを集めて背もたれのようにした部分に体重を預けながら、獣生がうんうんと頷いた。



「というかねェ、元々無いみたいだったよん」


「でしょうね」



 ふぅ、と憶水は息を吐く。





 憶水は人間を覚えられないだけで、文字などは記憶出来る。

 つまり成績は良いので、ある程度察しも良い方だ。


 ……実際、地球でも原子力発電などがあります。


 それにより生活を支えられている身なのでハッキリとは言いたくないが、あれはヤバいヤツでしかない。

 そしてそこまでとは言わないまでも、排気ガスなどもそういう系統。

 生活的に役立つものの、その後を考えていないものが多かったりする。


 ……この召喚もそれですよね。



「例えば無限に実を生らす事が出来る植物。例えばどれだけ切っても尽きない反物。例えばどれだけ飲んでも減らない水」



 憶水は言う。



「それらが地球に突如現れたとして、地球人はそれを手放すと思いますか?」


「「「無理」」」



 全員がハッキリ断言した。



「そういう事ですよ。しかもこちらの物では無いから、こちらの消耗を無くす事だって可能です。例えば金山なども基本的に限りがある為、発掘されればそこで確保出来る金は終わりますが……そこに今の、金を出せる能力持ちの不崩が居れば?」


「そう考えると無限金山ですよね、私……」


「そういう事です。しかも他の金山を潰す事無く得る事が出来ますからね」



 森を切り崩して家を建てる材料を、となった時、充分な材料が用意されていれば森を切り崩す必要も無い。

 そして人は思うだろう。


 ……これなら無くなる事が無い、と思うはずです。


 アニメとかでも時々語られる、エントロピーの法則に近い。

 雑に言うなら木が成長するまでの数十年を考えると、それを燃やして得られる灯りの持続時間はとても短い、みたいなアレだ。

 長く燃やし続けるには沢山の木が必要となり、そうなるとその時間の為に沢山の木が無くなり、減っていき、最終的に灯りを保つ為の木が無くなるという事。

 木を育てるにしても使えるようになるまでには数十年が必要であり、その間も火を灯らせ続けようとすればそれどころじゃない量の木を消耗するだろう。


 ……生き物の数だけ物資が減りますが、それを補えなくなった時は奪う為に戦争をする事になり……最終的には全部無くなって終わるのでしょうね。


 故にこちらでは無い世界から人間を召喚する、というのが作られたのかもしれない。

 それが良い能力を持っていれば、例えば食べ物を出せる能力だった場合は飢えが無くなる。

 食べ物を作る数にも限界があり、市場に出せる物にも限界がある為、そういったものでもないと保てないのだ。

 そして安定したとしても作る側に限界がある分、その異世界人が居なくなれば再び崩壊に向かうだろう。


 ……ならもう帰さない方向で、ってなりますよね。


 帰って欲しくないから帰る方法を無くす、というのは天女伝説でもよくあるもの。

 これもそういう事であり、故に帰る為の方法が無いのだと憶水は考えていた。





「まあこれからの卒業やら就職やらでバラバラになる可能性を危惧してた身としてはいっそこのまま一緒に居られるチャンスだし、と前向きに捉えるとして」



 優信はそう告げた。

 だってそれが事実だ。

 卒業したらそれぞれ就職したり進学したりで、今のように泊まったりも中々出来なくなるだろう。そして自分は教師なのでどっちかというと置いて行かれる側であり超寂しい。

 いっそシェアハウスにしてしまうという手もあるが、二十一人という大所帯である事を思うとそう簡単にはいかない問題なのが困りもの。


 ……うん、だからこれはある意味ラッキー。


 こっちは知らんが地球の季節は秋だった為そろそろ進級についてを考える必要があり、どうにか他の先生達を丸め込んだところだったのだ。

 犬穴などの色々厄介な生徒も居ますが皆仲が良いので、今の状態を維持した方が制御が楽ですよ、と。

 お泊り会効果で成績が向上しており、成績優秀者も何人か居た為、それを独り占めしようとしているんじゃないかと疑われもしたが、最終的にはどうにかクラス替え無しを勝ち取った。


