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能力説明タイム終了



 うっかり自分の能力についての説明を忘れていた事に少し恥ずかしくなりながら、絆愛は口を開く。



「私の能力は愛なわけだが……んん、自分で言うのは正直言って恥ずかしいな」


「え、あれだけ口説く絆愛が?」


「どういう意味だ、飛天。私がお前達を口説くのはそれだけお前達が素晴らしいからであり、そして私自身の素晴らしい部分も普通に認めはするが、それはそれとして自画自賛が過ぎるんじゃないかというのは恥ずかしい」


「さ、さり気なく口説きと自分褒めを混ぜて来たよ!?」



 いかん、口が勝手に。



「えーとだな、まあ、言いにくいが……私の好意が、ダイレクトに伝わるという、そういう能力だ」



 全員に疑問符を浮かべたような表情を向けられた。





 絆愛が赤面するのは珍しいな、と優信は思った。

 彼女に赤面させられる人はよく見るし、自分だってよく赤面させられる。

 が、絆愛が赤面するというのは中々レアだ。



「好意がダイレクト、というのは、どういう事であるのかね?」


「こう……警戒を抱かせにくいだとか、好意を抱かれやすいとか、そういう効果になるようなんだが……」


「アー、成る程ォ」



 ブナ王の問いに絆愛がもごもごと答えていると、絆愛の内心が聞こえたらしい心声が納得したように言う。



「それ、絆愛に愛が無いと駄目なヤツなんだねェ」


「…………ああ」



 絆愛は顔を赤くしたまま頷いた。



「どういう事ですか?」


「んーと、少しでも嫌だなって感情があると、それがめちゃくちゃ伝わっちゃう感じィ?」



 不崩の言葉に、心声はそう答える。



「例えば嫌いな相手に良い顔しながら内心めちゃくちゃ悪口言ってるヤツが居るとするよねん?」


「最早そういった取り繕いさえせぬ者で溢れているな……」



 ブナ王の小さな呟きには物凄く悲しみとかの感情が込められていたが、とりあえず今はスルー。



「そういうのは、相手に凄く伝わっちゃう。少しでも相手に抱く気持ちにそういう……マイナスの感情? があると、それが凄くダイレクトに相手に伝わっちゃうって感じかなァ。綺麗なスープにハエの死体浮いてたら無理っしょ? そんな感じそんな感じィ」



 その場に居る全員が、あー……という納得を見せた。


 ……確かに台無し感があるし、それはもう口をつけるのも嫌かな。


 どこに触れていたかわからないハエの死体が浮いているという事は、ハエを取り除いても何らかの感染がある可能性が発生する。

 電車の中にインフルエンザ患者が一人居れば他の乗客にも感染する危険性があるように、公衆トイレをインフルエンザ患者が使用すればその後の使用者も感染する危険性があるように、とても危険。


 ……マイナス感情も、またそうだね。


 自分に対して何をしてくるかわからないし、何を言っているかもわからないけれど、何かを言ったりやってこようとしたりする可能性があるのは充分にわかる、というのは凄く嫌だ。


