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崩して治して



 絆愛は火傷を負った少女、ジャスミンを抱えて中へと戻った。



「……ストケシアは?」


「あー」



 姿が見えない事を問うと、従人が苦笑を浮かべる。



「孤児院の妹が火傷を負って苦しんでたのに自分だけいつも通りの生活をしていたなんて、って泣き始めたから、一旦別室でクールダウンさせてもらってる」


「ルピナスとアルストロメリアが付き添いしてっからどうにかなんだろ」



 オダマキの言葉にふむと頷く。



「女子陣の付き添いか」


「そーそ」



 タイムが持ち込みの酒を飲みながら笑みを浮かべた。



「どっちも姉御タイプだから丁度良いと思ってね~」


「ま、女子であるサイネリアはどちらかというと落ち着かせられる側だから、戦力外扱いだけどな」


「うっせーよイキシア!黙ってろ!」


「サイネリア、子供が寝ている近くで大声を出すな」


「ぐ、ぐう……」



 アゲラタムの正論にサイネリアは悔しそうな表情で口を閉じる。

 その表情もまた素敵で見惚れてしまいそうになるのを耐え、近くにあるクッションを掴み、抱いているジャスミンをゆっくり横にして床に寝かせ、頭のところにクッションを滑り込ませた。

 これで一先ず良し。



「それで、この子の事なんだが」


「…………」



 再無が眉を顰めて挙手し、隣に居た情陶に耳打ちした。



「ええと……どうもですね、ここしばらく診療所で再生能力使ってたからかレベルが上がって再生可能かどうかがわかるようになったみたいですが、彼女のは無理みたいです」



 言うと同時に情陶が空中にホログラムを表示する。



「再無の能力はあくまで再生。火傷自体ならともかく、それにより出来たケロイドとかの痣はもうそういう状態の皮膚になっちゃってるんですね。ですので再生も何も、そういう状態なんです」



 ホログラムにはその図が表示されていた。

 怪我などであれば直せるが、そこがある程度修復されて古傷状態になってしまうと厳しいというのがよくわかる。

 実際にそれが可能であるなら、タイムの一本足りない指を元に戻すくらいは出来るだろう。


 ……それをしないという事は、無理という事だ。


 ニリンソウは左目が生まれつき無い為それで正常となり、再生も何も最初から存在しないものを再生させる事は出来ない。

 対するタイムは後天的に指を無くしているが、しかしその状態で肉体が修復した為にそれが現在の正常として情報が更新されてしまいどうにもならない。


 ……アレだな、パソコンで作る資料。


 うっかり保存ミスで折角書いた部分が台無しになった時のアレに近い、と思う。

 それを元通りに戻すのが再生。

 けれどそこで再生が出来ず再びやり直した場合、その前に書いたものとは当然ながら微妙に細部が異なる仕様の資料が完成するだろう。

 つまりはそういう事だ。


 ……指を無くしてすぐに再生出来たならばともかく、指を無くしてから治癒力でその部分を皮膚で塞いだ場合、その状態で上書きとなる。


 ジャスミンの場合は三か月という期間があった為に、皮膚が火傷のまま上書きされてしまったのだろう。



「だがどうにかすべきなのは事実だろう。火傷がかなり酷い」


「掃潔、よく平気だね……俺は火傷を見慣れてないせいもあってか直視結構キツイよ。内臓がギュッてなる」


「そうか。人には得意不得意があるから無理はするな時平」



 眉を顰めた掃潔の言葉に釣られるようにして時平がジャスミンに視線を向けるも、慣れていないのもあってか泣きそうな顔になっていたので抱き寄せて頭を撫でておく。

 胸に顔を埋めさせておけば視界に入れて内臓がギュッとなる事も無いだろう。



「うう、絆愛の胸元何か良い香りがする……」


「香りはフェロモンだから重要なポイントだ、とよく両親が言っていたからな。それなりに気を使ってるぞ」



 それが癒しに繋がるなら良い事だ。



「でも火傷もそうだけど、放置されてたせいか状態が不安というか……壊死はしてないわよね? コレ」


「私が見た限りでは火傷による壊死は無い。ただ良い状態ではないのは確かだし、見た目の痛々しさ以上に皮膚が引き攣れるような痛みもあるだろう。可能ならば治せると良いが……」


