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果実の採取



 クロッカスは勇者達と共に町の外を歩いていた。

 居るのは地面の勇者、肉体の勇者、腐の勇者、水の勇者、穴の勇者の五名。



「正直言って心配してたし最悪体刀に頼むつもりだったけれど、助かったわ」


「は?」


「クロッカス、アナタよ」



 地面の勇者がこちらを見た。



「今日は宝が居ないから、索敵をどうしたら良いのかって思ってたの。魔物の気配に聡くて森に詳しいアナタが居てくれて助かったと、そう言ってるのよ」


「……そうか」



 とりあえず役立ったのであれば良いだろう。

 正直己はこうして索敵したり身を潜めたりするくらいしか出来ないので、それが役立つなら何よりだ。


 ……戦闘能力は言う程無いからな。


 何となく上着のフードを深く被り直すと同時、遠距離戦闘要員として同行していたレンギョウに肩を組まれた。



「何だよ照れてんのか~? お前いっつもすました面してるのに可愛いトコあるのな!」


「離れろ暑苦しい」


「いや酷くね!?」


「弓使いが武器を構えられない体勢になるな。あとそうくっつかれると肌で感じる空気の圧から魔物の気配を読み取りにくくなる」


「どういうスキルだよ」


「生き残る為のスキルに決まってんだろ」



 索敵して隠れてを繰り返して結構な距離を移動してきたのだ己は。

 そのくらいは研ぎ澄まされる。



「良いから離れろ」


「イッデェ!」



 べしっと叩いて手を振り払えばレンギョウは大げさな悲鳴を上げた。

 溜め息を吐き、改めて森を見る。



「……特に周辺に警戒すべき気配は無いぜ。さっさと果実やらを採取して帰ろう」


「同意見だ」



 うん、と腐の勇者が頷いた。



「早めに採取を終わらせて能力の色んな実験をしたいしな」


「それにしても、あの森まで行くのも慣れて来たよな!」



 ギャハ、と穴の勇者が獣の牙のように鋭い歯を見せるようにして笑う。



「慣れて来たのは良いが、一応気を付けてはおけよ」



 ……勇者相手にこの口調のままで良いかというと良くは無いんだろうが……。


 暫定ボスであるサザンカ相手ならばともかく、そうじゃない相手だと思うと敬語を使う気にもなれない。

 実際彼ら彼女らもその辺り特に気にしていないようだし、年齢もそう変わらないのでこのままでいいだろう。



「気を付けておけ、というのはどういう事でしょうか。ええと……ナントカさん」


「クロッカスだ」


「すみません、基本的に人間の名前に興味が無くて」



 水の勇者は真顔で言ってくるから人によってはダメージが大きいと思う。



「構わん」



 ……自分の場合、似たようなものだから気にする事も無いが。


 必要な事に関しては覚えておいて、不要な部分は忘れる。

 そういう効率重視な頭というのも必要だろう。

 その方が脳に残る容量を上手く扱えるようになるわけだし。



「今重要なのは自分の名前ではなく、森の中だ。今日採取する予定の木の実は恐らく縄張り内だから、油断すれば即座に捕まるぞ」


「何に捕まるのかしら」


「狩人に、だ」



 地面の勇者に己は答える。



「あの森には狩人の一家が住んでいた……はずだからな」


「はず?」


「しばらく顔を見てないから生きてるか死んでるかは知らん。ただしばらく人が出入りしなかったにしては森が人間向けの姿を保ったままだから、恐らくまだ生きているだろう」


「森ってのは結構その辺気遣ってくれたりするからなー」



 レンギョウが頭を掻きながら口を開いた。



「人間が住んでたり一定の頻度で顔出したりする場合、人間に合わせて歩きやすくしてくれたり人間が食えるモンを多めに用意してくれたりするのが森だ」



 そう、



「ただし人間の気配がしばらく無いと、動物や魔物用になってくもんだから人間が活動出来ねぇレベルの森になっちまうんだよな」


「この森はそれが無いから、恐らくはまだ住んでいる人間が居るはずだ」


「成る程」



 レンギョウと己の説明に、地面の勇者が納得したように頷いた。



「そして狩人は基本的に罠を仕掛けて仕留める派が多いから、狩人の家の近くには罠が仕掛けられている事が多い。これから採取予定の木の実はその周辺にある物だから、油断して捕らえられるなよ」