 ……僕も結構そういう変な警戒抱かれるからなあ。


 生徒達皆でお泊りの勉強会をするというのは、いかがわしい事をしてるんじゃないかという下衆の勘繰りをされがちだ。

 実際成績が向上しているので誰も表立って何かを言ってくる事は無いが、裏で何かを言っているのがわかる視線を向けて来るのが煩わしかった。


 ……まあ異世界に来た以上、もうそれには悩まされないと思うけど。


 容疑者扱いはされる気がするし、児童養護施設から引き取って育ててくれた両親には申し訳ないが、しかし両親は高齢故に既に他界している為、まあ大丈夫か、とも思う。

 見守ってくれているなら自分が清廉潔白である事もわかってくれているはずだ、多分。


 ……でも実際、少しでもそういう感情が伝わってくるとその人とは接したくないと、そう思うよね。



「そう、少しでもマイナス感情があれば人は接したくなくなるよねん」



 こちらの、もしくは他の人の、あるいは同じような事を思ったのだろう皆の心を読んだらしい心声がそう告げる。



「心声もよくあるよォ。子供っぽいからかクラス内メンバーの中では話しかけやすい認定されてるのか、他のクラスの生徒によく色々聞かれたりしてさァ」



 心声は、はぁ、と溜め息を吐く。



「大体、仲が良すぎない? とか変な事になってない? とか、心配するような言動に見せかけた見下し入ってるのが気に食わない!」



 思い出したのか、心声はぷんすこと怒り出した。



「心声達、そんな浅くて薄っぺらで上辺だけの表面上の付き合いじゃないし!」


「…………そんな事を言われた事、あったか?」


「絆愛は裏を読まずに言葉を素直に受け取り過ぎィ。まあ、その疑い一切無しの好意を向けるからこそ、気持ち良いくらいの純度百パー好意として受け止められて、相手に警戒させる気を無くさせるんだろうけどさァ」


「ああ、確かに裏があるとわかる相手だと警戒しますよね……明らかにこちらを食い物にしようとしているのがわかりますし」



 不崩はかなり有名な金持ちである鳴金家の娘だ。

 その為に心当たりがあったのか、思い出し疲れのような表情で溜め息を吐きながらそう言った。



「だからダイレクトに好意が伝わるけど、絆愛じゃなかったら不信感を煽るだけの能力だったと思うよん」



 心声の言葉に、チャットが動く。



木刀『つまり能力ガチャでマニアック系能力でかなり玄人じゃないと使いこなせない系の奴がめちゃくちゃマッチしたって事かな?』


心 『そうそうそれそれ』


天 『あー、でもこれって確かに自分からは言いにくいわよね』


天 『私の好意は純度百パーだからしっかりとそのまま好意的に伝わるんだ! とか言えないし』


飛翔『明らかに胡散臭い発言になるよねー』


見 『いや、純度百パーの好意、というか愛? をもって説明すれば信じて貰えるんじゃないか?』


見 『疑いを持つのは、相手に害意があるかもしれないという懸念からだろう? その懸念を抱かなければ、自然と真実として受け入れられたと思うが』


愛 『良いか、宝。確かにそれはあるだろうが、流石の私でもそれを自分から言える度胸は無いんだ』


愛 『キャバ嬢の母とホストの父から生まれた為に私は全体的に美しいしその自覚もある。それを事実だと認識しているから肯定だってする』


愛 『勿論他の皆も素晴らしいなと思えば素直にそう言うさ。だって素晴らしいのは事実なのだから』


愛 『些細な事だろうと、素晴らしいと思える点は誰にだってあるのだから、口説く理由には充分過ぎる程だ』


愛 『ただしそれはそれとして私にも羞恥心はある』


群 『今の、最初と最後だけでも普通に通じたと思うが』


愛 『リアルタイムで生きているんだから多少の道草は許してくれ。私は説明や形容が下手なんだ』



 ……本当、堂々としているというか……。


 絆愛はいつでも胸を張っていて凄いな、と己は思った。





 しかし、と絆愛は口を開く。



「私のこの能力は、あくまで私が相手に好意を持っていると、相手を好ましいと思っていると伝えるもの。確かにコミュニケーションは円満に済むだろうが、正直言って治世の為に働くには難しいと思うぞ?」



 ……流石に、これで世直しはなあ……。



「戦うわけでも、何かを改善出来るわけでもないのだから」


「否」



 ブナ王は言う。



「それは何よりも優れた尊い能力と言えるものだ」



 キッパリと、ブナ王はそう断言した。



「……戦えないし、場の改善を務めるにも難しいぞ?」


「今の世において、人々の関係性は殆どが酷い事になり果てている。それをどうにかすべきである儂が何も出来ていないのが歯痒い部分ではあるが、しかし、疑心暗鬼渦巻く世界で、純粋な好意を与える者が居れば、人はどう思う?」


