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昼ドラ防止用妾



 うーん、と心声は唸る。

 彼、スイバとは先週に顔を合わせて自己紹介をしたから、名前は一応知っている。


 ……流石に孤児院所属の子は覚えるよねん。


 己の場合は心の声も聞こえるし、クラスの一部メンバーが彼を一応家族と認識しているようなら、そして身内判定を下しているのであれば、こちらも出来るだけそのように振る舞うだけだ。

 クラスの誰かがペットを飼ってそのペットを可愛がっていたらこっちだって可愛がるし、そのペット相手に嫉妬したりもしない。

 人間をペット扱いもどうかと思うが、感覚的にはそういうもの。

 クラスのメンバーかそうでないかは、そのレベルで差があるものだ。


 ……心声達にとっては、だけどねェ。


 しかし、



「スイバ、絵本とか呼んだ事無いのん?」


「かなり昔に旅人が持っていたのを読ませてもらった気はするが、記憶に無いな」


「実際、絵本が作られるような情勢じゃないっていうのも大きいわ」



 自身の白髪を指先に絡めてくるくる回しながら、まだ多少ぎこちなさの残るスイバに比べて相当この場に馴染んでいるジャスミンが言う。



「昔に作られた絵本……それこそかつての通販の勇者が居た時代なら、通販の勇者が異世界の絵本を用意してくれたらしいんだけど」


「生き残るのを優先される現代。そして生き残る為には手に職が必要で、実用性が重要だ。娯楽に費やす時間も労力も余裕も無い」



 ジャスミンに続いたスイバのシビアな言葉に、成る程なあ、とそれぞれが頷いた。



「………………」


「だから絵本が無いんだねってェ? んー、実際絵本よりも見たり手伝ったりして畑仕事覚えてもらわないと困るっていうのがありそうだからねん」



 無言でこちらを見た再無にそう答える。

 再無としてはジャスミンとスイバを認めてはいるようだが、身内判定としてはまだ微妙なのか、彼らの前で喋るつもりは無いらしい。

 素直な性格ではあるが、人見知りが強めな上に多少頑固な部分もあるのでまあそこは仕方なし。

 己が心を読んだり、近くに居るクラスの誰かが通訳すれば良いだけなので問題も無い。


 ……再無、昔っから無口だったしねん。


 クラスの皆相手なら普通に喋るあの姿の方が不思議というレベルで。



「そもそも紙とインクとペンは普通にあるし識字率も高いけれど、活版印刷が廃れてからは本という文化自体が廃れ始めたらしいの」



 ジャスミンは言う。



「大量生産出来ない、っていうのがあるものね。そして知識に関しては実際に見て教えてもらえば良いっていうのがあるから、知識系の本が減っていく。勿論本があった方がわかりやすいって人も居るでしょうけれど、元手が無い場合は本を買うお金すら無いから、実地でお金稼ぎながら学んだ方が早いってなるみたい」


「娯楽系もそうだと聞いた事があるな」



 スイバが続く。



「そも娯楽系に金を使う余裕が無い為、まず売れない。売れなければ生活が出来ない。必然的に作家達も作品作り以外で働く事になり、需要が無い事も相まって新作が出なくなったとか」


「一応しばらく前までは娯楽系の本を好むお金持ちとかが作家を養うからって囲って本を書かせたりしていたらしいんだけど、情勢が全体的に厳しかったりあちこちで革命が発生したりもしてたじゃない? だから結局路頭に迷う作家も多いのよ」


「じゃない? って言われても俺達異世界人だからその辺知らねえけど」


「確かにそうね」



 衛琉の言葉にジャスミンは頷く。



「まあその辺りについては書き残す人が居ないっていうのもあって口伝が殆どだから、今度私が知ってる限りの事を教えましょうか? よく知っている人からすればそこまでの知識は無いし、噂話程度の話も多いでしょうけれど」


