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脳みそ死にそう



 アネモネは南にある山の前で蹲り、震えていた。



「アネモネさん! 大丈夫ですか!?」


「や、ちょ、カキツバタ、マジで今は黙って……ガンガンする……脳みそ死にそう……」



 オェ、と吐くものもないが少し嘔吐く。

 吐き気があるわけではないのだが、何と言うかこう、内臓がぐるぐるしているのだ。

 出口を見つけてゲロる感じではないが、その手前の内臓の中でぐるぐる洗濯されている感じというか。

 要するに可能なら内臓取り出して水洗いしてスッキリしたい感じの気分。



「従人は町で留守番とはいえ、行きの時点で群光の群の兵に頼むのもTPが心配だった事から従人の追従の獣を借りて足にさせてもらったが……速かったからなあ」



 うんうん、と頷くのは見の勇者だ。



「流石は馬」


「しかも影から出来ていてわかりにくいですが、クォーターホースのようですからね。図鑑で見たのと一致します」



 じ、と影で出来た黒い馬を見つめてそう言うのは水の勇者。

 そんな水の勇者の言葉を、地面の勇者が引き継ぐ。



「そこに能力を使い慣れた分の応用として走りに特化した作りを付与してるようだから、多分本来よりも速度が出ていたと思うわ。獣生に感謝ね」


「まさか出発早々に風圧問題とかの因果歪める事になるとはな」



 そう言って因果の勇者は歯を見せて笑った。


 ……実際、それやってもらわなかったら酔うとかそれ以前だろうしなあ……。


 風圧の壁に吹っ飛ばされて地面を転がるイメージしか浮かばない。

 仮に大丈夫だったとしても呼吸困難になるのは間違い無いだろう。



「追従の獣、影だもんね。そのお陰でずっとフルスピードのまま、っていうのは助かっちゃったや」


「生き物であればスピードを上げたままずっと走り続けるというのは、スタミナ的にも厳しい部分があるからな。そう思えば疲労知らずの影で出来た存在、というのはありがたい」



 時の勇者が笑い、その隣に立っている肉体の勇者は顎に手を当てながらうむうむと頷いた。

 ちょいちょい思うが、どうしてこう己の身近な女性の殆どは強いのだろうか。

 メンタル的にも物理的にも強い気がする。


 ……ヴ。



「どうしたアネモネ、地面に這いつくばって。地面の中じゃ居るのはミミズくらいで、人間が食うにはどうかと思うぞ?」


「お腹が空いての奇行じゃねーって! ハナズオウの事思い出して落ち込んでたの!」



 どうして俺では駄目だったんだろうとまた落ち込みのぶり返しが来た。

 俺だって頑張って稼いでたよ? そりゃ裕福な暮らしはさせられなかったし、どれだけ切りつめても明日を生きられるかどうかだったけど。


 ……そのせいかなあ……。


 ビジュアル的には相手の男も己と同等だったが、金銭的なアレコレに差があり過ぎた。

 しかもこちらが金は無くとも心優しく、あちらが金はあるけれど最低男、みたいな感じならともかく、


 ……しょーーーーーーーじき俺よりもハナズオウに優しいんだよなーああああ……!


 金があって心優しいとか勝てる要素ゼロじゃん。

 こっちにゃ負けしかねえ。

 そして金が無いというのは心を荒ませる原因にもなり得るもの。

 真面目にやっていても生活が楽にならず、何かに当たりたくなってしまうもの。

 それをしないようギリギリの綱渡り、それも感情面での綱渡りをしていたような生活を思えば、それらを気にしなくて良い優しい男というのはさぞや魅力的だろう。


 ……でも、俺は本当にハナズオウを愛してたんだ……。


 まあそれはあっちも同じで、ハナズオウはより自分を大事にしてくれる男を選んだと、それだけなのだろうが。

 畜生俺だって金があれば同じような対応出来たよ。やる土台が無かっただけで。畜生。



「アネモネ、お前は毎回そうウジウジしてるけどさあ……多分相手の女は既に前の旦那についてはスパッと割り切って、今を楽しくエンジョイしてると思うぞ?」


「ルピナス!? お前俺の心の古傷に塩塗りたくってねえか!? 今! たった今古傷開いたとこなんだけど!?」


「事実だろ」


「実際、よりを戻す気も無いのにそこでぐだぐだするっていうのは、両方に失礼、ってのはあるだろうからねぇ。俺もルピナスに同意」



 タイムまで敵に回りやがった。

 というかルピナスは半目で見るのを止めろ。



「まあ確かに、よりを戻す気が無いのにもだもだするっていうのはただのキープ扱いでしかないからね。そこで縛り付けるよりは、一切よりを戻す気が無いって事をハッキリさせて、次の相手を見つけられるようにするのがせめてもの慈悲かな。生きてる限り次はあるよ」