「カモと思うのでは?」


「甘さが相手であればそうであろうな」



 だが、とブナ王は言った。



「甘さと愛は似て非なるもの。甘さはぬるさとなり付け込まれるが、愛は誰もが求めるものだ」



 そう、とブナ王が言う。



「世が上手く回らぬ今の時代、人々の心は荒んで行く。余裕を無くし、与える余裕を無くし、結果的にそういった優しさに飢え、甘さを食い物にするしかなくなってしまった」


「……ふむ。故に与える事が出来る私のこの能力は良いと、そういう事か?」


「うむ」



 躊躇い無く、ブナ王は肯定した。



「人とは警戒する事で気を張り、消耗する。そうして心が荒み、感情が枯れ果ててゆく。しかし貴殿が相手であれば人は警戒せずに済む為消耗する事が無く、その上貴殿からの好意はしっかりと伝わる為、落ち着いたやり取りをする余裕も出来るだろう」



 ……落ち着いたやり取りをする余裕も無い程にカリカリした人間が多いのか……。



心 『そのレベルで心が荒れてる人が多いのかって皆思ってるけど、ブナ王達の心を読む限り本当にその通りみたいだよォ』


心 『だから結構あちこちで些細な事キッカケの言い争いとか多数発生してるってェ』


病 『世紀末か?』


水 『魔王を倒してもその呪いのせいで改善するどころか悪化したという事実を思うと、世紀末で間違い無い気はしますね』


追従『まあでも基本的に世界を救ってって言われる率が高い勇者ポジションだと思うと大半の異世界世紀末じゃないかな』


耳 『言われてみればそうね……』



 チャットのやり取りに少し笑みを零しつつ、うん、と頷く。



「……正直どうすれば良いものかと思っていたが、ブナ王、あなたが私の能力を良いものだとそう言ってくれるのであれば、私は素敵なあなたの言葉が真実だと信じたいからこそ、その言葉を信じてみる事としよう」


「ぐ」



 何故かブナ王は微妙に背を丸めてふらつきながら手の平をこちらに向けて待ったのポーズを取った。





 ブナ王は数十年、魔王の呪いによって荒んでしまった世界で生きて来た。

 それ以前は魔王が蔓延る世であり、そこに生まれた為、安らぎのある時代など物語でしか存じていない。

 つまりここまでダイレクトな好意が胸の奥に飛び込んでくるというのは数十年生きてきて初めてで、ちょっと心筋梗塞を疑うような衝撃を覚えた。

 どうにか膝をつかずに待ったとジェスチャー出来たのは最早意地と根性だろう。

 ここまで苦境の中を不便が多い王というポジションを維持しながら生き抜いて来た、挫けぬ雑草根性が幸いした。





 どういう反応だろうと絆愛がブナ王を見つめていると、チャットが動く。



因果『あー……効いたな、これは』


木刀『はにかみ系の微笑みを浮かべながら「あなたがそう言うのであれば信じてみよう」だからね』


再生『破壊力が凄いやつだ』


金 『これはもう、はい、そうなりますよね……!』


穴 『気持ちはわかるぜ』


見 『しかも今まで結構心が荒んでたり荒みかけてる人達とのやり取りをメインにしていただろう事を思うと、純度百パーの好意でそれは、うん、耐えれただけ凄いよな……』


耳 『今は必死で脳内リフレインしてる言葉をどうにか御して落ち着きを取り戻そうとしてるのよね……わかるわ……』


心 『うん、実際そういう感じィ』


体刀『あの口説きはいっそ自主的に脳内リフレインさせて何度も噛み締める事で慣れるのが一番手っ取り早い対処法なんだがな……』


病 『初回でそれは無理だろう』



 ……何だか散々言われているようにも思えるが、これは褒め言葉か……?


