自分の周り
随分と目まぐるしく変化してんなあ、とカランコエは思っていた。
それは町の中しかり、城の中しかり。
「カランコエさん! こっちはこれで良いですか!?」
「おう」
それは自分の周りもだ。
城の中に居た人数なんて両手で足りていたというのに、今では両手両足の指を足しても足らないくらいに増えた。
増えてくれた。
自分一人でやっていた頃を思うと教える手間こそ多少あるが、城の庭の手入れも素早く終わる。
……人手があるってのは良いな。
人手が無いとその分ちまちま手間が掛かるが、人手があれば最初に教える手間こそあれど、使えるようになってからの頼もしさは強い。
やる気があり、学ぶ気もあり、身に着ける事も出来るヤツばかりというのもありがたい事だ。
恐らくそれは、採用するかどうかを判断しているセリが見抜いているんだろうが。
あの人は多分人とは違う視点を持っていたりするんだと思う。
「カランコエさん、こっちも終わりました」
「わかった」
先程のナノハナに続き、オジギソウも終わったと告げて来た。
両方確認してみれば、剪定も花壇の修繕も綺麗に出来ている。
「二人共完璧に出来てんな! 良い仕事だ!」
「わーい!」
「え、あ、ども、です」
出来に頷きニッと笑って庭師見習いである二人の背を叩けば、それぞれ違う反応が返って来た。
最近町に来た農家の息子であるナノハナは快活な少年らしく素直に両手を万歳して嬉しそうに笑みを浮かべている。
そして前から町に居たが両親が病に臥せていた為、親の代わりに古書店の切り盛りをしていた青年オジギソウ。
こっちは勇者達によって両親が回復し再び店に立てるようになったからと言い、昔からの夢だったからとわざわざ庭師になりに来た男だ。
自己主張が薄く控えめで恐縮しがち故か反応に困っておろおろ視線を彷徨わせたものの、最終的にはへにゃりと照れ臭そうに破顔する。
「やったねオジギソウ!」
「ああ、やったな」
「いえーい!」
「いえい」
年齢こそ違うし町の東と南で住んでいる方角にも距離があるが、同じ庭師見習いである同期。
意外と仲が良い二人は片方は満面の笑み、片方は眉を下げながらの笑みでハイタッチをした。
……眩しいが微笑ましいな。
そう思うのは己の内面が老成しているという事だろうか。
年寄りに囲まれながら幼い頃からせっせと働いていた弊害かもしれない。
いやまあ、あまりにメンタルが幼いままというよりは良いんだろうが。
「しかし、俺も丁度終わったわけだから……今日の仕事は以上だな。日が暮れ始める前に終わったって事は、お前らも随分慣れたもんだ」
「最初は夜まで掛かりましたもんねー」
「僕達、何も知らなかったからな……面倒をおかけしました」
「いや」
気にするな、と己は手をひらひらと振る。
「誰だって知らない事は手間取るもんだ。寧ろ間違ったやり方が定着しているのを矯正するよりは、何も知らない相手にしっかり一から教えた方がこっちとしてもやりやすい」
変な癖が出来ている方が面倒なのは事実だ。
無意識の癖でもあるからこそ、直すのに時間が掛かる。
しかもそこからちゃんとしたやり方を教える手間も加わってくるので、最初から教えた方が早いのは偽りない本音だ。
「それに、教えた分をしっかり吸収して自分のモノにしてんだろお前ら。だったら俺としちゃ文句なんてねえよ」
そう言って、己はニッと笑みを浮かべる。
「一人でやってた頃の大変さを思えば、ちゃんと出来るようになったお前らの存在のありがたさったらないぜ」
「…………」
「どうした、ナノハナ」
「…………カランコエさん、絶対モテる人だ……」
「いきなりどうした」
口元を手で押さえながら目ぇかっ開いてこちらを凝視してきたので何だと思えば、どういう事だ。
「だって今凄い嬉しい事言ってくれましたよ!? ねえオジギソウ!」