「まあそん時は俺が穴出してどうにかすっから大丈夫だろ!」



 穴の勇者が良い笑顔で親指を立てているが、そもそも捕まらないのが一番なんだが。





 レンギョウは仕掛けられている罠を避けつつ、ひょいひょいとカゴに木の実を入れていく。



「と、ソコ!」



 気配と勘に従い矢を放てば、普通のウサギの首を射止めた。

 群なのか四羽程が逃げ出したが、連続で仕留めれば問題無い。



「おーい勇者様ー」


「あん?どうした?」


「コレ獲ったぜ」



 五羽のウサギを耳掴んでぶら下げた状態で見せると、あー……、と穴の勇者が眉を下げる。



「そういやしばらく魔物が相手って感じだったが、普通に動物も居て動物の方が肉として美味いんだから、まあ、そっちも獲るよなぁ……」


「えっ駄目だった? もう仕留めちゃったんだけど」


「全然良いわ」



 穴の勇者の背後からひょっこりと顔を出し、地面の勇者が言う。



「単純に僕達が獣を仕留めるのに慣れていないだけよ。魔物はそもそも現実には存在してなかったし、物語の中じゃ討伐が当然だったから魔物については平気なの」


「あー、獣は居ても仕留める対象じゃないから仕留めた姿にメンタルダメージ?」


「そういう事ね。勿論仕留める人達は居たし、仕留める必要もあったし、普通に肉を食べたりもするから異常でも異様でも無いんだけど、慣れてないとどうしても微妙な気分になっちゃうわ」



 そう言う地面の勇者が己の持つウサギを真顔で見つめているのは何故だろう。



「なあ、地狐何でガン見してんの?」



 合流した腐の勇者が首を傾げた。



「今の内に見慣れておこうと思って。ウサギと言えばペットのイメージが強いけど、この状況では大事な肉。獣生なら見慣れてるかもしれないけど、僕はそうでも無いからさっさと慣れて肉として見れるようになっておこうと思ったの」


「それは良いですがとりあえず血抜きをしましょう。獲った肉は冷やさない事には食べられませんから」



 水の勇者がこちらを見て、ええと、と眉をしかめる。



「……ナントカさん、そのウサギはまだ血抜きされていませんよね?」


「レンギョウな、レンギョウ。あと血抜きはまだだぜ。この辺水ねーもん」


「了解です。ではソッコで水を出すので冷やして……地狐、土で簡易的な桶作ってください。そこに入れます」


「わかったわ」



 地面の勇者が操作したのか、頷きと共に足元の地面が姿を変え、桶のような姿になった。

 続いて水の勇者がその辺の空中に発生させた水を入れる。

 流石に水漏れやらは調整されているのか、そういった気配は無い。



「これで冷やして……あとは衛琉が防腐処理を施せば良し、と」


「任せとけ」



 しゃがんで土桶の中を覗き込みながら言う水の勇者に、同じくしゃがみ込んでいた腐の勇者は笑みを浮かべて親指を立てる。



「おい」



 呼びかけに振り向くと、フードを被ったクロッカスが半目でこちらを見ていた。



「自分と肉体の勇者様にだけ働かせといて他はサボりか?」


「サボってねーよ! ウサギ仕留めたから血抜き中!」


「そうかい。念のために聞くが毛皮傷めつけてねーだろうな」


「弓使い舐めんな」



 獣は基本的に全てが売り物となる。

 勿論それは魔物もなのだが、


 ……分類によるんだよなー……。


 例えば獣の毛皮と魔物の毛皮の場合、魔物の毛皮の方が分厚くて硬い。

 なので防寒に優れていたり持ちが良かったりするものの狩ったり加工が大変だったりするので必然的に高い。

 ただ獣より大きい分、量が確保出来るという利点もある。


 ……んで、獣の毛皮は量こそ少ないが狩りやすく、毛皮は薄いが触り心地が良い。


 まあ要するにどっちも良い値段で売れるという事だが。



「……成る程、毛皮を売ったりも可能なのか」



 クロッカスの後ろから、装備出来るだけのカゴを装備した肉体の勇者様が出て来た。

 カゴの中には大量の果実がある辺り、容赦ない。



「…………あのさあクロッカス、一応聞くけど、肉体の勇者様が採取したあの量ってさあ」


「ありったけを採ったわけじゃねーよ。流石にそれをやると森が立ち行かなくなるし森が怒る。ちゃんとある程度残した上での採取だ」


「そっか、なら良いや」



 森が怒るような事をすると余裕で数十年単位人間が入れない森になりかねないという危険性があるが、そうじゃないならばそれで良い。

 人間の平均寿命と森の平均寿命は大いに違う為、その分の時差が半端ないのだ。



「でもその量だと……ジャムにする程の砂糖の在庫が城にあるならともかく、多分ねーよな」


「あー俺食品とかの防腐処理すっから見たけど確かに無かったわ」


「……何の話をしとるのだ貴様らは」



 己と腐の勇者の会話に溜め息を零した肉体の勇者は、腐の勇者の肩に手を置く。



「果実は確かに腐るものだが、衛琉が防腐処理すればそれで済む話だろうが」


「…………そういや俺防腐処理出来るんだったわ」



 思い出したように頷く腐の勇者に、言われてみれば今さっき腐の勇者が自分で言っていたなと思い出す。

 ジャムにするというのも長期保存をする為なので、防腐処理がされればそれで良いのもまた事実だ。



「大体今は不崩の金でブナ王が他国と交渉し、物流をどうにかしようとしているのだから問題も無かろう。その内砂糖やらの調味料も来る」


「クロッカス今俺何か聞いちゃ駄目な事聞いた気がするんだけど気のせいだったりしねぇ?」


「自分が知るか」


「クロッカス冷てぇ!」



 ……いやまあ薄々察してるけどさあ!