「ナナカマド、お前、俺の味方する気ある……?」


「無いよ」



 良い笑顔で言いやがったこの爺さん。

 爺さんというかオッサンと爺さんの中間くらいだが、爺さんで良いだろう。

 とても穏やかに良い笑顔を浮かべているナナカマドに、己は這いつくばった体勢のままで言う。



「お前だって死んだ奥さんに義理立てして他の女に視線向けたりしない癖に……」


「そこに関しては前提が違うし、よりを戻すとかも何も無く、私は彼女を愛し続けると私自身に誓ったもの。信仰に近い一方的なものであるという自覚はあるし、アネモネのような独りよがりの押し付けとは違うんだよ」


「ナナカマドさん、めちゃくちゃ言いますね! 今の傷心状態なアネモネさんに本当の事そうもずけずけ言ったら可哀想ですよ!」


「カキツバタの言葉が一番酷ぇって自覚はあるか!? なあ!?」



 すっとぼけたわかりません顔をされたので無自覚なのだろう。

 よくまあ無自覚でこうも傷を抉れるものだ。



「ふ、ふふふ……アネモネ、地を這って嘔吐くとは随分無様だな!」


「そう言うお前の方が俺より地面に近いだろワレモコウ。地面といちゃつきながら指差すな」


「いちゃついてねーもん! 地面が僕の素敵さに夢中になって離してくれないだけ!」



 ……ワレモコウ、体力ねーもんなあ……。


 己の場合は膝と手をついてげろげろって感じだが、ワレモコウに至っては完全に地に伸びている。

 顔すらも地面にくっついている状態だというのによくまあそんな事言えるものだ。

 まあワレモコウの場合は普段からそういう調子乗り系のメンタルだから通常運転でしかないが。



「そういえば気になっていたのだが」



 水の勇者が出した水で喉を潤しつつ、出した群の兵に野営地をセットさせながら群の勇者が言う。



「今回の冒険者達は一体どういう選別だ?」


「俺達はトンネル作り出来るだろうなってメンバーですよ! サザンカさんチョイスです!」


「そうか、初めまして。世話になる」


「群の勇者様!? 俺それなりに顔合わせてますよ!? カキツバタです!」


「…………俺は基本的に物忘れが激しいんだ。そう言われても困る」


「困るって言われても俺だって困ります!」


「とにかくお前が知り合いらしいという事はわかったが……他は初めましてか?」


「こうして話したりするのは初めて、っていうのはワレモコウとナナカマドかな」



 カキツバタとよくわからん会話を繰り広げていた群の勇者は、木刀の勇者の言葉にそちらを振り向く。



「そうなのか」


「うん」


「確かに、ルピナス達は孤児院建て直しの件で手伝ってくれたっていうのもあるから知らないってわけでも無いし、大工仕事が出来るっていう前提もあるからサザンカに選ばれたというのはわかるわ。でも他二人はどういった理由で選ばれたのかしら」


「そりゃ勿論、僕が優秀だから」



 どうにか復活したワレモコウは、首を傾げる地面の勇者にえっへんと胸を張ってそう答えた。

 そう答えられた地面の勇者は不審そうな半目でワレモコウを見る。





 地狐としては、どこが優秀なのかしら、と思った。

 冒険者達の中で軽口を叩ける仲である、というのはまあ好きにしてれば良いと思うが、それにしたって移動中の言動などを聞く限り、このワレモコウという男は調子に乗りやすいというかマウントを取ろうとするというか。