「……正直照れます」
「ほら!」
「んな事言われてもなあ……」
ときめきのツボが違うのか二人の主張がよくわからん。
・
オジギソウは念願の庭師になる為、庭師見習いとしてカランコエに師事していた。
代々経営している古書店が嫌いというわけではない。
嫌いだったら病で床に臥せていた両親の代わりに客もそうそう来ない古書店の経営をしたりなどしない。
古書類、古書だからこそしっかり管理しないとすぐ読めなくなるし。
……でも、勇者達が来てから良い事ばかりだ。
まず両親の病が治った。
経営が回り始めた。
こちらの本を知る為に、と勇者が店の本を確認したり、時々買ってくれたりもした。
経済が回り出したお陰で、一般の人も本を買えるだけの余裕ができ始めた。
城が沢山の人を雇えるようになった。
両親が復帰した事、そして城が人手を募集していたのもあって、昔からなりたかった庭師になれた。
……まだ、見習いだけどな。
それでもきちんと教えてもらえる。
それを学べば、自分でどんどん出来るようにもなる。
幸いな事に上司であるカランコエは情報の出し惜しみをせずに教えてくれるし、何なら代々連ねて来たらしい独自のやり方なども教えてくれた。
……俺は城の庭師になるってより、個人の物じゃない町の木々や花壇の世話をしたいからいずれカランコエさんの元を離れるだろうが。
それは志望動機を語る際にちゃんと説明してある。
城の人達も、当然カランコエも承知の上で教わっているのだ。
そもそも町の木々や花壇の手入れなどには中々手が回らなかったそうだし、町の公共物だからこそ城で働いている人の担当みたいなものらしいので、所属の変更なんかは無いそうだが。
仕事をするのが城の庭か町の中か、という程度の違いだ。
「お前らはどうする?」
「はい?」
「どういう事ですか?」
こちらを見るカランコエの言葉に、ナノハナと己は意図がわからず首を傾げた。
カランコエは、あー、と言う言葉を頭の中で考えているかのように唸りながら道具類を纏め片付け始めた。
己とナノハナも慌ててその動きに続き自分達の道具を素早く、しかし傷付けたり駄目にしたりしないよう気をつけながら片付け始める。
「要するに、この後暇かって話な」
手持ちの道具類は道具袋に仕舞いつつ、梯子などの大型かつ共用の道具は物置に仕舞ってカランコエはそう言った。
「俺は普通に暇、っていうか大衆浴場行ってどっかでご飯かなって感じですね。オジギソウは?」
「僕も同じだな」
大衆浴場は既に何度か行っている。
開いた直後は何があるかわからないしルールを知らない人だらけな状態でもあるので、トラブルを避けて行っていなかった。
けれど様子を見ていたら、わかりやすい指導や説明があるのか思ったより早く落ち着いた。
……冒険者が見張りをしてる、ってのも大きいんだろうな。
だから不届き者はすぐに放り出される。
お陰で自分達まともな奴らは安全かつ安心して大衆浴場を利用し、泥や汗を洗い流して綺麗になる事が出来るわけだが。
……勇者達のお陰で家にシャワーが設置されたが、やっぱり大きくて広い風呂場があるっていうのは良い。
浴槽にはまだ慣れないが、温泉というのはああいう感じだというのを古書で読んで知っている。
そしてあれだけの大きな風呂に水が溜められ、熱した石を入れる事でお湯になる。
あの量の水がある、というのを見るだけでも満足感が満ち溢れる。
……水は豊かさの象徴だ。
それだけの余裕が今の町にはあるのだと、そう思える。
そう思えると心に余裕が出来るから良い事だ。
「んじゃ、大衆浴場行った後に飯食いに行こうぜ」
物置の扉を閉めたカランコエが、ニッ、と笑う。
「奢ってやる」
「えっ良いんですか!?」
ナノハナの反応は素早かった。