「……幽良も宝も大丈夫派なんだね。僕ちょっと血の気が引いて来てるんだけど……」



 そう言う優信の顔は確かに青褪めていた為、隣に居た心声によって膝枕で寝かされた。

 一方幽良と宝は顔を見合わせ、うーん、と首を傾げる。



「私の場合は幽霊とか見えちゃうし、そういうのって死んだ時の姿って場合が結構多いからある程度のグロは見慣れちゃってるのよね。見慣れたくもないけど水死体なんて水を吸い過ぎたハンペンみたいだったりとかするし……」


「私はこちらに来てからやたらと見えるようになってしまったからなぁ。魔物を仕留めるだけでも具体的な部位をナイフが切断したりというアレコレを見てしまうから、正直見慣れるしか無かったというか……」


「はいはい、陰気な空気はここでしゅーりょう」



 パンパン、と天恵が重くなった空気を入れ替えるように手を叩く。



「それで可能なら彼女を救いたいって感じで満場一致みたいだけど、方法はあるのかしら」


「熱だけなら病気でも発生するものだから対応可能かもしれないが、火傷自体は病ではなく外的要因だからな……俺の能力では役立たん」


「俺は一応因果狂わせる事が出来るけど、この場合どう因果を歪めりゃ良いんだ?」


「私が自分以外の肉体も変質させる事が可能ならばともかく、私の能力は自分自身の姿を変化させる事にしか使えないからな……」


「なあ」



 うーんと首を傾げていると、冒険者達の中から声があった。

 イキシアだ。



「勇者様達の能力については大工仕事の休憩時間に話したりしてちまちま聞いて、ある程度は理解しているわけだけど……そこの情報の勇者様」


「私ですか?」


「そう」



 酒の入ったコップを置き、イキシアは言う。



「確か今まで得た情報を精査して最善の答えを出したりも出来るんだろう? なら彼女を救う方法を今ある情報から精査してみる、というのは出来ないのかい?」


「その手があったぁ!」



 手を叩いてイキシアを指差し、情陶はすぐさま室内に沢山のホログラムを表示させた。

 それらは能力内で精査され、不要な情報のホログラムは消えていき必要な情報のホログラムはそのままに、より簡潔に纏められたホログラムや情報を組み合わせられたホログラムが増えていく。

 数秒で、それは一枚のホログラムとして結果を出した。



「成る程……これならどうにか出来ますね」


「どんな感じになってるんですか?」


「つまりですね、今は下手な壁紙の貼り方をしたような状態なので、一度崩さないと元通りの綺麗な状態に再生する事が出来ない、という事なんです」



 問うた不崩と共に、己も皆も情陶の言葉にふんふんと頷く。



「ですがそれは、一度崩せば綺麗な状態に出来るという事でもあるんですよ」



 情陶はホログラムに、簡潔なフローチャートを出した。



「まず宝に状態を把握してもらい、それを優信の力で私に伝達。私が宝の見ている視界をホログラムに図解状態で映します。そうすればリアルタイムで火傷がどの位置にあるか、どれだけの深さで浸食しているかがわかりますからね」


「任せておけ」


「……うん、頑張るよ。ありがと心声」



 宝が頷き、心声の膝を借りていた優信はまだ顔色が悪いながらも起き上がる。



「そうして状態を把握したら、衛琉によって皮膚の表面……というよりは火傷部分を腐らせてもらいます」


「えっ俺やんの!? ソレを!?」



 完全に無関係だと思っていたらしい衛琉は驚愕に肩を跳ねさせた。



「一歩間違えたらアウトっぽいよなソレ!?」


「欠けた刀があればその部分を削って研ぐ事でキレイな状態にするわけですから、広義的にはそれと同じですよ。垢すりみたいなものです。ファイト!」


「ええぇ……」


「衛琉によって火傷部分を腐らせれば、それは正常な皮膚ではない状態になります。そこを再無の再生能力で再生させれば、火傷痕ではなく本来の皮膚の状態に戻れます」


「…………」



 かなり繊細かつ重要な役目だからか衛琉は腰が引けていたが、再無はいつも通りの無言で頷いていた。



「……成る程ね」



 ふむ、と地狐が顎に手を当てて首肯する。



「少し崩れた粘土細工をどうやって直すかとなったら、そこはやっぱり粘土を一度潰して捏ね直して作り直すわ。虫歯の際、その部分を削るように」


「虫歯の場合は削って詰め物するけど、再生なら虫歯を無くしたまま元の削られてない綺麗な歯に戻せるっていう、そういう事だよね」


「そうね、飛天」



 わかりやすい説明だった。

 獣生や群光達も成る程と頷いている。



「ところで疑問なのですが、再無が彼女の胴体を再生する時などは服を脱がせてそこに触れる必要があったりするのでしょうか。治療の一環であるなら仕方がないとはいえ、年頃の彼女を思うとその場合治療の際は別室に移動した方が良いのでは」