 金の勇者が何故金の勇者なのか、そして勇者達に協力した分は城からその分の報酬が支払われるが、砂金である事も多いという事実。

 そこから考えると、というか考えなくても察せてしまうが、正直気付かないままで居たい。

 だって下手にその辺理解すると人の欲とかが面倒臭い。


 ……そう思うと昔の俺らなら普通に悪用しようとしてた可能性あるしなー……。


 悪用というか私利私欲の為というか。

 今は肉体の勇者達にボコられた事もあって何かもう色々まあ良いかという感じにスッキリしているからそういう気持ちも無いが、ボコられる前だったら確実にアウト。


 ……つか何で俺らはボコられてスッキリしてんだよ。


 そういう性癖だったんだろうかと一瞬思うも、セクハラ魔なオダマキを思い出してそれは無いと頭を振る。

 単純にシーツとかを干して叩いたら埃が沢山出て綺麗になりましたね的な、ああいう感じであって欲しいところだ。

 それならまだわからんでもない。



「正直ブナ王は押しに弱そうで心配な部分も多いけど、心声、口舌、情陶、幽良が揃ってるなら大丈夫でしょう。そもそも執事のセリが居るなら大体はどうにかなるでしょうし」


「そこでブナ王への信頼にはなんねーのな地狐」


「当然よ犬穴。僕達への態度としてはとても助かるし、だからこそ……まあ生きる為とか自分達の為っていう僕達の私情が混ざっているとはいえ、そういう対応だからこそ協力しようと思えるわけだし」



 でも、



「国や民の命も関わってくる事だから、他国とのやり取りは慎重じゃなきゃいけないわ。当然それは今までその辺りを捌いて来たでしょうセリが居るし、万が一の時の為に皆が居るわけだけど」


「心が読める心声に口が上手い口舌、既存の情報を出せる情陶に耳が良いから隠れていようと聞きわける事が出来る幽良……というのは、確かに理にかなっていますね」



 顎に手を当てて頷く水の勇者を見て、腐の勇者が肉体の勇者を真顔で見る。



「そうなん?」


「私に聞くな衛琉。だが実際宝だと相手を見るから、相手に警戒されやすいというのはあるかもしれない。だが幽良の場合は耳で聞くだけだから、一見すると凝視してくるわけでも無い分わかりにくい、というのはあるだろう」


「成る程」


「ところでもう血抜き良さそうじゃね?」


「お、そんじゃあ防腐処理しとくか」



 穴の勇者の言葉に腐の勇者は水が張られた土桶の中に手を突っ込み、防腐処理を始めた。



「……さて、ではそれが終わったら戻るか」


「早くね?」


「既に充分採れてるのが見えんのかレンギョウ」



 半目で言われた。



「…………お前年下だよな」


「ハ」



 鼻で笑われたのでチョップしようとしたがあっさり躱されて己の手は空を切った。



「とにかく、目的は既に達成してる上に肉もあるんだ。一旦戻って荷物を置いて、空いた時間で他の仕事をこなすなり休むなりした方が良いだろ。幸いあちこち改善されたお陰でどこも手が足りてなくて、軽く顔出すだけで充分な仕事にありつける」


「あー、まあ、確かに」



 当然ながら勇者達からの依頼とは違う為、城から報酬が支払われるものではない。

 依頼したそこの店主やら家主やらが払えるものを提示し、こちらがオッケー出したら成立、という感じ。


 ……色々な知識が公開されたっつーのもあってかあちこち動き始めちゃいるが、実行の為には手が足りねぇんだよなー。


 そういう時の為の冒険者だが、今まで過疎状態だった事もあって報酬は雀の涙程。

 けれどまあ、正直自分達は勇者が頻繁に仕事を頼んでくれるお陰でそこまで貧困に喘いでもいないのだ。


 ……流石に無料で請け負ったらその後改善してからの冒険者の扱いが心配だから、受け取れるモンは受け取ってっけど。


 あまりにも相手がカツカツ過ぎる時は、色々安定したら割り引きしてくれ、と言って請け負う事にしている。

 ギルド内での話し合いでそう決定したのだし、安定してきたら普通に報酬を支払えるようになるだろうからそのくらいが妥当だろう。

 こちらも城からの依頼クリアの報酬、に加えて採取した食べ物や狩った魔物の肉などを結構な量、分け前として貰えているわけだし。



「ほら、そうと決まればさっさと帰るぞ」


「あ、待て待て肉体の勇者様が持ってる量流石に多いから持つのを」


「別に手伝わんでも構わんぞ」



 手伝った方が良いんじゃとクロッカスに言おうとしたら言う前に肉体の勇者本人からさらっと断られた。



「え、でも、重くね?」


「筋力を強化すればわりとどうにかなる。正直カゴだらけでシルエットが目立つだろうが、索敵要員と遠距離攻撃要員の動きが阻害される方が厄介だ」


「あー成る程効率重視……」



 地面の勇者と水の勇者もうんうん頷いているのでそういうものなのだろう。

 ここで頷くのが腐の勇者や穴の勇者ではない辺り、異世界の壁を超えても女は強いというのを感じた。



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