 足手纏いとまでは思わないが、特化している程優秀にも見えないし。



「……具体的に聞きたいのだけど、どのあたりが優秀なのかしら」


「え!? えーと、あの、ほら、それはこう、僕ってばオールマイティーな天才だしー…………ねえタイム!?」


「確かにオールマイティーに関しては天才って言えるかもねぇ」


「ほら!」



 ドヤ顔をするのは良いのだが、



「…………それ、つまり天性の器用貧乏って事じゃないの?」


「俺もちょっとそう思う」


「俺も思うぜ」



 時平と犬穴も同意した。

 基本的に他者への興味が薄い、というか他人を好んでいないレベルの憶水や情陶すらも頷いている辺り、やはりちょっと胡散臭さを抱いてしまう。



「ち、違うもん! 全然違うし! 僕はすっごくすっごく優秀だからやれば何でも出来ちゃうんだよ! ねえルピナ、ルピナス何食ってんの!?」


「弁当」



 見ればルピナスは岩に腰掛け、弁当をもそもそ食べていた。



「用意してたとか聞いてないんだけど! 僕の分は!?」


「私用にって持たされたもんだから私の分以外があるわけないだろ」


「じゃあ僕にもちょうだい!」



 ルピナスは一瞬停止し、



「あーーーーーー! あーーーーーーーーー!」



 掻き込むように弁当の中身を食べ切った為、ワレモコウが喧しい声を上げた。



「酷い! 一口くらいくれても良いじゃん!」


「一口じゃ収まらないだろお前。そもそも私用だっての」


「ルピナス用にしてはやたら出来が良かったけど!? ルピナスよくわかんない料理だけは作れるけどそれ以外からっきしで、味は良いけど見た目歪な料理しか作れないからあんな綺麗な見た目になるはずないのに!」


「喧嘩売ってんのかワレモコウ。私のは味が良いから良いんだよ。無駄に高い材料を無駄に時間掛けて百点満点中七十二点くらいの料理しか作れない男が喧しい」


「アネモネもそういうタイプだよね」


「え、ナナカマドの爺さん何で今俺の心まで抉ったの? え? 本当に何で?」



 穏やかな笑顔と共にナチュラルに抉られたアネモネは胸を押さえながら困惑した顔でナナカマドを見ていた。

 仲が良いようで良い事だ、とは特に思わない。


 ……僕らに害が無ければ、仲が良かろうが悪かろうがどちらでも良いもの。


 内情だの実情だの、敵でも身内でも無い相手に関して調べるつもりもないわけだし。

 仕事さえキッチリやってくれれば、どんな関係でも問題無い。

 仕事上の関係くらいしか関わりが無いのも事実なわけだし。


 ……仲が良い姿を見ているとこちらまで嬉しくなる、だなんて……絆愛くらいしか思わないわ。


 無関係の人間が仲良かろうが結婚しようが喧嘩しようが破局しようが野垂れ死のうが、無関係ならそれまでだ。

 ニュースで連日報告されるどこどこの誰さんが死んだという情報にいちいち悲しんでいては身が持たない。



「っていうかワレモコウ! 駄目ですよルピナスさんにそんな事頼んじゃ! ルピナスさんは自分の食べ物を奪われるの物凄く嫌うんですよ!」


「そうそう」


「ルピナス、お前完全に野生の獣並みの扱いされてるけどそれで良いの?」



 アネモネがそうツッコミを入れるも、ルピナスは完全無視で新しく取り出した弁当を食べていた。



「それにあのお弁当、明らかに仕事終わりによく行く料理店の店主さん手作り弁当ですし! ルピナスに好意を寄せてる店主さんがアタックの一環として作ったものをルピナス以外の胃袋に入れるのは駄目です!」



 カキツバタのその言葉に、ルピナスは酷く驚いた表情で弁当から顔を上げた。



「待てカキツバタ何でそれ知ってる!?」


「昨日会った時に「ルピナスがしばらく来れないみたいなんだけど何か知ってたりしない?」ってコロッケ出されたので、トンネル作りについて全部話しました!」


「朝一で遠出するみたいだから、って言って顔出したアイツが弁当寄越したのソレか!」


「寧ろそれだけわかりやすい行動なのに一切気付かないまま普通に弁当受け取って食べてる辺り凄いよね」


「ぅぐ」



 ナナカマドの言葉がルピナスに刺さるのが見えた。



「というか結局、そこのワレモコウ? はどういう天才器用貧乏なんだ?」


「ワレモコウは単純に、才能はあるのに飽きっぽいんだよ、因果の勇者様」



 アネモネは笑い、そう答えた。



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