「いや」



 絆愛が首を横に振った。





 絆愛はこちらで知り合った人達を思い出していた。

 これでもこちらに来てから四か月は経過しているので、町の人達は殆どが知り合いだ。

 そして、彼らが本来なりたかった職業についても、ちらほらと聞いたり聞いて居なかったりもしている。


 ……世間話でそういうのを聞けると、彼らの人生がわかるから良い。


 誰かの過去を聞くのは大好きだ。

 それを知る事で、より一層相手の事を深く知る事が出来るから。



「どうせなら、そういったものを本にした方が良いだろう。知っている限りはやはり教えてもらうだろうが……革命などの歴史書について、書いてくれそうな作家に心当たりがある」


「相変わらず絆愛の交友関係の広さがハンパじゃないわね……」



 幽良に半目で見られたが、普通に外出すればそのくらいの交友関係は出来上がるものではないだろうか。

 まあ己の場合、素敵だと思ったらついつい声を掛けてしまう為、その結果交流を持つという感じだが。



「っていうか作家って?」


「ああ、パフィオペディルムという女性が居てな」



 口舌に答える。



「趣味を兼ねてちょっとした物語を書いていたりするんだ。私も何度か読ませてもらったが、パンジー向けにという事で軽く読めるよう書かれていてな。内容としては昼ドラなのに絵本のようにさらりと読めたぞ」


「また新しい名前が出て来たわね」



 ふぅ、と地狐が溜め息を吐いた。



「とりあえず絆愛、まずそのパフィオペディルム? って人とパンジー? って人についてを教えなさい。その人達を知らない僕達じゃ、何が何だかわからないもの」


「そうだな……まずカサブランカという貴族が居る。南の方の住宅街、の中でも貴族達が住んでいる屋敷が並ぶところに住んでいる男性でな。ほぼ趣味として服屋を経営しているだけあってもしやと思っていたが、ケイトウもその住宅街に住んでいるらしく、この間誘われたからお家にお邪魔したところ一つ家を挟んだ向こうに家があるカサブランカと顔を合わす事になり」


「いや待て待て絆愛、いきなり情報量多過ぎるっつの」



 のしり、と背後からのしかかってきたのは犬穴だった。

 背後から抱き締めるようにして、こちらが多少重いなと思う程度に体重をかける犬穴は肩から顔を覗かせ、眉を顰めてこちらを見つめる。



「ケイトウとかカサブランカっつーのも誰だよ一体」


「ケイトウは服屋の店主だ。ほら、前に私達の着替えなどを買った店があっただろう。あそこ」


「あー、何か女装がどうとかのキャラ濃い店主な」


「勇者である時点でキャラが濃い私達が言って良いものか微妙な気がするが、まあそれで合ってる」



 事実ではあるので否定出来ん。



「カサブランカはケイトウのご近所さんで貴族の男性だ。その本妻がパンジーで、妾がパフィオペディルムとなる」


「昼ドラ?」


「というより、昼ドラ回避の為らしいぞ」



 己は不崩にそう返した。

 実際カサブランカ達から話を聞いた限り、そうとしか思えない。



「カサブランカの家は、荒んでいた時期でも誰かの為にと動いてきたそうでな。とはいえカサブランカは分家であり、本家は別にあるらしい。そしてその本家がまた厄介な腐り方をしているそうで、カサブランカがパンジーと結婚しようとした際、それはもう反対したそうだ」


「何で?」


「パンジー様が一般の、それも田舎の農家の娘だからよ」



 宝の問いには、ジャスミンが答えた。



「あのお家には私もよくお世話になってるから、知ってるの。何でも昔カサブランカ様が病気になった際、療養の為に田舎へ行って、そこで出会ったパンジー様が色々と気遣ってくれて、熱愛の末に結婚しようとなったって」