 多分褒め言葉なので喜んでおこう。

 そう思っていると、ブナ王は深呼吸をしながらどうにか元通りの姿勢を正した状態へと戻った。



「……よし、よし、大丈夫である。問題は無い」


「ブナ王よ、問題しかないように見えましたが」


「お主も恐らく後で被弾して体験するから今は問題無いとしておけ、イチョウ」


「は、はあ……?」



 どういうやり取りだろう。



通信『……ブナ王、結構先見の明があるね』



 どういう意味だろうか。



「さて、こうして勇者達の名と能力を聞けたのだから、可能であれば色々と試すなり今後の予定なりこちらの情勢なりを話したいところだが……」



 ブナ王はチラリと窓の方を見た。

 窓の向こうは既に夕焼けが沈みかけている。



「貴殿らは無理矢理ここに来させられた為、心身共に疲弊しているであろう。迷惑を掛ける事誠に申し訳ないが、今日のところは一旦部屋に案内するのでそこで休み、明日から色々と話をするというのでも良いだろうか」


「僕達としては休めるのはありがたいね」



 能力説明の時間が終わったからか、教師である優信がそう受け答えた。



「ただ、お願いがあるんだ」


「…………大変申し訳ないが、我々の手が足りず、そして金銭的にも困窮しておる為に高価な家具類は殆どを手放しており、清掃が出来ている客間を人数分用意は出来ぬ」


「あ、違う違う」



 個室を用意するのは無理だと言うブナ王に、優信はにっこりと微笑む。



「僕達全員で一緒に寝るから、大部屋を用意してくれるかな」


「…………空いている大部屋ならあるが、寝床はどうする」


「適当な布かクッションを沢山とシーツ何枚かで構わない。あとはこっちで適当にどうにかして雑魚寝する。元々お泊り予定でそのつもりだったしね」



 そう、お泊り時は大体そんな感じだ。

 獣生や天恵など一部寝相が悪かったりするが、そういう時は抱き着き癖がある優信や従人を近くに転がしておけば勝手にホールドしてくれるので問題無い。



「…………………………」



 ブナ王は長い沈黙と共に、ええ……? みたいな表情をしたが、渋い顔のままで頷いた。



「……通信の勇者がそれを望み、他の勇者達にも特に異論が無いのであれば、そうしよう」


「待った」


「む?」



 耳を疑うような表情で眉を顰め、優信が言う。



「……通信の勇者?」


「ああ、我々の世界では、呼び出した勇者の事は能力名に勇者をつけて呼ぶ事となっているのでな。そう呼ばせてもらうぞ」



 ……えっ。



愛 『待ってくれ! そうなると私は愛の勇者になってしまわないか!? 最早曲のタイトルか何かじゃないかそれ!』


病 『俺は病の勇者か? 明らかに正義の味方じゃないな』


木刀『ねえ、ちょっと、僕これ木刀の勇者になるよね、ねえ!?』


金 『金の勇者って、物凄く聞こえが悪くありません、か……』


群 『俺など単体なのに群の勇者だぞ。矛盾が酷い』


時 『俺とか天恵なら時の勇者や天の勇者って感じで普通にありそうだけど、獣生とかキツイよね』


因果『因果の勇者とか明らかに面倒な過去があるやつじゃねえか。女顔の野生児に何を望んでんだよ』


見 『女顔の野生児なのは事実だけど自分で言うか?』



 スタートは自分だがもう何か大喜利チックな感じになってしまっている。

 これからその呼び名とか普通に厳しいものがあるのだが。



「…………ちなみに聞きたいんだけど、先代の勇者って何の勇者だい?」


「通販の勇者と呼んでいたが」



 とんでもないその情報に、優信は思わずといったように頭を抱えた。



「通販か……通販かあ……! 通販で前線に立って魔王と戦うのはしんどいなあ……!」



 いや本当にそれはしんどい。

 しんどいが過ぎる。



腐 『俺は腐の勇者か? 勇者じゃなくね? とか思ってたけどまだ甘かったわ。何だよ通販の勇者って』


心 『しかも通販能力で魔王と戦わせられてるよねん、これ』


穴 『遠回しでも何でもねえダイレクトな死刑宣告だよな』


天 『というかここで凄いの、そんな通販能力だけで魔王と戦って倒した先代勇者じゃない?』


全員『うわ本当だ』



 凄いがカンストしている気がする。