「……ナノハナ、お前遠慮しろよ。満面の笑みは良いけど涎を垂らすな」
「だってお腹空いたじゃんオジギソウ! 俺達実家通い組だし!」
そう、住み込みで働いていれば城の料理人や料理メイドが作った食事を用意してもらえる。
当然ながら住み込みの場合、家賃と食費は給料から天引き扱いだ。
しかしそれでも天引きされる分はかなり安価なので、どこかに住むお金が無かったり食べる為の金が無かったりという人が城で住み込みしながら働いている。
多少厳しいがここなら様々な仕事を学ぶ事が出来、その後職を探す際の選択肢が増えるのだ。
なにより志望動機を語る際、きちんと先にここでお金を貯めたら別のどこか違う職場に行く予定だというのを説明すれば、買い出しの際や時間がある時にこの店はこういう仕事でこういう人員を集めていて給料はこのくらいで賄いの有る無しは、などを教えてもらえる。
……勿論他の場所で働いてても、それらを説明すればそこの人にある程度教えてもらえるが……。
城に勤めているだけあって、城の上司陣は町の事をかなり把握している。
近所の店や関わりのある店についてなら知っている一般の店よりもこっちの方が圧倒的に知識豊富なのだ。
結果若者の間では、まずは城で色々と学んで身に着けてからいざ念願の職、という感じになっている。
「言っとくが、飯奢るっつっても安い店だからな」
「それでも誰かが奢ってくれるっていうのが大事なんですよ! 今までそんな事あり得ませんでしたからね!」
「あー、まあ、そんな余裕も無かったってのは事実だな」
うん、とカランコエが頷いた。
実際自分自身の明日の食事を心配する有り様だった事を思えば、他人に奢るだけの余裕が出来たというのはとても大きい。
たった半年で随分と余裕が出来た。
それは金銭的にも、度量的にも。
……心に余裕が無かったら、誰かに奢ろうなんて思えないからな。
奢ってもらう側も何か企みがあるんじゃないかと警戒してしまう程の状況だった。
そう思えば、奢ろうと思って貰える人間であれているという事だろう。
これからの期待も込められていると思えば今後の働きに一層力が出るというものだ。
「………………良いなあ、仲が良くて」
「ギャアッ!?」
ひたり、と背後から伸びて来た手がカランコエの喉に触れた。
同時に聞こえた声に反応してかそれとも手が触れた事への反射的な行動だったのか、カランコエは悲鳴を上げて飛び退いた。
「あ、ザクロ」
ナノハナの言う通り、そこに居たのは囚人兵士であるザクロだった。
この男の仲間曰く、彼はとびきりヤバいから手の届く範囲で活動させて行動をある程度把握してからじゃないと危険、との事。
結果、彼は城での見回りが主な業務となっている。
なのでそれなりに顔を合わせるくらいの仲なのだが、
「おっ前! いきなり背後から喉掴みかかってくるか普通!?」
カランコエは自身の首を手で庇うように覆いながらそう叫んだ。
「カランコエ、酷い……私は喉を掴んだりなんてしてないのに…………」
ほろほろと静かに涙を流し、ザクロはぶかぶかの長い袖にその涙を染み込ませる。
「……ただ、仲が良くて羨ましかったから、首を絞める事で脈の動きを感じて……一つになる感覚を疑似体験出来るんじゃって思っただけなのに…………」
「充分にアウトだろうがんなもん! 首を絞めるな!」
「その方が脈の動きがわかりやすいと思っただけなのに……怒鳴るなんて酷いよ……」
「どっちがだ!」
……本当に、危険が過ぎるというか……。
ザクロは通常運転でちょっとどころじゃなく頭がおかしいので怖い。
思考回路が御者のサラセニアとは別のベクトルで理解不能。
ザクロの主張としては誰かと一つになりたいというものらしいが、その為に手段を選ばな過ぎなのだ。
……コイツ、城に置いといて本当に良いのか……?