 ……なのに一週間も経たずにこうして異世界トリップだけど、まあ、全員居るから良いよね。


 クラスや家と変わらないので問題は無い。



「心声、他にブナ王が隠している事はあったかな?」


「んーっとねェ、こっちに対して真摯な態度を、っていうのは本気だったよん。あと民や国や家臣、この世界の為に! っていうのも本気ィ」



 心声は眠そうに船を漕いでいる犬穴の手を取り、その爪を触ったり眺めたりしながらそう語る。



「その為に無理矢理こっちに連れて来るっていう暴挙をすっげー申し訳なく思ってた。だからこそ頼り切りで搾取、っていう形にだけはしたくないみたァい」


「ああ、申し訳なさという陰に満ちていたが、それでも真っ直ぐあろうとする澄んだ美しい瞳をブナ王は持っていた」


「絆愛、絆愛、今はちょっとそういうタイミングじゃないからね」



 うっかり口説きタイムが始まりそうだったので即座にストップを入れてキャンセル。

 ここで油断すると最低でも十五分は語られるので、迅速なストップが重要なのだ。



「あァ、そうそう」



 犬穴の膝に上半身を預けていた心声は、思い出したようにそう言って起き上がる。



「魔王が倒されたのは事実っぽいんだけどォ、このままだと復活する危険性があるってさァ」


「「「えっ」」」



 思わず声が揃ったが、無理も無い。



「…………魔王が?」


「うん」


「倒されたのに?」


「復活するってェ」


「うーわ……」



 問い掛けていた口舌は頭痛がしているかのように額を抑え、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 クッションと布が敷き詰められた上にシーツという状態なので、倒れ込んでもぼすりという音がするだけで頭をぶつけたりはしないだろう。

 まあクッションと布という緩衝材状態になっている為、聴力が強化された幽良でも無いと聞き取れないレベルの音しか出ないかもしれないが。



「何故そんな事になるんだ?」


「それがまた面倒なんだよ群光ゥー」



 心声は溜め息を吐く。



「何ていうかさァ、魔王っていうのは生物っていうよりも魔王っていう概念? みたいでねェ?」


「あっこれもう俺達理解出来ないやつだね」


「時平もそう思うか。俺もだ。概念って単語が出た時点で無理」


「時平も衛琉もリタイアが早過ぎないかしら」


「いやいや、私もこれは理解難しそうって思ったわよー?」



 天恵の苦笑に、地狐はそういうものだろうかと言わんばかりの表情で首を傾げた。



「こう……魔王イコール、良くない事ォ? みたいなァ?」


「心声」


「ん?」



 心声自身も理解し切れてないような状態で説明しようとした時、情陶が手を挙げた。



「とりあえず、ある程度雑にでも良いから話してください。あとは私の能力の確認も兼ねて、こっちの情報能力で精査させます」


「情陶ナァーイス!」


「いえーい」



 それぞれ距離があった為、心声は隣の犬穴と、情陶は隣の絆愛とハイタッチした。

 お互いじゃなくて良いのかと思うものの、クラスの皆は家族かそれ以上に深い関係なのでそういうもんだろう。

 いえーいという気持ちが共有出来ればそれで良いし、クラスメイトとその気持ちを共有したいという部分が全う出来ている事に違いは無いのだ。


「それじゃあざっくり言うけどォ、魔王っていうのは災害とかの具現化? とか人の良くない感情とか? の集合体らしくってェ。今の良くない状況が続くとそういうのがヤバいくらいに蔓延して、集まって、ででででーんって復活ゥ」


「最後だけ子供向けアニメで巨大な敵が登場した時のBGMっぽくなかった?」


「まあまあ」



 従人のツッコミにそう返しつつ、心声は言う。



「とにかくそういう、不平不満とかの悪い感情、あと不作とか害意だとか盗賊だとかァ、そういうマイナス傾向の色々があまりに溢れ過ぎると、それらが寄り集まって魔王っていう一つの存在になっちゃうみたいだねん」


「そこに補足情報だ」



 ピ、と絆愛が挙手した。



「この世界にも魔法はあるし、本来は一般人も使用出来るレベルだったらしいが、現在は魔力をアイテムに込めでもしないと駄目なレベルにまで落ちている。それらが出来る専門家でやっと初級魔法が打てるレベルであり、その結果魔物への対抗手段もかなり無いらしい」


「それは呪いで、なのか?」


「んー…………まあ、そうなるな」



 掃潔の問いに、絆愛は腕を組んで眉を寄せながらそう答える。



「どうもこの世界の魔力というのは、精霊という超自然的存在? によるものらしい。生命力とかそういうアレだ。で、人間の魔力だと限りがあるから普通はその辺にある水の精霊とか木の精霊なんかの力を借りてドーンと魔法を放つそうなんだが」