「その熱愛に関してを書いたら中々の恋愛小説になりそうだな」


「ああ、実際パフィオペディルムもそう思っているのか下書きまでは出来ていると言っていた。カサブランカ達には秘密らしいが」



 群光も興味があるのだろうか。

 ただ忘れてしまうというだけで読書自体は好きな群光だと思うと、異世界の恋愛小説というだけでちょっと心惹かれるものがあるのかもしれない。

 まあ異世界とはいえ魔法などがそうあるわけでは無いというのもあり、異世界というよりも中世のラブストーリーという感じになりそうだが。



「ただ貴族と農家の娘では、立場が違う。カサブランカは元々そういった事を気にしないタチという事で問題は無かったのだが、本家筋がやいのやいのと騒いだらしくてな」


「……森と共存しながら生きていく事が出来れば良い俺達狩人と違って面倒だな」


「そこでパフィオペディルムだ。元々カサブランカは娼館に、エロ目的ではなく相談目的で行く事が多かったそうだ。娼婦は見下される事も多いが、人気の娼婦ともなると客が気に入るトークをする必要もある為、床での技術以外にも様々な知識を有するのは大事らしい」


「性行為目的では無く、相談目的で女を一晩買っていたというわけだな?」


「その通り」



 体刀の言葉に頷きを返す。



「貴族の出ではない上に娼婦。だが妾……愛人としてなら娼婦を身請けするというのも無くは無い。更に礼儀を知っている美女ともなれば、喧しいのを手玉に取るくらいは容易いらしくてな。カサブランカ自身も暴言しか吐かない本家筋の人間の前にパンジーを連れて行く気は無いという事でパフィオペディルムだけを連れて行き、魅了させ、諸々に了承させる事でパンジーを本妻として結婚を果たすという……」



 うん、



「中々に紆余曲折あった結婚だと思わないか?」


「思うけど、作家云々っていうのは?」


「パフィオペディルムは元々会話ネタとして仕入れる以上に素で本好きだったらしく、趣味でちまちま書いていたそうだ」



 優信にそう答える。



「カサブランカもそれは知っていたから、好きにうちの本を読んでも良いし、本を書いても良い。その代わり面倒事の際に表に出たり、同性だからこその相談に乗ってやったり、パンジーに貴族としての色々を教えたりするのを手伝って欲しいとの事で交渉は成立。パンジー自身に娼婦への偏見が無かった事と、パンジーを守る為の愛人枠という説明もされている為、二人の仲もいいぞ」



 普通にお茶をしていたり、パフィオペディルムが書いた作品をパンジーが読んで感想を伝えて、とやっていた。

 時々パンジーがリクエストをする時もあるくらい、パフィオペディルムはパンジーお気に入りの作家らしい。

 パフィオペディルムもパンジーという好意的な読者が居るお陰で、何の意味も無い娯楽を書いたって、と思っていたのが吹っ切れたそうだ。

 カサブランカとパンジーが相思相愛である事、説明を怠らない事で誤解が生じないようにしている事、そしてパフィオペディルムがサッパリ系であるお陰で良いバランスを保っている。


 ……これでどこかが崩れたら一瞬で昼ドラになるからな……。


 修羅場になろうと己も母も父も大体丸く収まるが、他の人はそうでもないのでとても危険。

 そう思うと本当に良いバランスで仲良くしているというのは嬉しいものだ。

 一緒にお茶をする時にその仲の良さが伝わってくると、こちらまでほわりとした温かい気持ちになる。



「そうして趣味で書いていて特に発表もしていないパフィオペディルムだが、作家になれる時代が来たら良いのにとよく言っているからな。そして実際書くものは面白いし、恋愛ものが多いとはいえ聞いた話を参考にして書くというだけあって作風はオールマイティー」