「大丈夫だよん、憶水」



 膝枕していて足が痺れたのか痺れかけていたのか、足を伸ばして軽いストレッチをしている心声がにへらと笑う。



「再無、相手に触れる必要はあるけど別にその部位には触れなくても良いってさァ。てかビンゴな部位に触れるとか触れられる側が痛み感じる場合あるしィ、再無自身もマジ勘弁だろうしねェ」


「…………」


「そうですか、それは良かったです。色んな意味で。」



 頷いて肯定する再無に、憶水もまた安堵したように胸を撫で下ろした。



「とはいえ大分汚れてるから、火傷治したら寝てるとしても一旦お風呂に入れてあげた方が良いかもしれないわね」



 ふぅ、と天恵は困ったように頬に手を当て、息を吐く。



「三か月間野宿状態だったなら濡れタオルで拭くだけじゃ間に合わないだろうし」


「その時はストケシアに協力を頼もうか、天恵」


「そうね」



 ふふ、と天恵と顔を見合わせて笑う。

 直後、ガチャリと扉が開いた。



「……あの、戻ったであります」


「一旦落ち着きはしたさね」


「飯~」



 見ると、扉のところでストケシアは申し訳なさそうに肩を落としていた。

 アルストロメリアは腰に手を当て溜め息を吐き、ルピナスはすたこらさっさと席に戻ってまず酒を呷る。

 ルピナス達の様子を見るに、相当にストケシアは取り乱していたらしい。


 ……まあ、死んだと思っていた家族が酷い火傷を負いながらも三か月どうにか生き延びていたのだから、情緒が不安定になるのも仕方がないか。



「ルピナス、アルストロメリア、ありがとう。……ストケシア」



 立ち上がり、ストケシアの頭を撫でる。



「これからジャスミンの治療に入る」


「……!」



 バ、と俯いていた顔が上げられた。

 その目は不安と希望に潤んでいる。



「ただし火傷の状態のせいで、そのまま再生させる事は出来ない。一度皮膚の表面を腐らせる事で崩して、その上で再生する事で元通りの肌に整える必要がある」



 視界の端でオッケーオッケーと口舌が頷いているので、説明下手な己でも良い感じの説明が出来ているらしい。

 伝わらない説明をしていたらサポートが入るだろう、と己は安心して続きを説明する。



「正直見るのは辛いと思うし、実際自覚のある組は部屋の隅に移動しているくらいだ」



 治療参加組は仕方がないが、飛天や不崩、従人や時平などは既に部屋の隅側だ。

 冒険者組も邪魔にならないようにか空の皿を積み重ねつつまだ料理の残っている皿を隅に移動させ、そこに座っている。



「ただストケシアには治療後、ジャスミンを風呂に入れる作業を手伝ってもらいたい」



 つまりここでジャスミンの為に何かをしようとしてせめて見守るだけでもと無理をしてその場に居続けずとも、その後にジャスミンの為の仕事がある。

 けれど、ストケシアは首を横に振った。



「……見守るでありますよ、ちゃんと」


「そうか」



 もう一度頭を撫でて、ジャスミンが寝ているそばへと戻った。

 隣に座るストケシアに服を掴まれたので、服から手をゆっくりと離させてその手を握る。

 膝の上にはこの後の不安に丸まっている衛琉が頭を乗せて来たのでそちらの頭も空いている方の手で撫でておく。

 己に出来るのはこのくらいだ。



「では」



 宝の視界を優信が繋げて情陶に送り、図解のホログラムが宙に浮く。



「始めましょうかぁ」



 情陶のその言葉と共に、頭をこちらの膝に預けて丸くなっていた衛琉が泣きそうながらも腹をくくった顔で起き上がった。





 ふ、とジャスミンは目を覚ました。

 暖かい。

 見ると布団が掛けられていた。

 しっかりふかふかした、暖かい布団。

 周囲を見ると広い部屋に布が敷かれて、シーツが掛けられ、広いベッドのような状態になっている。

 扉が無い方の壁を見ると、開けられた木の扉があった。

 物語で見た縁側という廊下の向こうの扉も開けられていて、青い空と暖かい光と、柔らかい風が入ってくる。


 ……風は痛みになっていたはずなのに。