「呪いで出来なくなってるの?」


「間接的にはそうだ」



 絆愛は時平の問いに頷きを返した。



「魔王の呪いは、色々なものをマイナス方面へと向かわせるもの。だから森が枯れたり、逆にジャングルになったりする。ジャングルの場合は精霊が強過ぎて力を借りるどころじゃなく、枯れた森は精霊が死んでいる為に森を復活させる事も難しい」


「……あの、それめちゃくちゃヤバい情報なのではないでしょうか」


「憶水の言う通り、ヤバい。端的に言うと魔王の呪いとは悪循環を引き起こすものなんだ。正直言うと今の私達にもそのデバフが掛かってる」


「「「えっ」」」



 ……どんな!?


 己は思わず自分を見下ろした。

 いつもの、というか前に一回手放したはずの着古したスウェットが見える。

 というかそもそも宝でも無ければ目視で異変には気付けないような。



「多分、宝ならステータスを表示すれば掛かっているデバフとして見れるんじゃないか?」


「え、ちょっと待ってくれ」



 宝は何も無い空中をじっと見つめた。





 宝はとりあえず近くに居る体刀のステータスを見ようとした。

 見れた。


 ……ファンタジーだなー……。


 まあ今更なのでその感動は一旦横に置き、状態異常を確認。

 そしたらあった。



「あー……これか。魔王の呪いデバフがある」


「本当にあるのか……」



 ステータスを見られているとわかっているのだろう体刀は凄く嫌そうな顔をしていた。

 これはステータスが見られるのが嫌というよりも、デバフが掛かっているのが嫌なのだろう。



「えーと、影響としては……疲労が25パーセントから40パーセント増」


「割り引きかよ」


「割り引きの方がマシですよ、衛琉」



 お金持ちのお嬢様な不崩が割り引き云々について言うのは不思議な気もするが、お泊りの時の買い出しは順番なので、その時天恵に教わったとかだろう。

 人数が居る分割り引きセール系は確実に確保した方が良い為、おかあちゃん属性で主婦スキル高い天恵は必ず買い出し班に入っている。

 その他は順番にローテーション。


 ……というか割り引きというよりもポイント倍増セール?


 どっちにしろデバフ倍増とか普通に嫌だが。



「ストレスの蓄積とか、あと免疫力低下とかもあるな」


「そう」



 絆愛が頷く。



「そして疲れやすいと普通よりも仕事に時間が掛かるし、やり遂げる事も難しいだろう? そうするとどんどん出来る仕事の量が減っていって、最終的には何かをする気力も無いくらいの疲労が溜まる」


「そういう悪循環ですかぁ……」



 情陶はうへぇという顔で背を丸め、膝の上に乗せていたクッションを抱き締めた。



「そういった悪循環で負の感情が蓄積される。そうすると負の感情が伝染するよな?」


「ああ、一人不機嫌な人が居るとその空間がピリピリするあの現象か……」


「それそれ」



 肯定されてしまった。

 つまりこの世界、物凄く対人関係大変という事ではないだろうか。



「そういった負の感情が多いと協力的な精霊は弱り、死に絶え、そしてその死骸やらがまた魔王の呪いを促進させる負の効果を発生させるという」


「発生すんのか?」


「これはとても言い方が悪いからアレだが、肥料と腐った生ゴミは違うだろう?」


「畑を肥やすどころか悪臭やらヤベェ病気振り撒く系かよ……」



 うへえ、と獣生が嫌そうに舌を出した。

 獣生は山育ちで農家の祖父母と暮らしており、祖父は時々猟師もしているらしいので、そのヤバさが如実にわかるのだろう。





 成る程、と周囲に出ては消えを繰り返す大量のホログラムを表示させた情陶は頷く。



「色々得た情報から精査された結果が表示されましたけど、要するに魔王はマイナス系の集合体、って事ですねぇ」


「つまり?」



 わかっていないらしい衛琉の問いに、己は周囲に新しくホログラムを出した。


 ……これ、ホログラム出す気でこれについての答えをーって考えるだけで動いてくれるんですね。


 自動で精査してくれるのでありがたいと思いつつ、結果を見る。



「衛琉にわからないように言うならマイナス系の概念が寄り集まって具現化して生命体になった存在で、わかるように言うなら花粉が集まって出来上がった花粉モンスター的な?」


「とてもわかりやすくて助かったけどよ、前半要ったか?」


「地狐辺りがそういうのを求めてそうだったので」


「ええ、良い説明だったわ」



 ……よっしゃあ!褒められましたよ!