 だから、



「そんなパフィオペディルムに今まであった革命だのについてをわかりやすく書いてもらえたら、と思ってな」



 彼女の書き方はとても読みやすいので、革命などの実際あった重苦しい話題も読めるものになることだろう。

 しかも客に不満を抱かせないトークが得意だったというのもあり、偏見の無い事実メインな内容である事が多いし。


 ……こういった情勢については偏見が強いと途端に参考にならなくなるからな。


 感情を練り込むタイプの作家なら他にも知り合いが、勿論この世界に来てから仲良くなった知り合いが何人か居るが、革命云々についての本でそれは良くない。

 どちら側に感情移入しても泥沼確実なので、読みやすいのに淡々と事実だけを、それも裏付け有りの詳しい裏事情付きの事実を書かれた作品である事は重要だ。

 そう考えると、やはりパフィオペディルムが最適だろう。



「そういったこちらの常識や情勢、起こった事などを簡潔に纏めて貰えると助かるし」


「…………正直俺も森育ちで情勢なんかにはそう詳しくも無いから、それらがわかる本があるというのは助かるな」



 スイバが言う。



「口伝でも充分に伝わるが、充分に伝えられるかどうかは語り部次第、そして受け取り手次第というところもあるし」


「語り部や受け取り手次第というのは本でもそうだと思いますけど、耳で理解する人と目で理解する人が居ますから、文字として残すっていうのは大事ですよね」



 情陶の言葉にうんうんと群光が頷いた。



「俺程ではないとはいえ、人は忘れる生き物だという前提もある。残せる時に書き残しておかないと、後世でこの時代に何が起こったか、何があったか、どうしてそうなったか、結果どうなったのかがわからなくなる。他の記憶と混ざったりする事を思えば、書き残す人材は重要だろう」


「勇者がこっちに輸入しただろう地球原作の絵本とかならまだ、僕の能力で繋げたスマホ使って電子書籍で買ったり青空文庫のお世話になれば良いし、写本すれば良いだけのものだけど……こちらの情勢については原本無しのリアルタイムだからね。頼れる作家が居る、っていうのは大事かな」



 まあ、と優信は息を吐いてこちらを見る。



「それでも娯楽本にお金を使える余裕が出るまでにはまだ時間が掛かると思うけど」


「余裕が出るまでの未来が見えなかった頃に比べれば、充分短い時間に感じるわよ」



 ジャスミンがそう言った。



「パフィオペディルム様には私からその辺伝えておきましょうか? あそこ、仕事でよく顔出すし」


「いや、今度またお茶をする約束をしたから、その時に伝えようと思う」


「流石にまだ何も整ってない状態で伝えるのは早くないかなァ」


「原稿が用意されていればすぐに出版も出来るだろうし、書く時間や活版印刷復活までの時間を考えれば妥当だろう。ここのところ新しい本が販売されていないのであれば新しいからというだけで手に取る人は居るだろうし、内容深いのに読みやすい書き方をするパフィオペディルムの本ならきっと売れるぞ」


「娯楽の本の場合今までの傾向から足踏みしそうだが、革命や情勢についてなら生きる為に必要な情報でもあるし、確かな情報という扱いになるだろう部分からしても売れ行きは良好になりそうだな」



 掃潔の言葉に、従人がうんうんと頷く。



「必要な情報に関してはセリ達が詳しいし、僕も調査出来るから必要な時は言ってねって言っておいてね、絆愛」


「ああ、ありがとう従人。まあ情報を集めたら集めたで情陶に頼んで、身は詰まってるながらも可能な限りスリムにしたあらすじなどを表示して貰う事になりそうだが」


「つまり私の仕事がまた増えるって事ですねー……?」


「そうなるだろうなって思ったから天恵にチャットでスフレをリクエストしておいたわ」



 そう言うのは幽良だ。

 幽良の近くには優信の能力によってチャットが表示されており、レベルが上がったからか今までの会話が音声入力でキッチンに居る天恵に伝えられていたらしい。


 ……本当は天恵の料理を手伝った方が良いんだろうが……。


 この人数だし、飛天はよく食べるし。

 そう思うものの天恵の場合はレシピを感覚で覚えて居る為細かい指示が出来ず、レシピを必要とする己などは逆に足手纏いになってしまうというのも事実。

 結果任せっきりになってしまって申し訳ない限りだ。


 ……天恵自身は家事が趣味だから全然良いと言ってくれるが、それと感謝と申し訳なさはまた違う事だからな。


 世話になっている事実がある以上、感謝をするのは当然である。



「…………久々にスフレが食べられるなら、仕方ありませんかー」



 ハァ、と情陶は溜め息を吐く。

 けれど久々に好物が食べられる喜びか、口角が上がっているのが隠せていない。



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