 一体どうすれば通販能力で魔王が倒せるというのだろう。


 ……どうも先代の王は無茶振りかつ強制タイプだったようだから、後に引く事も逃げ出す事も出来ず、やるしかなくてやり遂げたと、そういう事なんだろうか……。


 なのにその結果魔王の呪いが発動で死亡とか、幸が薄いにも程がある。

 とはいえ、こちらは冥福を祈るしか出来ないが。





 とりあえず大部屋がささっと掃除されてクッション類やらシーツ類が用意された為、絆愛達は老年騎士であるイチョウに案内されて移動していた。



「しかし……騎士イチョウ」


「なんでしょう、愛の勇者」


「マジでその呼び名なのか……」



 ……まあ、こっちの文化なら仕方ないか……。


 郷に入らば郷に従え。

 日本の家屋では土足厳禁であるようなものだから受け入れて慣れるしかあるまい。

 恥ずかしさは知らん。

 イギリスなどでは女性の裸足イコールちょっとエロティック傾向の扱いらしいので、まあ似たようなもんだろう。

 まあそれはさておき、



「あなたは随分と年を召されているようだが、現役なんだな」


「先程はキミと呼んでいたようですが?」


「こうして落ち着いてくるとリアルだという実感が湧いて来たから、流石にその態度は駄目だろうと思ってな。あなたも別に敬語で無くて構わない。まあこれはあくまで私の意見だが……」



 ちらりと皆を見れば、心声が手を挙げた。



「トータルの意見としては敬語じゃなくても良いよって感じだねん。上から目線は嫌だけどそこまで低姿勢も困るしィ、ある程度言い返せるような対等感が無いとやりにくいって」



 恐らくはチャットを既に消した為、心声が代表してそう言ってくれたのだろう。



「だ、そうだが」


「……構わんのであれば普通に話すが、良いのか?」


「その方が説明する際もやりやすいだろう」


「ほう、私が説明係をするとよくわかったな」


「騎士イチョウ、あなたはかつて勇者と共に旅をした。ならばある程度の説明の仕方もわかっているだろうから、そうなるだろうなと思っただけだ。流石に王自ら説明には来れないだろうし」


「まったくもってその通り」



 ふぅ、と騎士イチョウは溜め息を吐いた。





 イチョウは昔から王家に仕える騎士だった。

 そもそもがそういう家系だ。

 そして騎士だから王に従わねばと思い、自分の考えよりも王の考えを優先した結果、異世界から呼び出した勇者を不幸な目に遭わせてしまった過去がある。

 彼をさしおき生き返ってしまったという負い目もある。



「……私がこの歳でもまだ現役なのは、騎士がもう私しか居ないからだ」



 そう、もう己の他にこの廃れてゆくだけだと思われている王家に仕えようという騎士は居ない。



「そして、贖罪の意味もある」



 これに関しては言う気など無かったが、心の勇者が居るのだ。

 心が読める相手の前で黙っていたとしても意味などは無いと判断し、己は言った。



「早くに死なせてしまった通販の勇者の分まで、そして同時に亡くした戦友たちの分まで私は生き、まだ少年であった彼一人に担わせてしまったこの世の改善を成し遂げる義務があるのだ」



 勿論それは勝手に言っているだけだが、そうでもしなければ駄目なのだ。

 その目的があれば生きていけるが、それ以外で生きる理由も見つからない。

 けれど一度しか使えない国宝を用いて復活を得た身として、救われたこの命を無為に消費していく事などは出来なかった。

 だからこそ、己は自身に義務を課した。



「残念な事に私では大した事も出来ず、ただ老いてゆくだけだが……それでも、見守る事は出来るのでな」



 救われた分だけ、彼らの分まで長生きして、全てを見届けなければ死ぬに死ねん。

 故に己は年を経た今も騎士として己を鍛え続けている。

 鍛えているといえど、そんな勝手な義務感からの惰性染みた鍛え方であり、全盛期には到底及ばないレベルだが。



「……成る程。それは美しい思想だな」



 愛の勇者は微笑みながらそう言った。



「いや、これはただの自己満足でしかない」


「確かに人によって賛否両論なのだろうが、私は美しいと、そう思っただけだ。私からすれば賛同したくなるものだった。そもそも誰かに迷惑を掛けるわけでもない自己満足を、一体誰が否定出来る?