ザクロは懲役の一環として兵士として働いているわけだが、本当に牢屋から出して良い人間なのかちょっと判断に苦しむ。
己などつい反射的にナノハナの背に隠れてしまったが、ナノハナは気にしていないようなのでホッとした。
「あっ、ザクロ! 当方が少し目を離した隙にまた絡んで!」
「あうっ」
その時、走って来たキョウチクトウがザクロの首根っこを掴んで引き寄せ、こちらから物理的に距離を取らせた。
「キョウチクトウ……いきなり引っ張るなんて酷い……」
「アナタの場合は常に誰かと一緒に行動するようにと言ってあるでしょう! アナタ当方以上に頭おかしいんですから! 当方の肝がどれだけ冷えたとお思いですか!?」
「……それだって、私とキョウチクトウが一つになる事が出来れば、常に理解し合ってて……不安になる事も無いはずなのに……」
「アナタの場合、他人だから不安というよりアナタだからこそ不安なのですが。主に行動原理とかが」
半目でそう言ったキョウチクトウは、こちらを見た。
「アー……」
気ままにどこかへ行こうとする猫の如く、ふらりとどこかへ行こうとするザクロ。
そんなザクロを行かせまいと首根っこをガッシリ掴んだまま、キョウチクトウはこちらに苦笑を向ける。
「ザクロの事はお気になさらず。当方が捕まえておきますし、後でマリーゴールド達にきちんと叱っていただきますので。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ペコリ、とキョウチクトウが頭を下げた。
「……いや、まあ、お前らも相当に苦労してるってのはよくわかったから良いって事にする。頭おかしいヤツはサラセニアで慣れてっし」
「頭がおかしい方は意外とどこにでもいらっしゃるものですねえ……当方も頭がおかしい方だと自負しておりますが、正直マイルドな狂人なのではないかとさえ思い始めてきています」
「お前はまともだろ」
「いえ、当方はまともではありませんよ。自分が異常だと自覚しているからこそ、まともな方々に迷惑を掛けるのが申し訳ないだけで御座います」
そこをまともと言う気がするが、本人がそう主張するならわざわざ否定する必要も無いだろう。
カランコエもそう思ったのか、微妙な顔で無言を選んでいた。
……実際、キョウチクトウってかなりまともなんだよな……。
毒を作るのが好きで、普通の花からもヤバい毒物を作る男。
けれどそれを誰かに使ったりはしないし、使おうともしない。
ただ作るのが好きなだけなので薬を作る気は一切無い、どころか薬を作ろうとしてもついもっとヤバい毒を作ってしまうそうだが、完成品に興味が無いのも事実なのだ。
改悪された毒を結果的に作る事もあるが、完成すればそこで興味を失う。
その為、そういった出来上がった毒物を専門家に渡した結果薬へと変貌したものも幾つかあったらしい。
……まあ、まだ薬に変貌する可能性が極めて高いって段階らしいが。
安全面を確信出来るかに至るまでは時間が掛かるものなのでそこは仕方ない。
「では、当方達はこれで。さあ行きますよザクロ。見回りの時間で御座います」
「見回りなんて……それよりも私と一つになってくれる人を捜す方が大事だよ……」
「不審者が居る方が一大事で御座いましょう。当方、痺れ薬程度でもあまり誰かにそういったものを使うのは好みませんのでザクロのモーニングスターに期待しておりますよ」
「……キョウチクトウが毒以外の武器を持てば良いだけの話じゃないの……?」
「当方、あまり重い物を持ちたくありません。素早くもありませんし」
そんな会話をしながら、囚人兵士である二人は去って行った。
「……嵐のような人達だな……」
「だね」
思わず呟けば、前に居るナノハナが真顔で頷いた。