 よく勉強を教えてくれる地狐には申し訳ないが、大体寝落ちしてしまう自分なのだ。

 こうやって少しでも恩返し出来るタイミングがあるというのは喜ばしい。





 うーん、と優信は考える。



「今のを総合すると、現状のまま放置してたら魔王が復活するって事だよね」


「「「あっ」」」



 魔王がどういう存在かに意識が向いていたらしい皆が今気付いたとばかりにぽかんと口を開けていた。



「……うん、まあ、とりあえず出来る事はゆっくりとやっていくって事で頑張っていこう。出来る範囲を広げつつ……と言っても、そうなると魔物退治をして色々試すのが一番効率が良いのかな」



 魔物を倒して平和を増やしつつ、特典能力を使用すればTPも増えていく。

 というか魔物退治は特典を使わないと駄目だろう。

 魔法が使えるかわからない、というか恐らく使えないし、仮に使えたとしても精霊だか魔力だかが枯渇状態の現状では無理だ。



「よし!」



 手をスパァンと叩いて、空気を転換。



「それじゃあとりあえずは学びつつも体育扱いで魔物を退治したりもしつつ活動するとして、絆愛! 神についての情報を教えてくれるかい?」



 見れば、絆愛はすやぁっと穏やかな顔で船を漕いでいた。



「絆愛、起きなさい」


「ぶべっ」



 しかしソッコで天恵に背中を叩かれて覚醒させられる。



「まだストレッチもしてないのに寝ちゃ駄目じゃない」


「う……」



 呆れたように言う天恵に、絆愛は眠気がまだ残る目を逸らした。



「……しないと駄目か?」


「別にしなくても私は良いけど、しなかったら翌朝自力で起き上がるのにも三十分は掛かるでしょ、絆愛」


「そうなんだよな……」



 ……絆愛、本当に体が硬いからね。


 硬いというか、固まりやすい体質らしい。

 その為寝る前と寝起きのストレッチをしないと体がバッキバキになり、碌に身動きも出来なくなるのだ。

 お泊り会でうっかり寝落ちした際に何度か見た為、今ではお泊りの際、起きていたら絆愛のストレッチを手伝う、という感じになっている。

 起きた時点でバッキバキなので誰かの助けが必要なレベルという、相当の硬さ。


 ……そして響く絆愛の悲鳴。


 最初はご近所さんが思わずチャイムを押しに来たが、今では絆愛の口説き癖にやられて良いお付き合いが出来ている。

 まあそもそも変な目を向けられたのは絆愛の悲鳴のせいなのだが。



「んで、遅刻しかけて同じく遅刻しかけの子とぶつかりかけて抱きとめて口説いてラブが始まるまでがいつものパターンよね」


「あるあるー」


「そして他校から来るラブレター」



 幽良、心声、口舌が笑みを浮かべながらそう言った。


 ……うん、いつものパターンだね。


 最早遅刻を咎めるよりも、今日は口説いていないよね?と確認するようになってしまった。

 だって口説いている場合は最悪痴情のもつれによる刃傷沙汰になるのだ。


 ……引っかける子が時々ヤバい子なのが問題だなあ。


 誰が相手だろうと口説くからこそ厄介な子まで口説き落とすのが絆愛である。

 正直包丁を何度か持ち出されていながら未だに一度も包丁に刺されていないというのが不思議で仕方ない。

 いやまあ、生徒であり家族以上に大事な存在の内の一人だと思うと、無事なのは良い事だが。



「そう言われてもな……ぶつかったら危ないし、これから出会うだろう素敵な相手を傷付けてしまいかねないだろう? だから出来るだけ受け止める事にしているんだが、そうすると必然的に私の胸をときめかせる素敵な相手が私の腕の中に飛び込んできてだな」


「はいはい、そこまでそこまで」


「とにかく絆愛は寝る前はストレッチだ」


「あと神についての話だね!」



 飛天に止められ、掃潔にストレッチを言い渡され、サムズアップした従人に話をするよう促された絆愛は、まだ言い足りないと言いたげな表情をした後頭を振り、わかったと頷いた。



「では神についてだが、神はあれ、元が地球人だ」


「「「へえ」」」



 己を含め、その言葉には誰も驚かなかった。



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