肯定であるならばともかく」



 その言葉は、やけに真っ直ぐ奥へと届く。





 絆愛は素直に言葉を告げる。



「誰が何と言おうが、あなたが自己満足だと断じていようが、私はそれを素敵だと、そう思った。その思いがあったから、あなたはそうして己を律しながら立派な人であり続けたのだろうと、そう思う」


「……立派、などでは」


「過去を知らずに言わせてもらうと……私が見る今のあなたは、立派な人だと思うがな」



 前方を歩いて道案内をしていた騎士イチョウが急に膝をつき、こちらに手の平を向けて待ったのポーズを決めていた。





 ……これかぁーーーーーー!


 イチョウはダイレクトに伝わってくる好意の純度に慣れていなさ過ぎて、心臓が物凄い動揺を見せていた。

 老体にこれはヤバいのでちょっと数分待って欲しい。





 膝をついてから数分後、騎士イチョウはどうにか歩けるようになったらしく動きを再開した。

 何か発作的な感じでは無いようだが、と絆愛は首を傾げる。


 ……やはり老体故に足腰が多少弱りを見せているんだろうか。


 隣を歩く従人の背におぶられている心声が違う違うと首と手を横に振ったので、どうも違うらしい。



「……ああ、そういえば私も聞いておきたい事があったのだが」


「何かしら」



 地狐の返事に、騎士イチョウは振り返り、



「…………お前達は、こう、誰かにくっついていないと喋れないという異世界から来たのか?」



 困惑していますという表情でそう言った。



「……まず、何故その思考になった?」


「自分達の姿を見てくれ、病の勇者」



 掃潔は喋る際にもたれ掛かっていた宝の肩から顔を上げ、自分や周囲を見て、よくわからんという顔になる。

 他のクラスメイトも同様だ。



「ええとだね、皆は多分日常的になり過ぎてて気付いてないかもしれないけれど、喋る時に誰かにくっつく癖が出来ちゃってるって部分だと思うよ」


「優信、そう言う優信も喋る時に僕の肩に手を置いてるよ」


「あれっ」



 苦笑している口舌の言葉に、優信は驚いたように目を見開いていた。

 それでもパッと手を放したりしない辺りが私達だなあ、と絆愛は思う。



「まあ、ええと、お名前は忘れましたが気にしないでください老年騎士。これが私達の平均的な距離感なんです。他人に対しては必要以上に距離を取りがちですが、基本的に身内判定なので」



 憶水の言葉に、騎士イチョウはとても難しい顔をした。



「…………イチョウだ」



 どうコメントして良いかわからないのがわかる長い無言の後、とりあえず、という感じで騎士イチョウは己の名前を告げる。



「あ、いえ、聞いたとしても他人の名前は碌に覚えられないのでわざわざ教えてくれずとも大丈夫です。基本的に興味が無くて」


「ごめんね、憶水ってこういう子だからあんまり気にしないでスルーしちゃってー」


「……そうしよう」



 天恵の言葉に、騎士イチョウは難しい顔のまま頷いた。



「つか、俺らはただ好き好んでべたべたしてるだけであって、別に離れたら喋れねえってわけでもねーよ」



 地狐と腕を組みながら、獣生がそう言う。



「確かにずっと誰かが誰かに引っ付いた状態で喋ったりしてたが、絆愛とかは普通にそうじゃなくても喋ってたろ。ありゃ単純に俺らがお前らを警戒してたのとクラスの皆ラブってだけ。絆愛だけは警戒がねーからずいずい距離縮めっけどさ」


「……成る程」



 あー、という納得顔で騎士イチョウに視線を向けられたが、これはどういう意図の顔だろうか。

 ちょっとよくわからん。



「説明感謝する、因果の勇者」


「……その呼び方されると、俺の人生にめちゃくちゃなスペクタクルが展開される気がすんだよなー……」


「クラスメイトと異世界転移してるだけで充分にスペクタクルだと思いますよー?」



 情陶のもっとも過ぎる言葉に、己を含めたクラス全員が頷いた。



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