 見ればボロボロの服ではなく、長そでの服を着ていた。

 サイズは少し大きめだが。





 既に起きている心声はジャスミンの心の声を聴き、一番身長が近いとはいえ己の方が背が低い為、必然的にこちらで買った情陶用の着替えになったのだと溜め息を吐く。

 今居るのは廊下の陰だ。

 驚かせるのは駄目だから、と絆愛にシーと囁かれては従うしかない。


 ……まあ、心声が心を読んでチャットで実況はするけどねん。


 隣で隠れている宝も彼女の様子を壁越しに透視して、大丈夫そうだと胸を撫で下ろしている。


 ……いやでも二センチ差だから心声の服でも良かったと思うんだけど、ねェ……!


 己の胸はまな板なのにジャスミンは中々に発育が良かった為、その分を考えて情陶の着替えとなった。

 悲しい。





 どうやら風呂に入れてもらったか体を拭いてもらったかしたらしい、とジャスミンは理解した。

 体がサッパリしている。

 そして綺麗にしたのに再びあのボロボロの服を着せるわけにはいかないから、とこの服を着せてくれたのだろう。


 ……ありがたい事だわ。


 そこまで思って、ふと体が痛くない事に気付いた。

 熱さも無ければ引き攣るような感覚も無い。



「おはよう」



 扉の方から、ノックの音と共に昨夜聞いた声がした。

 昨日なのか、それより長く寝ていたかはわからないけれど、恐らくは昨日のはずだ。

 入って来た彼女の姿に、腕を確認しようとして捲ろうとしていた袖から手を放す。



「朝食を用意してあるんだ。お腹は空いているかな?」



 頷くよりも早く、くぅ、とお腹が鳴った。



「うん、空腹を感じる事が出来るのは健康な証拠で、良い事だ」



 恥ずかしいと思ったが、愛の勇者が優しく微笑んでくれたので、良いかと思う。

 そうしてようやく立ち上がると、愛の勇者は廊下の向こうを指差した。



「ただし、朝食前には洗顔をしてしっかり目を覚ましておこうか。寝ぼけていると危ないからね」


「…………ええ」



 近付いて返事をすると、嬉しそうな笑顔で頭を撫でられた。

 とても優しくて、温かい。

 あちこちにある火傷のせいで普通に触れられたら痛いはずなのに、その痛みも無い。



「ここが洗面所だ。奥が風呂場になっているけれど、まあ後で改めて紹介しよう」



 頷きを返して、洗面所の前に立つ。

 そこには身嗜みを整える為だろう大きな鏡があり、一瞬呼吸が出来なくなった。

 鏡を見たら、きっとおぞましい程の火傷があるだろうから。


 ……引き攣る痛みは無くなった、けど。


 期待して違った場合、ショックを受ける。

 助けてもらってショックを受けるのは駄目だ。

 火傷の痛みは無くなっても、酷い傷跡が残っている可能性がある。

 けれど、これは乗り越えなければならないものだ。

 生きている以上、そしてこれからを生きる以上は。

 あの日の火事を思い出して呼吸が浅くなるのを抑え込んで、鏡の中の自分を真っ直ぐに見る。



「…………あ」



 そこには火傷など無い、まっさらな肌があった。

 火事が起こる前に鏡で見たのと、まったく同じ顔。

 流石に当時に比べて顔は多少やつれているし髪もパサついているが、けれど、それでも火傷など無い己の顔。

 思わずペタペタ顔を触るも、前に触った時のようなデコボコした感触も、ガサついた感触も無い。

 痛みも無い。



「う…………ぁ」



 鏡に映る己が歪んだ。

 否、目に溜まった涙が視界を歪ませていた。



「ジャスミン」



 優しくて温かい手が、頭を撫でる。

 一瞬愛の勇者の手かと思ったけれど、違う。

 この手は前から知っている感触をしている。

 見れば、孤児院の姉とも言えるストケシアが、泣きそうな顔で己の頭を撫でていた。



「……よく、頑張ったでありますね」



 涙を零すその笑みを見た瞬間、己は彼女の胸に飛び込んで大きな声で泣いていた。



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